「あの人」への手紙 三通目
僕があなたに出会った頃は、父が死んで、お寺の経営がたいへんな頃だった。毎日の仕事に追われ、寺の事務所で仕事を終えるのは毎晩のように深夜で疲れ果てていたんだ。そんなときにラジオから韓国語の強烈なロックが流れてきて、はじめて韓国に関心を持ったことは前回記したよね。
やがて母の紹介でお寺の経営を任せられる人が現れて、その人に助けてもらいながらお寺の運営も軌道に乗っていったんだ。その人はとても優秀な事業家で傾きかけていたお寺の経営を立て直し、組織も大きくなっていったんだ。
その一方で、私には大学時代から教えを乞い、仏法の師と仰ぐ先生がいたよね。あなたは日本語があまり上手くないはずだけど、私が先生から教わってきたことを話すと、いつも笑顔で聞いてくれたよね。
だけどお寺を立て直すためには経営も大事だし、そもそもお寺は仏法が根本だから、両極端で矛盾する二人の間で僕はどうしていいか選べず、自分らしさを見失っていたのだと思う。
そんな時にあなたに会って、それからソウルに行くようになり、その期間は自分らしさを取り戻せていたように感じてたんだ。もしかしたら自分らしさを取り戻したくてあなたに会いに行っていたのかもしれない。
ソウルではあなたが仕事を終えるまでの間、街を歩いて気に入ったカフェがあればそこで父に手紙を書いて、これからどうすればいいのかを相談していたんだ。日本に戻って山積みになっている仕事の中で、本当に自分がしたいことはなんなのか、それからこのまま続けるわけにはいかないきみとの関係をどうすればいいか。
きみとは派手な場所にはまったく行かないで、若者が集う町の普通の居酒屋に行ったり、ソウルの中心を流れる漢江(ハンガン)で散歩して缶ビールとつまみを頼んだり。ロッテワールドにも行った。
そんなことを通して、僕は生きる力を取り戻そうとしていたように思う。
少し長くなったので、続きはまた今度にするね。
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