ポケットの中の話

こどものころって、ポケットの中に色んなものを入れてた。お母さんの買い物のおつりとか、道でひろったかわいい色の石とか、となりの席のあの子にもらったシールとか。こまごまとした宝物をポケットの中で握りしめては、どきどきした。

学校と両親が与えてくれるものがすべてで、まだ世の中がこんなに広いことを知らなくて、だから小さなポケットの中はじぶんのせかいみたいで、色んなものを入れた。好きだったあの子へのラブレターも、入れたままだったけど。

スカートのポケットに入れたケータイが鳴った。仕事帰りの友達が、ライブハウスにいこうよ、今から。って、電話口で突拍子も無いことを言ってる。

オトナになってポケットの中身は大体ケータイが入ってるだけだけど、そのかわり、小さなアパートのワンルームだけどじぶんの部屋があって、ポケットにお財布とケータイを入れればどこへだって行ける。全部じぶんのせかいになったから。

着いたら電話する、そう答えて電話を切って、クローゼットからチューブトップを引っ張り出したら、あの頃ポケットの中でお気に入りのピンクのヘアゴムを握ったときみたいに、どきどきした。