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助詞「は」の話(1):「主題化」機能の説明に格関係の視点を添えて

こんにちは、よんのすけです。

この記事では、日本語の助詞「は」の基本的な機能についてまとめていきます。翻訳ではソース言語の理解力だけでなく、ターゲット言語の表現力も同じくらい重要だというのはよく言われることです。本記事で説明する内容は、日本語表現についての書籍を普段から読んでいらっしゃる方にはすでに当たり前の情報かもしれません。しかし、翻訳技術や英語の勉強に時間を取られていて、日本語の勉強にまではあまり手が回っていないという翻訳者の方もいらっしゃると思いますので、主要なポイントだけでも簡単に確認できるよう、「は」についての基本事項をここで要約しておきたいと思います。

(「は」は係助詞、副助詞、とりたて助詞などと呼ばれますが、この記事では文法上の分類については深く踏み込まないため、単に「助詞」としています。)

「は」の機能

・主題を提示する
助詞「は」の主な役割は、文の主題を提示することです。主題とは文において説明を受ける話題のことで、「は」は文中で何について述べるのかを示します。次の4つの例文をご覧ください。

(1)私昨日ラーメンを食べた
(2)象鼻が長い
(3)東京高層ビルが多い
(4)ケーキ後で食べる

(1)から(4)までの例文では、「私」「象」「東京」「ケーキ」という話題について、どうしたか、どうなっているか、どうするか、といった説明がなされています。

・「が・の・に・を」が示す格関係を表す
「は」の役割はそれだけではありません。皆さんが翻訳時に英語の主語を日本語で表すときには、「が」だけでなく「は」も主語として使用するでしょう。「は」は、主題を表す以外の役割を持つことがあります。

(1')私昨日ラーメンを食べた
(2’)象鼻が長い
(3’)東京高層ビルが多い
(4’)ケーキ後で食べる

冒頭の4つの例文の「は」を、それぞれ別の助詞に置き換えてみました。こうした書き換えができる点からわかるように、助詞「は」は、格助詞「が・の・に・を」が示す格(単語同士の関係性)を表すことができます。

「は」を使った文要素の主題化

ここまでで、「は」の基本的な機能を簡単に確認しました。次は、さらに理解を深めるために「は」を実際に使ってみましょう。(1)~(4)の例文では「は」から「が・の・に・を」への還元を行ったので、今度は反対に文の各要素を主題にしてみます。

(5)きのう、ジャクソンがジョージにパイを投げつけた

「ジャクソン」、「パイ」、「ジョージ」、「きのう」をそれぞれ、文の主題にしてみます。ジャクソンを文の主題にする場合は、次のようになります。

・「ジャクソン」を主題にする

(5a)きのう、ジャクソンジョージにパイを投げつけた
(5a')ジャクソンきのう、ジョージにパイを投げつけた

「が」を「は」に変えるだけで問題ありません。この文を回答とする疑問文「きのう、ジャクソンは何をしましたか?」を考えてみると、ジャクソンが主題になっていることを理解しやすいのではないかと思います。

次は、「パイ」を主題にしてみましょう。

・「パイ」を主題にする

(5b)きのう、パイジャクソンがジョージに投げつけた
(5b')パイきのう、ジャクソンがジョージに投げつけた

ジャクソンの場合と同様に、(出来事を表す文章として自然か否かは別として)「パイを」を「パイは」に変えれば問題ないほか、文の前方に持ってきてあげてもしっくりきます。後で説明しますが、主題となる内容は早めに提示した方がわかりやすくなる傾向があるためです。続いて、「ジョージ」を主題にしてみましょう。

・「ジョージ」を主題にする

(5d)きのう、ジョージジャクソンがパイを投げつけた

この場合は工夫が必要になります。「に」を「は」に変えるだけではしっくりきません。実は「は」が表せる「に」は、位置を表す「に」だけであり、方向を表す「に」の機能は果たせないのです。「に」を使った最初の例文をもう一度見てみましょう。

(3)東京高層ビルが多い
(3')東京高層ビルが多い

例文(3)では、「は」を「に」に変えても不自然な文にはなりませんし、事実関係も変わりません。一方、「は」を使って「ジョージ」を主題にするなら、受動態にするほかなさそうです。

(5d')きのう、ジョージジャクソンパイを投げつけられ

単に「ジョージに」を「ジョージは」に置き換えるだけでなく、「ジャクソンが」を「ジャクソンに」に、「投げつけた」を「投げつけられた」に変更しています(「ジャクソンに」は「ジャクソンから」でも問題ありません)。このように、「は」の追加や置き換えだけでは主題を示せない場合があるので注意が必要です。

・「きのう」を主題にする

(5c)きのう、ジャクソンがジョージにパイを投げつけた

最後に「きのう」を主題にしてみます。この場合、時を表す副詞「きのう」に「は」を付けるだけで問題なく主題化できます。「は」が格助詞「が・の・に・を」の役割を果たしておらず、主題の提示だけを行っているケースです。

格関係を表さず、主題だけを提示する「は」

このように、さまざまな語に「は」を付けて、主題化を行うことができます。いくつか例を見てみましょう。

・助詞や複合助詞に付ける

(6)詳細について、こちらのページをご覧ください。
(6’)詳細について、こちらのページをご覧ください。
(7)友人の子どもに、電子辞書をプレゼントした。
(7‘)友人の子どもに、電子辞書をプレゼントした。
(8)ここで、たばこを吸ってはいけない。
(8‘)ここで、たばこを吸ってはいけない。

上記(6)~(8)の例では、複合助詞「~について」と助詞「に・で」に「は」を付けて主題化しています。これらはそれぞれ、次のように解釈することができます。

(6’)詳細について(どうしたらいいかというと)、こちらのページをご覧ください。
(7‘)友人の子どもに(どうしたかというと)、電子辞書をプレゼントした。
(8‘)ここで(どういう規則があるかというと)、たばこを吸ってはいけない。

・名詞に単独で付ける

(9)私はうなぎだ。

また、例(9)のように、名詞に単独で「は」を付けて主題化することもできます。何人かでお食事処に入り、注文する場面を思い浮かべてください。(9)が表しているのは「私=うなぎ」という意味ではなく、「私が注文するのはうなぎだ」、「私はうなぎを注文する」などの意味に解釈できるでしょう。格関係が明確でなくなってしまいますが、こういった文も文法的に問題ない文として成立します。

取り上げてきた例の「は」を便宜上分類すると、「主題を表し、なおかつ『が・の・に・を』の格関係を表す『は』」と「主題を表すだけの『は』」に分けることができ、さらに「主題を表すだけの『は』」は、「助詞や複合助詞などに付くもの」と「名詞に単独で付くもの」に分けられそうです。

まとめ

ここまでで、「は」が基本的な機能として「主題を提示する」こと、「助詞『が・の・に・を』が示す格関係を表す場合がある」ことについて説明しました。また、実際に文中の各要素を「は」を使って主題化してみて、さまざまな品詞に「は」を付けられることも確認しました。次回は「は」と「が」の主な違いとして、その有効範囲の広さについて例文を通じて確認し、対比・対照を表す「は」についても少し触れます。こちらも基礎的な内容になりますが、押さえておいて損のない重要なポイントだと思いますので、特に翻訳について学び始めたばかりの方には、ぜひ続きを読んでいただきたいと思っています。

続きはこちら。

参考文献

・『新装版 日本語の作文技術 』著・本多勝一
・『よくわかる文章表現の技術Ⅰ 表現・表記編(新版)』著・石黒圭


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