レコードvsCD「音が良い論争」の無意味さとは

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 1980年代に入りコンパクトディスク(CD)が普及するに伴い、レコードは徐々にその姿を消していきました。しかし、近年ぬるりとその人気が再燃しているという話を聞くことが増えてきましたよね。

 人々が再びレコードを求めるようになった理由は、ジャケットが大きく視覚的に所有欲を満たせるとか、A面からB面にひっくり返すという「手間」を楽しむだとか、まぁ色々あるわけですけれど、最も大きい理由として挙げられる事項の一つとしてはやはりデジタル音源との「音」の違いということになるのでしょう。

 デジタルに対する音の「優位性」という観点(「違い」ではない)で語られることが多いのが、主観的なところではレコードは「暖かみ」「深み」がある、という話。また客観的なところではレコードは「CDには収録されていない周波数帯域の音が記録されている」という話です。これは近年よく耳にするようになった「ハイレゾ」音源の素晴らしさについて語られる際にもよく登場します。前者については後述しますので、まず後者、つまり周波数について。

 「音」の正体は空気の振動です。人間はそれを脳で認識しますが、脳に与えられるのは電気刺激です。すなわち、人間が音を認識するためには空気の振動を電気信号に変換してやる必要があります。これを行なっているのが耳の奥にある「蝸牛」という渦巻状の器官です。ここには有毛細胞と呼ばれる毛が生えた細胞が並んでおり、この毛が振動で曲げられると電気信号が生じて神経を伝わって大脳に達します。有毛細胞は場所によって反応する周波数が異なっています。蝸牛の入り口に近い部分では高い音(約20000Hz)、奥まった部分では低い音(約20Hz)に反応するのです。この範囲は(ヒトであれば)誰であっても大きくは変わりません。なお、この有毛細胞は酷使すると入り口に近い部分から脱落していきます。加齢性難聴では高い音から聴こえなくなっていくのはこのためです(加齢性と言ってはいますが、この聴力低下は20歳頃より始まっていますので、耳を守りましょうね)。

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 閑話休題。要するに、人間は20〜20000Hzの範囲でしか音を知覚できないということです。これは人間というハードの限界です。そのため、音楽作品を記録する際に20000Hz以上の極めて高い周波数の音は記録するだけ無駄、という発想に至るのは、合理的な考えとして一応納得できます。結果、CDでは(理論上)22050Hzまでの再生が可能、というスペックで開発されました。人の可聴域はこれで十分カバーできると考えられたからです。

 ところがです、レコードはアナログ……つまり音を加工せずに録音していますから、22050Hz以上の高周波数帯域をカットなどはしていないわけです。ここにレコード特有の深みのある音の秘密があるというわけです。しかし、果たしてそれは本当なのでしょうか?

 そもそもレコードに22050Hz以上の音が録音されているとして、それは人間が本当に知覚できるのか?という問題があります。前述のように人間の聴覚器官では捉えられない(ということになっている)高さの音だからです。このような疑問点を論ずる際に良く出てくる理論に「ハイパーソニック効果(Hypersonic effect)」があります。これは芸能山城組の山城祥二としても知られる脳科学者、大城力が1990年代に提唱した理論です。彼は実験により、人間には音として捉えることのできない超高周波は、中脳や、視床・視床下部などを活性化させたと報告しています。これらの領域は報酬系(感動、快感など、ポジティブな感情を司る神経回路)の拠点と言われており、リラックス時に多く観察される脳波であるα波の増大や、免疫活性の上昇、ストレス性ホルモンの減少などの効果が観察されたといいます。そして、「音をより快く美しく感動的に受容できる」と主張しています。この研究結果は米国生理学会が発行する査読付きジャーナルに掲載されました。すごいですね。

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 これらの音を人間がどう捉えているのかというと、上述の大城の実験では、この効果はイヤホンでは出現せず、スピーカーでのみ出現したことから、骨伝導あるいは体性感覚による受容の可能性が示唆されています。つまり、いくら高周波まで含まれる音源であってもイヤホンで聴いては意味がない(語弊がありますが)ということですね。

 ところで、このハイパーソニック効果がレコードの優位性を説明しうる理論なのでしょうか?答えは否です。まず、ハイパーソニック効果が生じる音の例として、大城は熱帯雨林の環境音や、インドネシアの民族音楽であるガムラン音楽、尺八などの邦楽器を挙げており、ピアノなどの近代西洋楽器では効果が認められにくいと述べています。音ならなんでも高周波まで出ているわけではないということですね。

