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社会保障の現実イロナの場合 フィンランドの人・社会福祉・介護 聖書を基として見る 6

イロナの場合

モノローグで登場したイロナの人生を例にあげて、フィンランドの社会保障の内訳を説明していこう。

イロナの物語はここから https://note.com/teeri/n/n909a325d9606

文中に出てくる金額はことわりがなければ2021年の数値です。

出産から幼児期

・出産通常分娩の場合費用は2000ユーロ(2019)。そのあとの家族部屋で過ごす時間、その間の食費は有料。

・妊娠154日で、ネウヴォラの検診を5回受けたらマザーパッケージの申請ができる。これは最近日本の自治体でも同じことをし始めた場所があるようだ。小さな命を歓迎し、まだ若い夫婦の負担にならないように、育児に必要な服類、おくるみ、外出用つなぎなどがセットで入っている。他にも数は多くないがオムツ、哺乳瓶、おしゃぶり、おもちゃ、ブラシなどの必需品も入っている。
もしくは170ユーロを現金で受け取ることもできる。大抵一人目の出産の時はこのパッケージをもらい、二人目の時はお金でもらう人が多い。

・母親補助
母親は最低予定日30日前から、産休に入ることになる。
四ヶ月間105日(月から土)の間に仕事先に支払われる補助。予定日の二ヶ月前までに申請し、職場が自分に出産休暇の間が有給になるかどうか調べる。有給となると社会保険省Kela(以下Kela)が職場へとその金額を払うことになる。
もし妊婦が学生の場合29,05ユーロが週の6日間の間Kelaから払われる計算となる。

・両親休暇
出産の後、医者の診断書をKelaに送ると、この休暇は母親だけでなく父親も取得することができる。158日の平日分、およそ半年。両親はこれをどうやって分けるか二人で相談し決定する、子どもが九ヶ月になると両親休暇も終わることになる。シングルマザーの場合は更に54日延長される。

・父親休暇
父親は合計54日の父親休暇も申請できる。もし双子が生まれたら、最高3週間は母親と子どもたちと一緒にいることができる。双子の場合はKelaが18日分追加で父親休暇の保障を払う。もし子どもが生まれてすぐに3週間の休暇を取ったら、あとの36日間は分けて取ることが可能だし、一気に54日分を取ることもできる。父親休暇を取れる期間は子供が2歳になるまで。有給になるためには休暇を取る二ヶ月前から会社に申請しておかないといけない。

またこれらのKelaの補助は月給の額のおよそ70%となり、そこから税金は引かれる

・Kelaカード
子供はフィンランドで産声をあげると、病院から自動的に登記所に登録され、そこからKelaで国民識別番号が与えられる。イロナのストーリーで書いたように、普通子供に名前をつけるのは出産後かなり経ってからなので、子どもの名前が決まり次第社会保障カードが送られてくる。Kelaカードはあらゆる保障を受けるときにも必要だが、大体は保険証と同じで病院や薬局などで使うことが多い。

・子ども保障
子ども1人が17歳になるまで親と同じ屋根の下に住んでいる場合、毎月94,88ユーロ支払われる。2人目は104ユーロ、3人目は133ユーロ、4人目は163ユーロ、5人目以降は182ユーロとなる。シングルマザーだと子ども一人につき、さらに63,30ユーロプラスされる。これは税金のかからない収入とみなされ、通常は母親か父親の口座に支払われる。

コラム
1人のシングルマザーがいて、彼女はフィンランドを代表する作家アレクシス・キヴィの書いた「七人兄弟」に憧れ、自分も7人の子供が欲しいと思った。ずっと1人でシングルマザーを続け、ついに7人目を妊娠し出産した。
 この場合、彼女が受ける社会保障はどのくらいになるのだろうか?第1子が16歳で7人の子ども全員が子ども保障を受ける年齢だと考えると、子供の数とシングルマザー保障で月々およそ1883ユーロが支払われる。この金額からは税金は控除されない。市営賃貸の寝室一部屋、リビング、キッチンの間取りに家族8人が住んでおり、家賃は500ユーロ。子どもたちへの教育費は全て無償。家賃補助も出るだろうし、後述の養育費保障も入るとなると彼女は手取りで月に2000ユーロの社会保障を受けることになる。この生き方は最低賃金で働いているよりも効率が良いのかもしれない。子どもたちも母親がずっと家にいてくれる事で、普通に働いている母親よりも良い影響があるのかどうかは分からないが、こういう生き方もできる。

