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アーバン・ファルコン

最近、オオタカやハヤブサ、チョウゲンボウなど、肉食性鳥類の都市近郊進出が増えているそうである。中でもハヤブサは、東京都に近い場所でも頻繁にその姿を見かけるようになった。

ハヤブサの都市進出について語る前に、先ずハヤブサがどんな鳥なのか軽く触れてみよう。

ハヤブサは鳥綱ハヤブサ目に分類される鳥で、肉食性の鳥としては最も早く飛ぶとされる鳥である(水平飛行で時速100km。因みに全鳥類で水平飛行で最も早く飛ぶのはアマツバメ目に属するハリオアマツバメで、時速170km)。
近年まではタカ目に分類されていたが、遺伝子を調べて提唱された最新の学説ではタカ目とは遠縁であり、寧ろオウム目やスズメ目の近縁である事が明らかになった。つまりタカ類との外見の類似は収斂進化の賜物と言う事になる。

獲物(主にムクドリやヒヨドリ、ドバト等の自分より目方の少ない鳥を狙うが、時には自分より大きなキジを屠る事もある)を追撃する際、高空から急降下する時のスピードは最高時速400㎞にも及ぶと言う。そして狩りの方法もタカ目のそれとは異なり、獲物を強力な足で押さえつけるよりは寧ろ【急降下の勢いを借りて空中で蹴る】…もっと言えばあしゆびを握り締めて"拳"を作り、思い切り【殴る】事によって獲物を気絶させたりショック死させたり、時には頚椎などを破壊して留めを刺し、捕食する事が多いと言われている。

上嘴にはタカ目の鳥には無い、短い【牙】のような隆起があり、これは殺傷能力の向上に役立っている。こうした嘴の構造は寧ろスズメ目に含まれるモズ(この鳥もなりは小さいながら獰猛な肉食性鳥類である)に似ている。

英語圏での呼び名は【Peregrine Falcon】。
Peregrineの語句には【放浪者】と言う意味があり、ハヤブサが広い行動圏を有する事に因む。
また、英語圏での通称であるFalconの語句はラテン語の【Flax】(鎌)に由来し、独特な形状の翼を鎌に例えての命名とも言われる(諸説あり)。

崖の上に佇むハヤブサ
(ウィキメディア・コモンズより借用)

このハヤブサ、嘗ては【海東青鶻かいとうせいこつ】と呼ばれ、非常に稀な鳥として扱われていた。単に【鶻】の一文字だけでハヤブサを指す事もあり、逆に【鶻】を略して【海東青】と呼ばれる事もあった。
モンゴルが未だ蒙古帝国と呼ばれ恐れられていた時代には、属国からの貢物として珍重されていたそうだ。飼い慣らして鷹狩りに用いる為である。ハヤブサを貢ぐ、貢がないで戦争になり、滅ぼされた小国もあると言う。

19世紀から20世紀初頭には、所謂「DDT問題」でハヤブサの名がクローズアップされるに至る。
生態系ピラミッドの上位に位置する彼等の体には、獲物の体内に含まれていた微量のDDT由来の毒素が蓄積し、最終的には信じ難い濃度の毒素となるに至る。それによりハヤブサ等の頂点捕食者が身体的にダメージを被り、卵殻の軟弱化により雛の致死率が大幅に上昇した…と言う研究結果である。 

その後、DDTの使用が著しく制限され、同時に各国の愛鳥精神が高まった事に加えて、都会には獲物となる動物(スズメ、ドバト、ムクドリなど)が豊富な事、ビルディング等の人口建造物が本来の営巣地である断崖絶壁の代役を十分に果たしてくれた事が幸いし、ハヤブサは晴れて【都会の鳥】の一員として認知されるようになった。 

都会に進出したハヤブサについては、アメリカでは日本よりも格段に認知が進んでいる。
ビルディングのベランダに巣箱を設けたり、滑り止めに砂を敷いたり、雨避けのある場所の窓にフィルムを貼ってヒトの視線を遮断する等して、ハヤブサの営巣への一助としている。
また、日光の反射によりハヤブサがビルの窓ガラスに衝突する事故を防ぐ工夫や研究も為されているらしい。 
加えて、負傷したハヤブサを動物園で保護し、カップリングさせて雛を育てた後、鷹匠による狩りの訓練を経て成長した若いハヤブサを放鳥する活動も盛んになっている。

人為的に作られた【巣】の中のハヤブサの雛
(ウィキメディア・コモンズより借用)

近年、イギリスでは都市に適応し、人間生活の恩恵に与る野生動物が少なくなく、中でも街の暮らしに慣れたキツネを特に「アーバン・フォックス」と呼ぶそうだ。
同じ言を用いるなら、都会の空を旋回するハヤブサは差し詰め「アーバン・ファルコン」の名が相応しいだろう。

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