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ワイバーン今昔

(ヘッダー画像及び文中の画像は全てウィキメディア・コモンズより拝借しました)

近年、ファンタジーの世界にも【リアル指向】の波が押し寄せているらしい。
ドラゴン、グリフィン、ペリュトン(鹿の頭と身体に翼を持つ凶暴なアトランティスの幻獣)と言った、背中に翼を持つ空想上の生き物の復元が従来の【四肢+翼】と言ったスタイルから【翼と化した前脚+発達した後脚】と言った風に変わってきているのだ。例外はペガサス位のものか。

中でも、ドラゴンは四大文明の頃から記録がある歴史の古い幻獣であるが、実は時代によりその姿が大きく異なり一定のイメージが無いに等しい。共通する特徴は【巨大で有害な爬虫類】と言う事だけ。
例えば古代ギリシアでは、ほぼ巨大な蛇と言った姿のものもあれば前脚だけを持つ首の長い爬虫類だったり、そして更にツノと矮小な翼が生えた姿となっていくと言った具合に、イメージがかなり混然としていたようである。そもそもドラゴンと言う名が古ギリシア語のドラコーン(Dracoon)すなわち"大きな蛇"に由来すると言われているので、元々ドラゴン=大蛇と言うイメージだったようだ。それが時代が下るにつれて(生物学上ではあり得ない事なのだが)少しずつ進化して、前脚が生え、更に翼を得るに至った。
実はこの頃、有翼で且つ四肢を持つドラゴンと言うイメージは、まだギリシアには存在して居なかったようなのだ。
理由が至極シンプルで、「ドラゴンも地上に生きる生き物であらば、その翼はコウモリや鳥と同じく前脚を起源とするのだろう」と考えられていた事に依るらしい。実に判り易い。

然し、キリスト教が勃興し【悪魔】と言う概念が生まれるとドラゴンと悪魔は同一視されるようになり、その姿はどんどん生物らしいリアルさを欠いた禍々しいそれに変わっていった。こうしてヨーロッパ各地では長らくドラゴンは【四肢と翼を有する強大で邪悪な爬虫類】としてのイメージが固まり、他方その禍々しくも力強い姿は王侯が好んで旗印とするようになった。

一般的なドラゴンのイメージ。
因みにこちらのドラゴンは
映画【ハリー・ポッター】シリーズに登場する
ドラゴンの一種なのだとか

時同じくして、ヨーロッパでは新たな竜族が登場する。
それがワイバーン(飛竜)である。

旗印に描かれたワイバーン

ワイバーンは現在では単に前脚が翼になったドラゴン(またはドラゴンの亜種)として扱われるが、嘗てはドラゴンの頭・コウモリの翼・猛禽類の脚・サソリの尾を持つ一種の合成獣だったらしい。その起源は古フランスの伝承に登場する翼を持つ蛇に似たドラゴン・ヴィーヴルに由来すると言われている。これがイギリスに輸入され、後脚を得て今のイメージに落ち着いた。
ワイバーンは、しばしば【紋章学が生んだドラゴン】と呼ばれる。それは民間伝承にワイバーンが登場する内容のものが殆ど存在しないのが根拠であるとされる。因みにワイバーンの紋章学に置ける隠喩は【強い敵意】だそうである。

此処へ来て、それまでイメージが混然としていたドラゴン達の容姿や名称が整理され、以下のように細分化されるようになった。

翼があり、四肢を持つもの=ドラゴン
翼と発達した後脚を持つもの=ワイバーン
翼と蛇体を持つもの=ワイアーム
翼も四肢も無い蛇体のもの=ストゥアウォーム
翼は無いが四肢があるもの=ドレイク

国により呼び名が変わる事もあるが、だいたい上記の通りである。

上記のイメージは長らく不動のものとなっていたが、時代が流れこの10年位でこうした流れに変化が訪れた。古代ギリシアで考えられていたドラゴンに対する生物的なリアリズム追求が現代に蘇る事になったのである。…「ドラゴンも地球上の生物の一員ならば、四肢+翼と言うスタイルは矛盾しているのでは?」

何でも最近、海外の生物クラスタの間で「仮に原初の生物が六足歩行の生き物だったからと言って、その内一対の脚が必ずしも翼に進化するとは限らない」と言う意見が出ているらしい。また、近年人類史以前の空の支配者だったプテロサウリア(翼竜類)の研究が進んだ結果、彼等が陸上でも巧みなロコモーションを有していた事が明らかになり(プテラノドン等を想像していただければ判り易いが、彼等は前脚が巨大な翼に進化している)その科学的なデータも後押ししたようだ。

プテロサウリアの一種、カリリドラコの復元図。
彼等は翼と化した前脚と後脚を巧みに用い、
陸上では四足歩行をしていた

斯くして、再び【前脚が翼になり、発達した後脚を持つドラゴン】の復権と相成った。近年では、ディズニー映画【ドラゴンスレイヤー】の邪竜ヴァーミスラックス・ペジョラティヴや、トールキンの小説【ホビットの冒険】の映画化【ホビット】に登場する悪竜スマウグがこうしたスタイルのドラゴンとしてデザインされている。海外の他のファンタジー作品でもこの動きに倣う傾向があるようだ。
逆に作品によっては、前脚が翼になっては居るが殆ど飛ばず、最早二次的に【脚】に戻った翼と後脚で力強く地を駆けるワイバーンと言う存在も見受けられるようになった。例えばゲーム【モンスターハンター】シリーズのティガレックスがこれに当て嵌まる。因みに同シリーズでは、ドラゴンは【龍】ワイバーンは【竜】と呼び分けられ、ワイバーンは飽くまで生物学的に居てもおかしくは無さそうな存在であるのに対し、ドラゴンは生物学的に無茶が過ぎる(言い過ぎだろうか)まさに伝説の存在とされる傾向があるようだ。

近年では価値観の変遷があり、キリスト教圏では悪魔的として【人間の側に立つ事が許されない不倶戴天の敵】たるドラゴン…と言うイメージも過去のものになりつつある(余談になるが、嘗てエンデの【はてしない物語】を映画化した【ネバーエンディングストーリー】で幸いの竜フッフールがプードルみたいな毛むくじゃらの竜として登場した背景には、当時の欧米に"善良なドラゴン"と言う概念が存在しないが故の苦肉の策だったとする指摘がある)。そしてドラゴンは人間にとって(実在しないに関わらず)身近な存在へと変わり、それ故によりリアリティを以て構築されるに至った。
四肢と翼を共に有するドラゴンと言うイメージも、遠からず幻になるのかも知れない。然し、ワイバーンとドラゴンのイメージの境界線が曖昧になっても、彼等の魅力が半減する事は無いだろう。

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