ぎがたんってなんやねん。

娘の学校は1年生からギガ端末を1人1台配布され、定期的に授業で使ったり夏休みの宿題の提出に使ったりしているのだが、なんせ平成ど真ん中ゆとり世代初頭の私にとってギガたんは衝撃が強すぎた。
私が記憶する限りでは中学からパソコンの授業が始まり、ひたすらタイピングをやらされたり何かの発表の為に資料作りをさせられたりした程度の使用だったので、娘が入学してすぐにギガたんの利用承諾書的な配布物を読んだときは、小学生でしかも1年生からパソコン?おい未来すぎるだろどうなってんだ今の義務教育と思ったのを覚えている。
この間まで保育園で裸足で走り回ってた娘が入学してすぐにパソコンを使いこなせるわけもなく、そもそもIDパスワードすら覚えていないので開けない。連絡帳に忘れないようにIDパスワードの紙が貼ってあるらしいというのを周りから聞いて昔の連絡帳を引っ張り出して捜索するところから始まった。なんて面倒なんだ。
ハイテクで学校も親にとっても効率が良くて導入したはずなんだろうが、こんなんだったら紙で提出した方がよっぽど楽だ。親の負担増えまくってるんだがと文科省にお伺いを立てたくなる。
タイピングのアプリみたいなのも入っていて、夏休みの宿題はそれを進めてくださいと言われるのだが、ひらがなすら危ういやつがタイピングなんて出来るわけないだろと思っていたところ、案の定出来なさすぎてやりたくないと言う始末。試しに私がやってみたところ初級程度しか出来ない。あ、私って元々そんなに触れてこなかった方の人間だったわ。と思い出させてくれた。
無駄にハイテクなので母である私が試しにやったそれが記録として残ってしまい、あたかも娘がやったように先生には見えただろうと思う。意味あるのか?私が全部やっても絶対にバレないと思う。
毎度お馴染みの朝顔の観察の宿題もギガたんで写真を撮り、それをテンプレートに貼り付けて感想を打ちこんで先生のパソコンに送信する流れだったのだが、分からない人用に手順が書いてある紙はもう子どもが理解出来る域を優に超えている。説明は漢字だらけだ。あ〜親がやれってことかいと思いつつ一緒に試行錯誤しながら進めていく。世の中の親全員がパソコン出来ると思わないでいただきたい、切実に。
感想を打ち込んでいると、変換されれば自動で漢字が出てくるし、これまだ習ってないからひらがなで!とか訳わからない指示しないといけないし、本当にこの年齢の子にやらす内容か?と親の私の方が子どもよりグチグチ文句言っていたかと思う。
絵日記みたいにクレヨンを使ってカラフルに書いてくれよそれが子どもだろうよ、感想はそれまでに習った漢字思い出しながら自分で最後の行までどうにか埋めることに意味があるんだろうと思ったが、令和にはきっとそぐわない考え方なんだろうなとちょっと寂しくなった。
元々そっち方面が好きな子どもにとっては授業でちゃんと教えてくれるのは楽しいだろうし、そんなに得意じゃない子でも基本くらいは出来るように教育しておくのは、今後生きていく上で役に立つことなのだろうとは思う。でも今かな?他にもっと基本を学ぶところあるはずなのに急いで始めて本当にいいのかな。
聞けば学校の植物を観察するときもギガたんを使って写真を撮って終わりらしい。何でもかんでも効率化してるだけなんじゃないかねそれは。何だか味気ない。
ゆとり世代がそのうち終わった様に今はまたギガたん世代が作られていって、時代の流れと共にそのときの教育方針も変わり続けていくんだろうと思う。
就職したときについにゆとり世代が来たか!と上司に言われたのと同じように、あと数年もすればギガたん世代が働くようになって今どきのギガたん世代は根性ねーなとか言われるようになるんだろうか。
ITに特化しまくったこの教育で育った娘を含むその他大勢の子どもがどんな風に育っていくのかは楽しみでもあり少し不安でもある。結局そうやって色んなトピックに疑問を持ちながらずっと子どもの将来を心配し続ける人生なんだろうなと覚悟している。

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