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家庭医のヒヨコ、療養する-8. いったんの最終回 臨床から離れる話

昨年8月に内因性うつ病(特に原因なく発症するうつのこと)と診断され、休職と薬物療法が始まった。
発症から半年ほど経った2021年1月、1回目の復職に失敗したことでようやく「自分はもうこれまでの様な生き方・働き方はできないのだ」という事実を受け入れられた。辛い気づきだったが、これによって初めて本当の意味で「休職」できるようになった。

担当していた患者さんを手放し、大学院も休学した。体力を削るあらゆるものを排除し、純粋にやりたいことは何かを考え直す余裕ができた。

ちょうどこの時期、音声SNSのClubhouseが日本でリリースされた。ずっと家にこもりきりで夫と主治医以外に話し相手がいなかったのが、急に人と話す機会ができた。
Clubhouseは私の回復に大きく貢献したと思う。もともと自分の考えを言語化し、人に話すことで整理するたちなので、それをじっくり聞いてくれる人たちに出会えて本当に良かったと思う。

自分のこれまでと、現状と、これからを整理していく中で、まず創作を再開した。
僻地研修中に出会った消しゴムはんこに本格的に取り組むようになり、作品を公開するためのSNSも整理した。主治医に躁転(病的に元気になってしまうこと。確定すると診断名と治療法が変わる)を疑われるほど没入した時期もあったが、好きなものだからこそ疲れずに続けるためのペース配分について真剣に考えることができた。

安定して創作ができるようになった2021年4月頃から、改めて復職について考えるようになった。はじめは、もう医師を辞めようと思っていた。

自分は総合診療専攻医であることをフルに楽しんでいたと思う。常に周囲の状況を把握し、他職種と連携し、患者さんやご家族の中の希望や葛藤を引き出して問題解決していくという、一連のプロセスが好きだった。
しかしうつ病を発症してからそのプロセスの全てが自身に大きく負担のかかるものであることに改めて気づいた。これは病気になる前から薄々感づいてはいた。
また、「臨床よりも創作したい」と強く思うようになった。これについては本記事では詳細に触れないが、実は元々作家になりたくて、仕事で忙しい毎日から離れたことによってその情熱が蘇った感じがした。

公衆衛生学修士は取りたいと思った。家庭医を目指した理由の一つに、公衆衛生学との関連や臨床研究の分野としての興味があったこともあり、「修士論文を書いてみたい。書ける。」という強い気持ちは病気になった今も残っている。これはうまくいけば秋に復学する。

要するに、大っぴらには言っていなかった、診療よりもやりたいことがあるという事実を再認識したのだ。それで「医師を辞めたい」と思った。

しかし私には最強に理解のある職場と、誰よりも親身になってくれるメンターがいる。
私が「ああ〜医者辞めたい〜」モードに入っていた頃、メンターは院内各所に問い合わせて、なんと診療を要さないけど医師がやったほうが良い仕事を見つけてくれたのだ。
しかもそれが臨床研究計画書のチェックという、内容に興味もあって負担もそこまで大きくなく、仕事量を調整できる、私にぴったりのものだった。私は本当に周りに恵まれている。

こうして今に至る。
最近の私は午前中2時間、まずは後期研修医室にある自分のデスクに通う練習をしつつ、午後は創作や家事など好きなことをして過ごすという、大変優雅な暮らしをさせてもらっている。夜は眠れるしご飯もおいしい。薬もちゃんと飲めている。
近日より臨床研究室への出勤練習が始まる。

というわけで、一旦家庭医のヒヨコではなくなるのだ。病気をきっかけに臨床研究のヒヨコに転身する運びとなった。そのためこの連載はここで一旦終了とし、復職後にまた面白いことがあれば記事にしたい。

最後に、「あと1年弱の研修と試験で専門医が取れるのだから、取ればいいのに」と言う人が周りに一人もいなかったことを本当にありがたいと思っている。私もそう思わなかったわけではないが、再発の可能性も十分にある中で、数ヶ月でも臨床を続けることのリスクがあまりに高いと思ったし、「研究に携わりたい!」とは思っても「臨床したい!」とは今思っていないのだ。
だから「せっかくだから専門医頑張ってとっちゃいなよ〜」と言わないでください。頑張れません。

合計10記事、医療者でない方からしたら読みづらい箇所も多く、医療者からしたら「なんだこいつ」と思う場面もあったでしょうが、ここまで読んでくださりありがとうございました。引き続き体を大事にしながら楽しく過ごします。


*本文はいち患者の経験談であり、うつ病診療に関する一般的な情報を提供するものではありません。
*NOTEやtwitterで個別の医療相談はお受けしておりません。ご自身のこころの病気について気になることがある方は、厚生労働省のホームページ(https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_depressive.html )などを参照されるか、お近くの医療機関への受診をご検討ください。

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