・保育保障
 両親保障の期間が過ぎたら、親はいずれかの中から子どもをどうするか決定する。
+ 自分で家で子どもを見て在宅補助をもらう
+ 私立の保育園に子どもを入れ、在宅補助または私立保育補助をもらう(公立の保育園入園では補助は打ち切り)
+ 1週間22,50時間か規定の60%の時間の仕事をし、フレキシブル保育保障をもらう
+ 完全に仕事に復帰して、公立・私立の保育園に行かせる。公立の保育園も有料だけれど私立より若干安い

子どもが9ヶ月以上になるともう両親休暇保障もでないが、保育休暇として両親のどちらかが子どもが3歳になるまで、無給休暇も取ることができる。その場合在宅補助を申請することができる。金額は一ヶ月342,95ユーロ、二人目以降は102,67ユーロ、3歳以上就学前の子どもは65,97ユーロ支給される。しかし、在宅補助からは税金を払わないといけないので、これで生活できるかというと非常に難しい。自治体によってはさらに在宅で子育てをする家庭に補助を払ってくれる場所もある。2021年になり、この在宅補助をもっと減らし女性も働いてもらい経済成長に貢献してもらうような決定になった。
 フレキシブル保育保障は両親2人が使うことができるが、両親とも同時の時間帯には一緒に家にいれない。金額は162~244ユーロ。どのくらいの時間仕事に行くかで左右される。ここから税金が引かれる。

・部分的保育保障
 小学1~2年生になると生活のリズムが違ってくる。保育園時代には朝7時から保育園に連れて行っていいが、フィンランドの小学校では朝の授業開始時間が日によって異なることは普通なので、状況が変わってくる。例えば学校が10時から始まるとなると小学生低学年の子が10時まで一人で家におり、時間通りに学校にいけるかどうか親は心配である。この時期にも親は週の就業時間を通常の38時間ほどから30時間に減らし、部分的保育保障をもらう。補償金額は1ヶ月およそ100€。

・子供が病気になったら
 子供が何かの病気にかかることは普通のことであり、男女平等で女性も常に働き生産力を上げなければならないフィンランドでも、子供は普通に病気になる。特に保育園に入れば咳や鼻水は順番で必ず子供達を襲う。しかし職場で幼児を持っている母や父が子供のせいで会社を休むはめになっても周囲はそれに目くじらも立てない。親がしっかり子どもの健康管理をしてないことが理由だとか、誰がその間の業務をするんだとかなじったり、責任をなすりつけたりもない。フィンランドでは病気になることも人々の権利で、そのせいで自分にしわ寄せが来るとは考えない。もちろん二人分の業務をする必要があるが、自分が病欠したり休暇で休む時もあるのだし、人々はその一点だけを見ない。
 もし子供の具合が悪くなったら公立、私立病院どちらにでも連れて行き、診断書をもらう。私立病院でかかった費用の一部はこれもまたKelaが負担してくれる。子どもが10歳以下の場合4日は親は家に残れるが、その間会社は給料は払わない。子供病気が長期になり収入に影響が出る場合は、Kelaが保障を払う。

・養育費保障
もし両親が離婚し子供がどちらか一方の家に住む場合、住んでいない方の親が養育費としていくらかを支払う義務がある。しかし養育費を払えない人もいるし、養育費を払う義務がない場合、Kelaは子供を育てている親の元へ養育費保障を払う。

では、イロナの家族が受けた社会保障を考えてみよう。親子ともども健康で何の特別な疾患もなく両親も仕事についている場合、イロナの家族に支払われた分のみで計算する。イロナの両親がサービス業で就業の場合で計算。

- ネウヴォラ 2240ユーロ
- 出産 2000ユーロ
- マザーパッケージ およそ400ユーロ
- 母親保障 最初の56日 2150ユーロ(25営業日)
- 母親保障 57日~105日 1680ユーロ(25営業日)
- 両親保障(子供が9ヶ月までになるまでに両親のどちらかが取る) 158日分
- 子供保障 毎月 小学校入学まで7年分 約8000ユーロ
- 自宅保育 母親・両親保証の後3歳まで親か祖父母のうち誰かが家で子供の面倒を見る場合 342,95ユーロ(月)

義務教育


小学校~中学時代

小学校に入ると公立小学校教育は無償、教科書、給食も無料。文房具もノートや鉛筆なども配給される。しかし、教科書は自分のものではないので、内容の改定があるまで下級生に渡して使われる。だから新入生でも教科書もピカピカという訳ではない。

高校

 高校になると教科書や文具は自費購入となる。最近はパソコンで電子教科書に移行が進み、今までのような教科書は少なくなった。1年が5学期に別れているので、その学期ごとに教科書をそろえないといけない。新品を買うと一冊50ユーロほどかかってしまうので、上級生から安く譲ってもらうか、教科書専門の古本屋まで探しに行く。パソコンは1人1台利用となり、保護者が一部負担する地域もあるが、物品支給の自治体もある。高校卒業試験(大学入試のための大切なテスト)は2019年から全ての教科でパソコン上で受験することになった。
17歳になると今までずっと支払われてきた子ども保障は打ち切られる。

