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ブックハント vol.1 『エルマーのぼうけん』

 わたしは『エルマーのぼうけん』のポケット版がかわいいなあ、と思って手元に置いている。
 図書館で借りる単行本の、古い紙の酸い匂いも好きだけれど、手のひらで丸まる文庫本の柔らかさを気に入っている。

 子どもの頃に読んだ内容は、すっかり乾いてしまっていて、思い浮かぶのは縞々のりゅうの姿ばかり。
 読み始めても、いったいわたしは本当に物語の中を通ったのだろうか、と思うくらい何もかもを忘れてしまっている。
 冒険に出かけるにあたって、わたしはエルマーと揃いの格好をする。まずは、ボーダーTシャツに着替えをする。エルマーともりゅうとも違う、青と白のシンプルなボーダーだ。
 淹れたコーヒーをマグに注ぎ、冒険のお供にする。チョコレートもそこに添える。

 りゅうと一緒に冒険の旅に出るためには、まず第1巻『エルマーのぼうけん』で、囚われのりゅうを助け出さなくてはならない。他の絵本では友好的な動物たちも、この世界においては出し抜かないといけない相手だ。ちゃんと道具は持ってきた? リュックの中を確かめてみよう。

 エルマーのもっていったものは、チューインガム、ももいろのぼうつきキャンデー二ダース、わゴム一はこ、くろいゴムながぐつ、じしゃくが一つ、はブラシとチューブいりはみがき、むしめがね六つ、さきのとがったよくきれるジャックナイフ一つ、くしとヘアブラシ、ちがったいろのリボン七本、『クランべりいき』とかいた大きなからのふくろ、きがえをなんまいか、それから、ふねにのっているあいだのしょくりょうでした。

『エルマーのぼうけん』

 これらは、もちろん『チェーホフの銃』だ。全部、使えるように心しておかなくてはいけない。
 そして、エルマーはそれらを適切に使うことができる。わたしの心配をよそにエルマーは難題を次々とこなしてゆく。

「こっちです こっちですよう! みえないの? はやくはやく! いのししが、わにのせなかをわたってきます。みんな、ぞろぞろ、そのあとからわたってきます! おねがい、はやく、はやくってば!」

『エルマーのぼうけん』

 りゅうの哀願が心に迫る。それでも慌てないところが、エルマーの主人公たる所以だ。わたしみたいにおろおろせずに、ナイフで綱を断ち切れば、いよいよりゅうの背中にしがみつく。冒険がふたりのものになったところで第1巻の幕は降ろされる。

 ちなみに『エルマーのぼうけん』の主人公、エルマー・エレベーターは「ぼくのとうさん」と紹介される。でも、それは物語には全然、影響しない。「ぼく」が活躍するところも実際に登場することもないからだ。少し昔の出来事、子どもにとっては、大昔の物語、としたいのかも、と考える。
 わたしは、この「ぼく」に会ってみたいと思う。そして尋ねるんだ。「カナリヤ島には行ったの?」って。

 その問いを思いついた時に、わたしは、はた、と気がつく。2巻からは「ぼく」が登場していない! 全きエルマーの物語になっているのだ。作者の方針転換に、わたしは少し不貞腐れる。「ぼく」とわたしの物語をどうしてくれるの? ちょっと残念だな。わたしは「ぼく」のことが気がかりになってしまう。

 わたしは、コーヒーを飲み、チョコレートを齧る。
 原題は、第1巻は『MY FATHER'S DRAGON』。2巻は『ELMER AND THE DRAGON』となっている。「ぼく」は物語からすっかり消えてしまっている。
 仕方ないな、「ぼく」の物語はわたしが引き継ぐことにしよう。

 2巻目に当たる『エルマーとりゅう』に登場するカナリヤ島には宝箱が隠されている。その秘密がカナリヤたちを「しりたがりのびょうき」に罹患させてしまう。
 カナリヤ達をその病気から解放して、宝箱を発見し、宝物を手に入れる。
 それが第2巻のミッションになっている。
 もちろん、エルマーは首尾よくそれを成し遂げる。

 エルマーが持ち帰ったのは銀のハーモニカ、金貨3袋、そしてりゅうがもらった金時計。宝箱には、まだ金貨がたくさん残っている。
 そこでわたしは、エルマーから秘密を聞かされているであろう「ぼく」を唆す。さあ、カナリヤ島にゆこうよ。もうカナリヤ達だって、生きちゃいないさ。

