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自分が「向いている」と思う仕事を辞めて他人が「あなたに向いている」という仕事をやってみるという選択

40歳を過ぎてから、自分で「自分にはこういう仕事が向いている」と思う仕事と、周りの人間が「あなた(つまり俺)にはこういう仕事が向いている」と思う仕事とでは、ズレが生じる場合があるということを実感している。

以下、ごく狭い範囲での本当にちいさな例ではあるのだけれども。

10年くらい前、webのニュースサイトの編集を請け負っていた。企画を立て、ライターから届く原稿を編集して、入稿する仕事だ。約1年間やっていたが、ずっと「俺には編集の仕事が向いているんだな」と思っていた。なぜなら楽(らく)だったからだ。楽にできるんだから、自分に向いていると思い込んでいたのだ。

数年後、当時の同僚と久しぶりに呑んだとき「もう記事は書かないの?」と聞かれた。別の同僚と呑んだときには「あなたの文章はおもしろかった」と言われ、びっくりした。

たしかに編集作業の合間、自ら取材にでかけて記事を書くことはあったけれど、自分にとっては決して「楽」な仕事ではなく、むしろ「向いていない」と思っていたからだ。

逆に、編集者としての俺の仕事ぶりを高く評価してくれた人はいなかった。

このときから「もしかしたら自分で自分に向いていると思っている仕事は、世間的にはそうでもないのかも知れない」と考えるようになった。

自分で自分に向いていると考えていたのは、以下のような仕事だった。

・リーダーシップを発揮できる。
・場を盛りあげてチームワークを高める。
・企画を立てる(が、実作業は他人に任せる)。

正直にいうと、どれも楽そうに見えるというのもあった。会社員時代はこうした仕事をやらせてもらえなかったので、「会社はなぜ、俺にぴったりの仕事を与えてくれないのだろう?」と不満を抱いてさえいた。

だからwebニュースの仕事を辞めてからは、ゲームディレクター(という名のプランナー)の仕事を請け負って、先方の会社に常駐する年月を過ごした。

しかし、元同僚の言葉があって以来、「一度くらい他人が『あなたにはコレが合っている』という仕事をやってみるか」という気持ちになっていった。

それから1年ほど経ったころ、「うちのサイトでライターをやってみないか」という話をいただいた。自分にとって、書くのは面倒だし、地味だし、面白くもないし、たいしてお金にもならないだろうし……と、さまざまな思いがあったが、これも何かの縁だろうと引き受けることにし、それまでやっていたゲームプランナーの仕事を辞めた。

そしてこの1年ちょっとのあいだ、ライター業に専念した。
相変わらず書くのは面倒だし、地味だし、面白くもない。しかし、書いたものに対して「あの記事はよかった」と言ってくれる人がいたり、飲みに誘ってくれる人がいたり、「うちでも書かないか」と声をかけてくれる人がいたり、いろんな人から「ブラジリアンワックスはどうだった?」と聞かれたり思ってもいない反応があった。

そのおかげで、最近は少しずつ、自分にはライターの仕事が向いていると考え始めるようになった。できることなら、もっと楽にできて簡単にお金が稼げる仕事が自分に向いていたらよかったんだけどな……と思いつつ。

だからといって、「仕事がうまくいかない人は、思いきって周りの人が『向いている』という仕事に転職してみては!」などと無責任なことをいうつもりもない。ただ、俺のような人間がいて、そういうことがあったというだけの話だ。

最近、ライター業と並行して、再び編集を担当するようになった。
本腰を入れて1年以上ライター業をやったいま、あらためて編集者として働くと、「編集ってこんなに大変な仕事だったのか!」と痛感することが多い。あれほど「楽」=自分に向いていると思っていた仕事なのに、早くも面倒くさく感じはじめている。

……ということは。
この編集の仕事についてもいつか、他人から「あなたに向いている」と言ってもらえる日が来るかも知れない。そんな淡い期待を胸に日々を生きていこう。

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