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美術館女子 【小説】火曜日の美術館

 ふうん、それってわたしじゃん、と思いながらサイトを開いてみたのだけれど、ごめん、わたしじゃなかったね。

 美術館女子とわたしが聞いて、ぱっと思い浮かぶのはKIKIちゃんかな。雑誌の上では、そういう企画いくつもあったと思うんだけれどな。とはいえ、わたしが中高生くらいの頃の話だから、もう時代が違うのかもしれないな。

 小学生の頃、母に連れられてサイン会に並んだことがある。それがKIKIちゃんの『LOVE ARCHITECTURE』の出版記念イベントだった。

 皆川さんの書籍と同様に、KIKIちゃんのサイン本もまた、わたしの手元にある。

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 サイン会の時は、握手をしてもらったくらいで、言葉も交わさなかったと思うのだけれど、その日からKIKIちゃんはわたしの憧れになった。こんなことを言うと、まあ、ちょっと恥ずかしいけれど、モデルにもなりたいなあ、なんて思っていた。KIKIちゃんが建築を勉強するように、わたしも美大に行って、そこでモデルをしながら洋服を作るんだ、なんて、子どもらしく考えていた。
 実際、服飾に関しては学ぶことができたし、今は離れているけれど、技術を身につけることもできた。実はランウェイを歩いたこともちらほらある。そこそこ背が高いので、時たまショーに呼ばれることがあった。顔は覆われたり、奇抜なメイクに染められたりで、自分で見ても誰が誰だか分からない。でも、そんなのが楽しい時代も確かにあった。

 それは、ともかく。
 美術館て、そんなに女子に縁遠いところなのかな。わたしにはイマイチ、ピンとこない。確かに美術館に集っているのは年配の方が多いけれど、企画によっては女子だらけ、みたいなこともある。

 美術館女子を立ち上げた企図ってなんなのかな。女子と銘打っている割に食へのアプローチが弱すぎるし、グッズに関しても情報は皆無。インスタ映え、言った時点で終わっちゃうのに、ドヤ顔。なんかおっさんの匂いがするよ。

 わたしが企画する立場だったら、どうするだろうな。

 うーん、モデルはゆいゆいでいいと思うんだけれど、カメラマンは市橋織江さんにお願いしたいなあ。ハイキーで、明瞭度が低い方が似合っているのじゃないかな、と思う。
 映画のスチール撮影みたいにして、ちゃんと物語を見せたらいいと思うんだ。キュレーターの仕事、設営の様子、監視員の一日の様子。閉館後の美術品たち。
 明るくて多幸感があって、非日常。モノリススクロールなんていらない。

 今回の企画で、女子と銘打っているけれど、本当はアイドルヲタを発掘したいというのであれば、青山裕企さんの方が相性がよかったんじゃないだろうか。美術館というステータスの持つ透明度は保たれながら、フェチをくすぐる。
 ゆいゆいは置かれたお人形じゃなくて、迷い込んだ球体関節のドールになる。カーテンから足がこぼれる。額縁の下に寝そべる。常設展示の石膏像に口づけしようとしている。触れて動き出すのはどちらだ?

 ほら、やっぱり物語にできるじゃない。

 あと、サイトのデザインもなんか古めかしいよね。女子、関わってる?

 たぶん、もっといいアイデアがあると思うんだ。わたしの企画は、今回の美術館女子を踏まえているから、新規性に乏しい。

 まあ、わたしの考える、美術館側が第一にやるべきことは、スマホのシャッター音を消せるようにロビー活動することだな、と思う。美術展でひっきりなしに鳴るシャッター音ほど興醒めで、足を遠のかせているものはないと思う。

 でも、そう考えると、美術館の戦うべき相手は盗撮行為をする痴漢なんじゃないかなと思う。日本の恥を、早く多くの日本人が知りますように。

***

「わーん、ザジー、会いたかったよお」
 わたしは、看板猫のザジを抱く。
「葉ちゃん、復帰できるんだって?」
「はい。おかげさまで。大変ご迷惑をおかけしました」
「いつものでいい?」
「はい。ウインナでお願いします」

 わたしは、カフェに来ている。長らくお休みをいただいている、わたしの職場だ。コロナの影響で、まだ時短での営業だけれど、来月には通常の状態に戻る。体調を崩していたわたしも、ようやく復帰する。

 片手にザジ、片手にウインナコーヒーのカップ&ソーサーを持ち、奥の席へと着く。
 ザジは黙ってわたしに抱かれている。濃厚接触、でも猫から人間にCOVID-19はうつらないらしいし、いいよね。そもそもザジ、キャリアじゃないしね。

「ザジ、もう少し、抱きしめさせて。わたし、あなたが好きよ。よかったら、ザジもわたしのことを好きになって」
 マスク越しにキスをする。ザジは迷惑そうに、わたしの指を舐める。顔が迷惑そうに見えるだけで、そういう時、ザジはわたしを許してくれている。ダメな時はするりと体をくねらせて逃げてしまうから。
「クロノスタシスって知ってる?」
 にゃ、とザジ。
 そう知ってるの。えらいね、ザジ。
 いい加減、わたしは時計の針を動かさなくちゃね。
 球体関節人形のスタチュー。
 わたしは、こほ、と埃を吐く、咳をする。
 マスクを外し、コーヒーを飲む。

***

冒頭の写真は2012年の奈良美智『君や僕にちょっと似ている』展で、屋外に展示されていたフードトラック。

<セットリスト>

きのこ帝国 - クロノスタシス


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