見出し画像

冬日(とうじつ)第6話

第1話はコチラから

二名だけでなく、今や部下にも何が起きたのか分かっていた。

彼女は泣いている。
しかし、理解はそこまでだった。

やがて、地の底から這い上がるようにして聞こえてくるものがあった。

くつくつと、彼女は笑っていたのだ。

部下が横顔を覗き込むと、女と同じような虚ろな目をしていた、と言う。
その目から大粒の涙をこぼし、肩を揺らしながら笑い出していた。

危険を肌で感じる。

次の瞬間、彼女は叫びながら空を仰いだ。

それから彼女が部下に銃を向ける。

そして、二名が彼女を撃つ。

私は助かりましたが、申し訳ありません、と部下が遠慮がちに言う。
その肩を叩いて労う。

この部下にも共感が芽生える可能性がある。
そういう場面に立ち会った者は連鎖するのも傾向の一つだった。
付いていた二名も以前に立ち会ったことがあり、連鎖する際どいところで己を維持した。
またはまだ葛藤しているのかもしれない。

しかし、どうして、と、後悔に突き動かされた部下が出口の見えない問いを投げる。

俺には勿論分かっていた。

廃れた慣習を持ち出したのは、彼女だけではなかったのだ。
チョコレートは、引き金に十分すぎた。
我々でさえ手に入りづらいものを、殺された女はどんな思いで手に入れたのか。

そして、あげる相手はもういない。

最後に女は笑っていた、と言う。

相手のいない世の中なんて、女にとっては死んだのも同然だったのかもしれない。

死んだ先の世界で、相手に会える希望を持ったのかもしれない。
または既に虚ろな目で、相手を見ていたのかもしれない。

チョコレートを渡せたならいいが、と考え、そこで踏み留まる。

そして彼女は踏み留まれず、感情に飲み込まれた。

目の前の部下に意識を戻す。
誰が悪いわけでもなかった。

仕方がないさ。

ふと口を突いて出てきたのは、相変わらず救いのないその科白だった。

彼女は防弾チョッキによって一命を取り留めたが、もはや継続の余地はなかった。
だからと言って、帰還したのちの世界で耐えられるのだろうか。

どちらにしろ、俺は彼女を失うのだろう。 

二月のこの地域には雪が降り、その間は待機を命じられる。
彼女の容態は安定していて、横たわるベッドの脇で数日を過ごした。

ある日、医師から提案があった。
それは、彼女を救う唯一の手段かもしれなかった。
「私から話すかね」
そう問われ、いえ、わたしから話します、と丁重に申し出を断わる。
そうだろうな、と医師は言い、俺の肩を優しく叩く。
「できるだけ待つよ」
そう言い、その場を離れていく。
(続く)
←5話 7話→

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?