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「あの人」への手紙 一通目

手紙寺発起人の井上が綴る、「あの人」への手紙です。



ゆうりさん、
お久しぶりです。
僕は何も変わっていないよ。
もちろんあなたと別れてから20年も経つから、いろんなことは変わってるように見えるかもしれないけど、あなたを想う気持ちや、おっちょこちょいなところは何も変わってないよ。 
 
あなたを見送った成田空港の第一ターミナルに行けば、昨日のことのようにあなたとの別れを想い出すし、今でも胸が痛くなる。第一ターミナルには今でも大韓航空があるから、韓国語のアナウンスも聞こえるよ。それでも、あのときの自分を忘れたくないから、そしてあなたから教えてもらったことを想い出すために、いまでもあなたが韓国に向けて帰国した出発カウンターが見えるカフェに行って、届かない手紙を書いてあの時のあなたと会話している。

あなたから、「深く付き合った相手は自分の分身だから、別れても否定したらダメだよ」と言われた言葉の意味を考える時があるよ。そのときそのときの縁や環境の中で人は出会って別れていくけれど、そのときに愛したり憎んだりした相手は、自分自身の心の写し鏡なんだと想う。そして似ているからこそ惹かれるし、認めたくない気持ちも起こるんだと想う。
 
実は学生時代、僕にはどうしても許せない人がいたんだ。細かくは言えないけれど、僕の大切な人がその人にひどいことをされて、僕はどうしても許せなかった。だけど、仏教を学ぶようになってから「あいつの家は障子が破れている。よく平気でいられるなと馬鹿にしている人ほど、自分の家の破れた障子の穴から覗いている」と教わったときに、僕がどうしても許せない相手は、実は僕自身なんだと気付かされたことがあるんだ。自分が変わることが怖いから相手を認めない、という形で否定していたんだと思う。
 
それとは少し違うけど、僕はあなたを想いながら、同時にこういうところを直して欲しいと強く迫ったことがあった。それも同じかもしれない。

それでも強いあなたからは「私はあなたの恋人であってお父さんじゃない」って言い返されたよね。それを言われて、何も言い返すことができなかった。今にして想うとあなたを想ってではなくて自分のためだったから、あなたは反発したんだよね。あなたを想うなら自分が変わればいいだけなのに、自分が変われないから相手を変えようとするのは狡いよね。そこは今でも、まだまだできていない。でもあなたに迷惑をかけて教わったことだから、何とか自分が変わることにチャレンジしていきたいと思っているよ。見ていて欲しいな。
 
 次の手紙は、これまでのあなたとの出会いを振り返りながら、出会った時からのことを書いてみるね。きっと、今の自分を知るためにも重要な意味があるような気がするから。
今日も会えてよかった。また手紙を書くね。

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井上 城治 | 手紙寺 発起人
1973年生まれ。東京都江戸川区の證大寺(しょうだいじ)住職。一般社団法人仏教人生大学理事長。手紙を通して亡くなった人と出遇い直す大切さを伝える場所として「手紙寺」をはじめる。趣味は、気に入ったカフェで手紙を書くこと。noteを通して、自分が過ごしたいカフェに出会えること
を楽しみにしています。

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