冬日(とうじつ)第1話
残酷なほどに青い空。
凍てつく空気。
容赦なく刺さる日の光。
目を潰すほどに眩い、一面の白。憶えているだろうか、あの光景を。
そして私は、今でもあの光景の中にいる。
***
「それじゃあこの内容で先方に投げてみて」
確認した書類を部下に渡し、仕事を先へ促す。
それから再びデスクトップに目を落とした。
途切れた意識をつなぎ直し、室田は報告書の作成に勤しむ。
仕事を始めた頃は忙殺され、その渦中に埋もれていた。
もがくほど嵌っていく泥沼に、しばらくして後輩が入ってきた。自分の仕事、後輩に教えるべき仕事、簡単に考えて倍の手間が掛かる。
しばらくはその事実にうんざりしながら、それでも負担を減らそうと懸命に仕事を覚えてくれる後輩が嬉しかった。
またしばらくして後輩が、さらにその後輩が入り、部下が付くようになると、かつての忙殺は背景になじむように遠のいていた。
今では仕事を振ることが多くなっている。
ただ、かつて自らが嵌った泥沼には誰にも落ちて欲しくはない。
仕事が溢れそうな後輩や部下がいれば、はみ出た分を他の誰かに回す。
全体を見ると、はみ出た分を均すくらいの隙間が案外見つかるものだ。
そして、ふと思う。
これは、かつての自分が求めていた救いの手だ、と。
泥沼で足搔きながら、差し伸べられるその手を待っていたのだ。
それを今、自分が差し伸べている。
過ぎてしまったものは戻らないが、それでも昔の自分を救うような気がしていた。
気づけば、仕事の采配に対して高い評価を得ていた。
その点で後輩と部下も信頼を寄せてくれているようで、最も充実した調和を感じるようになっていた。
「相談したいことがあるのですが、今大丈夫ですか」
「ああ、どうした」
「木尾野井製作所の件で」
「もしかして廃棄が出たのか」
「はい」
「またか…単価安いからな、どうしても経過年数の高い商品になりがち…」
「違うんです、自壊です」
さすがに言葉が詰まる。
「自然停止じゃないのか」
「ええ。しかも廃棄は自然停止も含めて半年で三件目です」
「クレームか」
「そんなところです」
思考を巡らせ、とりあえず思いつくことを言ってみる。
「検査は」
「もちろん行いました」
高枝が資料を差しだす。数値は正常で、むしろ適正値は標準を上回る。
「そうか…、確か先月モリイでも」
と、株式会社モリイの担当である山下を話しに引き込む。
「そうですね。その時は経過年数が低いヲ地区の商品を無償で提供しましたが」
「ヲ地区か」
「ええ、最近また増加率が上がったらしくて、追加の調整廃棄に掛けられるところだった労働力をブローカーが拾い上げてきたんですよ。それが偶然にも同年数程度の品質だったので」
「おいおい大丈夫か」
「正規登録の業者ですから」
(続く)
2話→
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