 更に、他のツッコミどころも存在します。音楽をレコーディングする際には当然マイクを使用するわけです。例えばプロ向けに録音用マイクを販売しているノイマンという会社があります。こちらの定番モデルにU87という商品があります。一本40万円以上する高級マイクですが、周波数特性は20Hz-20000Hzとなっています。人間の可聴域と同じですね。他の様々なメーカーのマイクを見てみても、20000Hzを超えるものは稀です(近年はSONYがハイレゾ対応、なんてのを出しているみたいですが……)。つまり音源を録音する段階で可聴域を超える高周波音なんか入っていないのです。入っているとしてももうそれはノイズレベルのものであって、人間のあらゆる感覚に訴えかけるようなものではないと考えます。

 更に更に、細かいことを言い出せば音の出口の問題も当然あります。上でハイパーソニック効果を否定したイヤホンにせよ、スピーカーにせよ、マイク同様に再生可能な周波数帯域というのは決まっていて、高周波数まで再生可能な(今風に言うなら「ハイレゾ対応」の)ものを使っている人なんていうのはごく一部です。レコードの(音の)優位性を主張する人が皆ハイレゾ対応のスピーカー(やイヤホン)を使っているとは思えないんですよね。

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 では、レコードとCDの音の違いはなんなのか?いくつか考えられることはありますが(量子化誤差であるとか……)、私は「音の分離」なのではないかと考えています。甲本ヒロトは現在クロマニヨンズの音源をモノラルでリリースすることに拘っています。CDを作る際もデジタルマスターを使用するのではなく、アナログ盤を作ってからCD-Rに落としているそうです。このやり方について、彼は以下のように語っています。

「きっかけはね、ある日、自分の家に録音のできるCD-Rのマッシーンを導入した時に、レコードをCDにダビングしてかけてみたんです。そうしたら、市販のCDよりもその方が好きだったんですよ。いい音かどうかは分からないんですけど、好きな音だった。」

 「それは、お料理の味見と同じなんです。どこがいいとかなんかわかんないけど、『あ、うめっ!』っていう感じ。『こっちの方がおいしい』と思ったらさ、料理人としてはそっちを出すでしょ、お客さんに。一手間かけた方がおいしかったんだからさ、それをはしょってお客さんに出すことはもうできないよ。」

 withnews - ヒロト&マーシーのあふれるアナログ愛 あの名曲に隠された誕生秘話 より

 ここで一つのことに気がつきます。彼はレコードをCDにダビングしても「好きな音」であったと語っています。つまりCD、デジタルというフォーマットの持つ制限自体がレコードとCDの音の違いを生じさせているのではない、ということになります。では音の違いを生じさせている要因とは?答えの一つはレコードの再生機構にあるのではないかと考えます。ご存知の通り、レコードは盤面の溝を針で引っ掻いて音を出します。この溝の中の右側と左側にそれぞれRチャンネル、Lチャンネルの音が録音されています。この2チャンネルの音を一本の針で読み出しているため、針の傾きなどの要因でRチャンネルにLチャンネルの音が混ざる、あるいはその逆といった現象が生じます。これをクロストークと呼びます。ピュアオーディオ界ではこのクロストークを極力排除する(完全に左右のチャンネルの音を分離する)ために高価なカートリッジを用いたりすることもありますが、この左右の音の混じり、クロストークこそがレコード特有の、いわゆる「暖かみ」「深み」のある音、というやつの正体だと思われるのです。よく解像度(この言葉も定義が曖昧なところですが)が高すぎる音は疲れるなんて話も聞きますが、レコード特有の「音の混じり」がリスニング向けにこれを上手く中和していたのではないかと思うのです。また、このクロストークが音像を上手く中央に寄せていた、なんて主張もあってなるほどな、と思ったものです。

 長々と書いてきましたが私の主張をまとめるとこうです。
1)アナログ(レコード)とデジタル(CD)は音が異なる。
2)アナログはデジタルより「音が良い」、とは一概に言えない
3)アナログの音はある種の「趣深さ」をその再生機構の特性上有している。それは録音された周波数帯域の違いによるものではない。

 ただ、この主張に則るとデジタルのハイレゾ音源ってなんのためにあるの?という結論に至りそうになりますがこれもまた長い話になりそうなので、それを書くにはこの余白は狭すぎます。

 というわけで一旦筆を置くことにしますが簡単に言えばアナログはアナログの良さがあるという一言に集約されてしまうわけなのですが、本当にアナログの味を知りたいのなら、ただレコードやらカセットやらで音楽を聴くだけじゃ分からないんですよ。テレビのスピーカーにラジカセくっつけながら息を潜めて録音してる時にいきなり母親が入ってきて

「ちょっとケンヂ何やってんの?カレーがお鍋に入ってるからね、チンして食べなさいチンしてね」
(分かったから、今録音してんの、今録音してんの……)

っていうこれこそが「真のアナログオーディオ体験」だと思ってますからみなさん是非やりましょう。

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