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冬日(とうじつ)第5話

第1話はコチラから

だっていいじゃん、思いを託して贈り物をするなんて。

予感が脳裏を過る。
苦悩する人間の傾向として、人間性を求めるために一時的な感情過多に陥る。
彼女がそれに該当するなんて考えたくなかった。
俺の口にチョコレートを放る。
解放された香りが鼻腔を満たす。

それにチョコレートが好きだしね。

そういう彼女が口を重ね、ほどけ出したチョコレートを求めてくる。
絡みつく甘さの先に、彼女の生々しい匂いが迫る。
あとは疼きに身を任せるだけだった。

しかし彼女の限界は、あっさりやって来た。


翌日に向かった未開地域で、彼女は崩壊した。
その日に限って同行できず、状況は上がってきた報告のみで把握するしかなかった。

女と話していたんですよ、と部下は言った。

彼女が銃を向けたその女は、両手を挙げた拍子に懐から物を落とす。
それなりに包装されている落とし物が何なのか、彼女は問い質す。

チョコレートです、とその女は答えた。

昨日あげるつもりだったけど、多分、彼は、もう…

そこまで言って、女は泣き崩れる。
部下が、立て、と怒鳴る。
そして彼女に、女を立たせるよう指示する。
彼女は微動だにしない。
どうした、と部下が声を掛けても彼女は動かない。
仕方なく、部下が女を確保するために動き出す。
その瞬間、彼女の銃口が部下に向けられた。

もうたくさん。

そう言い放つ彼女を前にして、部下には何が起きたのか全く分からなかった。
後方にいた他の二名が、彼女に銃を向ける。
二名は、事態を把握していた。
彼女が迎えた限界を、過去の哀しい経験から悟ったのだ。

ふと女が混乱したのか、この状況下で動き出した。

気配で察した彼女は、待って、と言う。

投降しない場合はその場で廃棄。
それはこの部隊に課された指令の中でも、最も緊張を伴うものだった。
そして部下は、反射的にこの指令に従ってしまう。

撃つつもりはなかった、と部下は言う。

彼女が振り返ると女はうつぶせに倒れ、涙にぬれた目は虚ろだった。
血溜まりが広がるほど、目から光が失せていく。
求めるように手を差しだし、女が何かを呟いている。
チョコ、と聞き取れた気がした。
彼女はチョコレートを拾い、その手に置く。
既に握るほどの力もなかった。
しかし女は微かに笑顔を見せた。
目からは大粒の涙が流れ、最後の生気が溢れ出るようだった。

血だまりは、ひざまずく彼女を濡らす。

どうして。

そう呟き、彼女は再びチョコレートを手にする。

どうして。

両手で握り締め、包装紙が破ける。
やがて、音を立てて割れる。
しばらく彼女の肩が揺れるのを、部下と他の二名は見守っていた。
(続く)
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