「ぼく」はこう言ってくれるだろう。
「とうさんは、秘密を誰にもしゃべらないと約束したんだ。僕はそれを守る義務がある」
 そう言ってはにかむ「ぼく」をわたしは好ましく思う。だって、冒険で交わした約束は絶対だからだ。

エルマーは、カナリヤぜんぶにむかって、大きなこえで、いいました。
「みなさんのひみつは、ぜったいしゃべりません。」

『エルマーとりゅう』

 エンデの『はてしない物語』で繰り返される「けれどもこれは別の物語、いつか、また別のときにはなすことにしよう」が、このエルマーの物語にあってもいいと思う。最初の巻にだけ登場している「ぼく」についてのことなら、なおさら。わたしは、本当に、いつか「ぼく」の物語を引き継ごう。

 さあ、りゅうとの冒険を続けよう。
 そらいろこうげん、ごびごびさばく。
 第3巻『エルマーと16ぴきのりゅう』にはわくわくするような場所がいくつも登場する。そんな場所で明らかにされてゆくのは人間の欲望。
 エルマーのりゅうの15ひきの家族が人間に追い詰められてしまう。
 それをエルマーのりゅうが一生懸命助け出す。物語は、そのことに終始する。その奮闘ぶりがとても素晴らしい。

 でも、とわたしは、ちょっと思うのだ。エルマーのりゅう、ボリスを含めて16匹の竜のそれぞれのことをもっと知りたい、と。それぞれの姿が魅力的で、きっといろんな物語を持っている。16匹の竜を彼らの物語もまた、「ぼく」の物語のように、続きを読みたいと願う。これもまた人間の欲望だろうか。ううん、りゅうとわたしは友達になりたいのだ。

 そう、だから『エルマーと16ぴきのりゅう』の物語も引き継いでみたいと思う。わたしにできるのは、スピンオフとかそういうのではなくて、物語のひとつの場面に忍び込ませるとか、そういう類のささやかなオマージュでしかないかもしれない。けれど、いつか、そういうことをしてみたいと思う。

 物語の中で、チョコレートが齧られるときに、わたしもチョコレートを齧る。その時に思う。
 ああ、なんで物語に登場する食事はこんなにも魅力的なんだろう! エルマーの食べるみかんだって、ぼうつきキャンデーだって、すごく目を開かせるような甘味を感じる。船に乗り込んだ時のサンドイッチは、どんな味だったろう。りゅうの食べるスカンクキャベツやダショウシダが美味しくないことは分かるよ。りゅうはみかんの実よりも皮の方が好きだからね。

『エルマーのぼうけん』は、あらためて紹介する必要がないくらいみんなが大好きな物語だ。ただ手元にあるだけでも喜びになる物語だと思う。それは、挿画もまた、とても素晴らしいからだ。時々、手にとって物語を少し読み、絵を眺めるだけでも十分に楽しい。そういう豊かさがあってもいいのじゃないかと思う。

 わたしは、また物語を忘れてしまい、縞々のりゅうと空を自由に渡る。わたしのりゅう、ボリス。そんな風に自分のものにしてよいのだと、わたしは思う。でもそれは、誰かに押し付けるものではなくて、想像の中で自由に羽ばたかせるもの。そして、いずれは原作に導くものでないといけないと思う。リスペクトがあって、はじめて成立するものだろう。
 気になったら、読んでみて。きっとあなたも自分のりゅうに出会うことができるから。

***

「ねえ、ザジ。あなたもエルマーの猫みたいに素敵な出来事をわたしに運んでくれるかしら」
 にゃ、と鳴き、ザジはカフェの奥の方へ行ってしまう。
「ま、君には十分、素敵な物語をもらっているけれどね」
 わたしは、カフェでの仕事に復帰し、のんびりと働いている。このnoteでは、石川葉の読書記録、ブックハントを続けてみたいと思う。途切れたり、脱線することもあるだろうし、奇想天外な物語になり、ブックレビューとしては役に立たない代物かもしれない。それでも読んだ証を、わたしなりに、わたしの感じ方で書き留めておきたい。困惑はあるかもしれないけれど、読んでもらえたら嬉しい。
 初回は、ちょっと駆け足になりすぎたかな、と反省している。素敵なブックレビューになるように、心して続けてゆきたい。

***

石川葉のブックハント vol.1
『エルマーのぼうけん』
『エルマーとりゅう』
『エルマーと16ぴきのりゅう』
ルース・スタイルス・ガネット:作
ルース・クリスマン・ガネット:絵
渡辺茂男:訳
福音館書店:発行

 


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