大学、専門学校

 大学、専門学校の教育も無償だ。専門学校ではランチも無償である。ここから一人暮らしを始める青年たちが多い。寮に入っても入れなくても物価の高い北欧では家賃はいつも悩みのタネである。Kelaは家賃の数十%を国内、または海外で勉強する学生に補助する。学生と言っても4年で終わる場合もあるが、何年も勉強する学生も多くその間に自分の家族を作ったりするので、同じ屋根の下に何人住むのかなども審査される。各大学都市では学生寮があり、アパートシェアのものから家族持ちの学生にはその人数に合わせてスペースのある部屋も用意されている。学生補助は250ユーロほどであるが、かなり厳しい学生生活をしながらバイトをするのもままならないと、この金額で生きていくのは無理である。フィンランドではパートで仕事させてくれる職場は少なく、ほとんどフルタイムでの契約となり「1日3時間だけマクドナルドで働いてあとは勉学に当てている」という話はほとんど聞いた事がない。学業をしつつ生活するには学生ローンを借りるしかない。
 学生ローンも規定の年数で学業を終えれば、数%は返済する必要がない。バイトと学業を両立できている学生で恋人と同棲していると金銭的余裕はあるようである。

 2021年からフィンランドの義務教育は18歳までとなり、最低でも職業専門学校を卒業するまでが義務教育とされた。「就職」で後述するがフィンランドはかなり「履歴書」の社会であり、掃除夫になろうとしてもその分野の「卒業証書」が必要である。飛び込みで就職はほとんどありえない。そのため中学卒業でその先どうすればいいのかわからない若者達が最低限専門学校の資格を取得することができるように法改正となった。しかし若者達の中には「勉強したくない」者も多いと思うのでそのような若者達の学びに対するモチベーションについては考慮されているのかわからない。

社会保障ではないけれど、この時期に関係すること

ギャップイヤー

 またすぐに高校の後に進学しない若者もたくさんおり、高校卒業者の約25%がギャップイヤーを経験する。その間に自分のしたいことを極めてみたり、まだ自分の将来がわからない者はとりあえず働いてみたり、ボランティアをしに海外に出て行ったり、世界旅行に出たりと人生について考える時間を取る。

中学生卒業後に職業専門学校に進学した者たちは就職先も比較的スムーズに決まり、伴侶を決め家族を作る者たちも多い。20代前半でローンを借りてすぐに家を購入する。

 フィンランド人に取って自分の家への価値観は大きく、寒く長い冬を過ごすのに必要不可欠な暖かい家を持つことは人生の最大で最も価値のある事だった。昔は夏の間に最初にサウナ小屋を建てる。サウナ小屋にはサウナの他に一部屋小さな部屋があり、そこで家族は寝て、食事をし次の春を待った。春がくると母屋の建設に取り掛かり、周囲の手助けも借りて母屋を完成させた。男は自分の手で家を建てて初めて一人前と認められるために、今でも仕事が終わってからの時間、自分で材料を購入し家族とコツコツと家をDIYする男性は多い。昔のようにサウナから作らず、外枠だけできれば住みながら内装を順番に作業していくが、なかなか遅々として進まない手作りの「自宅建設作業」に業を煮やしてしまう妻も多く、これが原因で離婚してしまう事もある。こういう自宅への非常な愛着があるので、自分の建てた家で死にたいと思うフィンランド人がほとんど。後述する「自己決定権」という権利もあるので、自分の好きなように生活のリズムを保てない介護施設への入所が不人気なのもこういう所に原因がある。

就職

大学は卒業してから、専門学校では学んでいる間から職場での生活を体験することになる。フィンランド人にとっても就職は簡単な問題ではない場合も多い。日本以上に学力社会というか、掃除夫になるにもそのための卒業証書がなければ雇いませんと言う企業もあり、「卒業証明書」がなければ、どの分野でも応募者専攻の段階で落とされてしまい面接までも到達できない。専門学校では学校時代に企業での研修をして過ごす時間が多いので、研修先に気に入られれば卒業を待たずに職を得る可能性もある。また大学院を卒業して数カ国語を流暢に操れても、その能力に報酬を出す会社としては特に優れている人物よりも、そこそこ出来る人の方が経費を削減できるという考え方もある。就職面接ではグループ面接が基本で、就職希望者が数人のグループに分けられ与えられた課題に回答し、リーダーシップ、協調性、コミュニケーション力、問題を解く力を見られ適切者が選ばれることが多い。

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