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ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア 第12話

【前回の話】
第11話https://note.com/teepei/n/n6660c46eb111

 ホールはさすがに閑散としてきて、話が途切れると静寂が目立つ。

「俺を、救う」

 確認するように呟く。
「そう。
あんたが友達になってくれた時、木村は救われたんだって言ってた。
だから、今度は俺が救うんだって」
 水野が遠くを見ながら答える。

「そうか」

 同じく遠くを見ながら、海でのこと、本屋のこと、街を散歩したこと、食堂で飲んだこと、そのすべてを思い出していた。

「そう、それと私は先週、木村とばったり会ったんだよね。
 あいつ、そろそろだと思ってた、とか言ってさ。
 つまり、その光景も見てたってわけ。
 そこで私は、今日あんたに会ったら伝えてほしいことやなんかを言付かることになったのよ。
 まあ、私も見てた光景だからね、分かってはいたけどね、厄介な役回りだよ、ほんとに」

 軽いため息をつき、水野にしばしの間が現れる。伝える内容を整理しているかのようだった。

「さて、まずは高校時代のことかな。
 あの時、あんたは自分では気づいてなかったみたいだけど、十分苦しんでたんだろ。

 木村にはそれが見えたんだ。

 木村がすがりつきながら何度も否定した絆ってのに、あんたもまた苦しめられたんだ、違う形でね。
 だからまずは許すことが必要だった、って。
 そうしないとあんたは苦しみから抜け出せないから。

 だから、本当にもう気にするなって」

 何言ってやがる。

 散々虐待されて、辱められて、それを傍観するだけだったんだぞ。
 お前を突き放したんだぞ。
 卒業してからずっと、忘れようとしてたんだぞ。

 それなのに。

「それから今、本当にひどい状況だけど、必ず抜け出せるって」

 何で今さら、俺を救うなんて。
 だって、お前はもういないじゃねえか。
 こんな世界に未練なんてない。
 生きる意味なんてどうでもいい。

「木村は自分の人生を全うしたよ。
 それだけじゃない、役割もきちんと果たした。
 その役割はね、今日あんたをここに連れてくること。
 そして私と引き合わせること」

 水野の声が再び遠のく。

 死による清算への誘惑が、意識を次第に絡めとる。
 それをただ眺めて、時間だけが流れるように思えた。

「あんた、死のうとしてるでしょ」

 ようやく水野の言葉が引っ掛かる。
 しかしわずかだった。
 その分だけ意識を水野に向ける。

「木村が連れてきて、ここで私と会うのは未来の光景として約束されていたから、ってだけじゃない。
 あんたが死の瀬戸際に立つからだ。
 ってことはつまり」

また軽いため息が混じり、水野もややこちらに向く。

「あんたも見たい?本当の死期を」

 本当の死期。

 今が死期ではない、というのか。

 木村と散歩した日のことを思い出す。
 未来を見るのは怖い気がする。
 木村は大丈夫だと言っていた。
 いずれ分かるとも。

「もう見たんだろ、俺に見せる未来までも」

「私には見えなかった。
 未来の中で見えた未来なんて、追うのに深すぎる。
 見えたのはこの光景まで。
どうする?」

 木村。

 お前には見えたのか。
 教えてくれよ、なあ。

 死は意識を絡めとり、侵食する。
 
 本当の死期なんてどうでもいい。
 身を任せて、自ら死期を選び取ればいい。

「頼む」
 結局は、木村に従うことにした。
 途端に素早く、しかし静かに水野の左手が額のあたりにかざされる。
(続く)

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