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熊害(北海道の場合)

先日、東北のツキノワグマによる熊害の話を綴ったのだが、日本の北端…北海道にはツキノワグマとは別の種類の熊が棲息している。
ヒグマである。

動物愛護団体からナメられ(?)て無害な動物呼ばわりされる事が多いツキノワグマと異なり、ヒグマは明治時代に本州以南から人々が移り住んで以降、常に畏怖の対象とされて来た。理由は簡単。ヒグマはツキノワグマに比べて肉食傾向が強い上に、自身が餌と認識したものに対する執着が恐ろしく激しい為である。

【三毛別羆事件】と言うヒグマによるヒトの殺害事件はその被害者の数と凄惨さから有名であり、吉村昭先生の小説【羆嵐】の題材にまでなった程だが、それ以上に深刻だったのは牧畜…ウマ、ウシ、ヒツジに対する被害だった。
特に明治時代から大正時代にかけて顕著だったようだ。
折悪くも明治時代はヒグマのライバルであったエゾオオカミが絶滅し、また海外に肉を輸出する為に北海道各地でエゾシカが乱獲され激減していた時代でもあった。ヒグマが無防備な家畜に目をつけるのは、必然と言う他に無い。
あまりに被害が多く、役所が「家畜の頭数を誤魔化す目的でヒグマをダシにしてるのではないか」と疑った為に、業を煮やした牧畜業者が山中にあった白骨化したウマの骨を拾い集め、証拠として提出した…と言う、物凄いエピソードもワタクシは聞いた事がある。
最もヒツジやウマならばともかく、相手がツノがあり力も強いウシだと流石にヒグマ優位とはならないらしく、種ウシとヒグマが大格闘の末に、ヒグマがツノで突かれて死んだ例もあるのだそうだ。

興味深い事に、北海道のヒグマとひと口に言っても棲息している地域により性質が異なり、例えば知床辺りでは餌資源…特に川を遡上するサケやマス、浜辺に打ち上げられるクジラの死骸…が豊富な為(飽くまで比較的な話だが)人間と見ても目の色を変えて襲いに来ないヒグマが多いのに対し、夕張辺りのヒグマは特筆して気性が荒く、ヒトと見れば見境無く襲い掛かる…と言った話も聞いた(但し、これは昭和時代の話なので、令和の北海道のヒグマの傾向にそのまま当て嵌める事が出来ないのは予めお断りしておく)。
北海道の先住民であるアイヌの人々もこうしたヒグマの性質を熟知していたようで、餌が豊富な地域に棲み性質が穏やかなヒグマを【ヌプリコロカムイ】(山の護り神)と呼んで獲物として丁重に扱った一方、餌が乏しい地域に棲み獰猛なヒグマに対しては【ヌプリケスン プリウェンクル】(峰尻の乱暴者)と呼び警戒していたと言う。
アイヌの人々は汎ゆる存在を【カムイ】(精霊)として敬ったが、それは狩りの獲物としてのヒグマや、イヨマンテ(山で見つけた仔熊を肥育し、大きく育ってから天の国にその魂を帰し肉と毛皮をありがたく拝受する儀式)に対しても同様だった。
然し中にはヒトを襲い喰い殺す獰猛なヒグマも居る訳である。犠牲者も少なくなかったろう。
そのような人喰いヒグマは【ウェンカムイ】(悪しき神)と蔑まされ、首尾良く仕留められても獲物として歓迎される事は無かった。毛皮つきのままぶつ切りにされ、汚物を浴びせられ、倒木などの傍にばら撒かれた(殺された被害者と共に埋葬される地域もあったそうだ)。
これはアイヌの人々の呪詛のひとつであり、獲物としての正式な手順で解体されず倒木等の供物にされたヒグマの魂は二度とカムイの座に戻れなくなると言うのである。この辺、牧畜を阻害するライオンを儀式的に屠り、人間の存在をライオンに誇示し遠ざけるマサイ族の風習を連想し興味深い。

ワタクシも幼少の頃に、間接的ではあるがヒグマの存在を傍に感じて逃げた経験がある。
当時住んでいた町の傍に小さな森があった。そこに友人数名とふらりと遊びに行き、根雪残る森の一角にヒグマの足跡がくっきり残されているのを見たのだ。しかもそこからあまり離れて居ない場所には血痕と、種類は判らないが何か大きな鳥の羽毛も残されていた。
一気に恐ろしくなり、友人が持参していた爆竹を鳴らしながら早々に森を離れたものだった。

近頃、特に道東のヒグマは観光客が不用意に近寄る為にヒトを恐れなくなり、町中にヒグマが入り込んで大騒動…と言う事例が頓に増えているようだ。
また"OSO18"とナンバリングされたヒグマが、ハンターが遺棄したエゾシカの死骸に味をしめ、長じてウシを襲うようになって多大な被害を齎した挙句、肉食に偏執した為に栄養失調で弱っていたところを駆除された…と言う事件は記憶に新しい。

北海道はそれこそ明治の昔から、住民はヒグマの恐怖に怯え、駆除も頻繁に実施されて来た訳だが、それでもヒグマは隠然と北海道各地の山の主であり続けている。
そして近頃は困った事に、北海道のヒグマと本州以南のツキノワグマの力量差を知らない不勉強な動物愛護団体が、ヒグマ駆除とツキノワグマ駆除をごっちゃにして反対の声を張り上げていると言う有り様である。

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