ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア 第11話
【前回の話】
第10話https://note.com/teepei/n/n1f5bb66f2fe1
木村は震えて泣いていた。
相手に見える未来の死期は、水野にも共有できるが全てではない。
表面上の光景とぼんやりとした感情までで、内面の思慮は分からない。
見える場面も当人より短かったり断続的だったりする。
今垣間見た木村の死期は十数年後だろうか。思ったより近い将来だったのだ。
そこに不安を覚えるが、大いに希望を持てる内容でもあった。
「どうしたんだよ」
尋ねる水野の脳裏には、引き戻すことが出来なかった時の恐れが掠める。
「いや」
涙を拭い、それでも溢れてくるものを何度も拭いながら、木村は落ち着き始めたようだった。
「いや、ありがとう」
座り直し、しっかり上半身を起こす。
袖の裾で最後の涙をぬぐうと、意志がはっきりと輪郭を帯びていくように見えた。
暫く待つと、木村がぽつぽつと語り始めたのだった。
「俺は、初めて友達らしい友達ができたんだ。
そのことに得意になっていたのかもしれないし、付け上がっていたのかもしれない。
とにかく、俺は友達がいてくれることを良いことに、自分の頑なさを助長させてしまったんだ。
その結果、友達を失った。
痛いほど思い知ったよ。
思い知ったくせに、それでもなお思うんだ。
もしかしたら、まだ絆は残っているんじゃないかって。
ある日突然、何事もなかったように受け入れてくれるんじゃないかって。
現状が辛くなればなるほど、ありえない希望にすがって、その度に必死に打ち消すことを繰り返したんだ。
もう長い間、そうやってすり減ってきたんだと思う。
疲れたんだ。
さっき、また辛い目にあって、それが今までで一番ひどかった」
木村から深い疲労が見える。束の間の沈黙が必要のようだった。
「もうすがることにも疲れて、これ以上の現実には耐えられない気がした。
だってそうだろ、ありえないものにすがり続けることほどむごいことはない」
疲労に悲しみが滲み、奥歯を噛み締めて飲み込むように俯く。
「でも違った」
こみあげるものを抑え、木村は続けようとする。
「絆は残ってた」
再び涙が伝う。
今度は拭わず、耐えるようにして再び噛み締める。
木村を引き戻すことができた。
深く安堵し、水野も緊張から解き放たれた。
「良かったじゃん」
うん、うん、と何度もうなずきながら、
やはり溢れてくる涙は抑えきれない。
ぽろぽろと落ち、追うようにして裾で拭う。
もちろん水野には詳しい事情は分からない。
しかし背景に壮絶な辛さがあるだろうことは嫌でも分かった。
ここで何が起こったのかなど、なおさら聞く気になれなかった。
「それはそうと、あんた小説でも書いてるの」
辛さから遠ざけようと話題を変え、そういえば気になっていたことに触れてみる。
木村は不意を衝かれたようで、戸惑いながら答える。
「ああ、まあ、書いてるけど、今はまだ全然…」
と俯いて、はにかんだ表情を見せた。
半裸の奴が照れてる場合か、と不謹慎にも思ってしまう。
「見えたろ、それも」
「うん」
木村の意志に再び決然としたものが宿る。
「本当なら、頑張って生きる価値はある」
「全部本当だ」
うん、とうなずき、木村は見据えるような表情を見せた。
「頑張るよ。頑張って書き続けて、必ず賞をとる。それから、今度は俺が救うんだ」
(続く)
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