見出し画像

冬日(とうじつ)第2話

第1話はコチラから

「正規登録の信憑性なんて、今更悪い冗談くらいにしか聞こえないぜ」
「確かに」
と、山下が鼻で笑い飛ばしながら苦笑いを混ぜる。
「でも、そのお陰で取引がまとまりました」
「調整廃棄を引き取ったって言ってもタダじゃないだろ」
「ええ、それでも対価は市場価格の五十分の一です。損害賠償から比べれば蚤の毛ほどの損失ですよ」
「損失には変わらんからな」
「しかし全てを管理下に置けるなんて、それこそ幻想に過ぎないはずでは」
いたずらっぽい笑みを含み、山下が見返してくる。
「知った風な口を」
「俺達は見ない振りされた綻びを押し付けられてる、って」
かつての室田の科白だった。
唸るようにして、やり込められたことを認めるしかない。
「それは未だに俺の本音だ、もういいだろ。
それでも立場上、言わなきゃならんこともある」
「大丈夫です、分かってますって」
そう言うと、山下が労わりの笑みを浮かべる。

山下は後輩として、最も仕事を共にしてきた人間だった。
それだけに手の内のすべてを知っている。
上司としての室田の立場も知っている。
からかうようなこのやりとりは、立場上のやりづらさに対する理解と労いでもある。

「高枝にそのブローカーを紹介してやってくれ。高枝、ブローカーは初めてか」
はい、と不安そうに眉根を寄せる。
「だよな、そしたら取引の終わりまで面倒見てやってくれないか」
「了解です」
微塵の迷いも見せず、山下が答えてくれる。後輩でいてくれて良かった思える人間だった。

しかし、ヲ地区か。

価格が驚くほど安いのは、増加率が調整廃棄を上回るからだった。
そうなると心理統制が行きとどかない。
それは不良因子を含む可能性が大きくなることを意味していた。
行政以外で労働力の売買が認められている正規登録業者は、独自で労働力を確保し、心理統制を行う。
そして、行政が確保してきた労働力と共に適応検査を行い、合格すれば検印をもらう。
この検印がなされる段階で、賄賂が横行している可能性があった。
民間の労働力提供機関は行政と業者、どちらからも卸すことが出来るが、正規登録業者が相手の場合は慎重な駆け引きが必要とされる。
正規であれモグリであれ、行政以外の介入してくる民間業者を総じてブローカーと呼び、注意と警戒を常に喚起している。
最も新しく指定されたヲ地区は整備が行きとどいていない。
その分、正規登録業者は勿論、闇業者の介入さえ許してしまう余地がある。

「それと、モリイの自壊案件の資料を見せてくれないか」
「いいですが、今さらどうしたんですか」
「なんか気になってな」
「自壊が続いたからですか」
「ああ」
「確かに立て続けってのは良い気はしませんが、偶然じゃないですか」
「そうだと良いけどな」
(続く)
←1話 3話→

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?