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冬日(とうじつ)第4話

第1話はコチラから

統治下に置いたはずのヲ地区が、増加率を管理できないままだった。

そのため、ヲ地区以降は如何を問わず捕獲後に廃棄、という命令が下っている。
その命を負うこの部隊は、少しずつだが確実に憔悴している。

戦争下とも言えない一方的な抑圧の中で、廃棄される彼等はどう見ても人間だ。

最初の内は無視できても、その事実は嫌でも目に付く。
割り切れる者もいたが、もはや彼我の別がつかずに苦悩している者が大半だった。

そうした中、彼女もまた共感を抑えきれなくなっている。

やはり帰しておけばよかった、と思う。

苦悩する者が出始めてから暫くして、一部の者に帰還命令が出た。
苦悩から解放されることを期待したが、帰還者の八割が自殺した。
それまで当然だった世界で、もはや見ない振りできない事実が彼らを死に追いやった。

そしてあとの二割はもっと悪かった。
彼らは世界に反旗を翻し、水面下に潜った。

勿論公表されていないし、その後彼等がどうなったかも聞かされていない。今の彼女が帰還しても、もう世界に馴染めないだろう。
すべてが遅かった。
兆しが見えてからでは遅い。
しかし兆し以前に兆しはなく、あとは帰還か継続かを選択させるしかない。

あなたと離れて死ぬくらいなら、ここで死ぬまで苦しんでやる。

そう答えた彼女は、勝気な笑みを取り戻したかのように見える。
そうして握っていた手を広げ、包み紙にくるまれたものを見せた。
こんなものしか手に入らなかった、と言い、包みを半分剥ぎ取ると、黒い塊が覗く。
チョコレートだった。
最前線から引いた場所にあるベースキャンプでは比較的自由が許されているが、嗜好品を取り寄せるには時間が掛かる。
チョコレートもそのひとつだった。
そもそも糖分も含めた栄養管理は、軍から支給される食事によって十分に保障されている。
それ以外の食糧は不要な摂取として嗜好品の扱いになり、その量も少ない。
そして空輸の都合から、嗜好品の取り寄せには二ヵ月ほど掛かる。
月に二度の定期便は必要なものほど優先され、嗜好品は残された隙間に積まれるまで待つしかない。

包装紙のすべてを剥き取られ、薄暗い部屋の明かりが硬い表面に映る。
硬さに閉じ込められた甘い香りが、それでも微かに鼻をくすぐる。
腑に落ちていない表情を汲み取り、彼女が言う。

今日はチョコレートをあげる日なんだ、知らなかった?

そう言われて思い出す。
知らないわけではなかったが、とうの昔に廃れた慣習だった。
祖母から話を聞いて以来、その慣習を意識したことがない。
おそらく彼女も知識として知っているに過ぎないはずだった。
それを今さら持ち出すことに、違和感を覚える。
(続く)
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