3話 きっかけ


「母さん、今日の塾は休みって伝えるの忘れてたっけ?」俺はとっさに母に嘘をついてしまった。
人生で仮病を使ったこともないし、塾にも休まず行っていたから「家でちゃんと勉強するのよ〜」と言って母はすんなりと受け止めてくれた。


とりあえず今日は部屋でゆっくりしたい気分だ。


部屋に戻ってベッドに寝転ぶ。静まりかえった自分の部屋はどこか居心地が悪く、テレビをつけた。この時間はニュース番組ばかりでなにも興味が湧かない。ただ、テレビの中の世界はいつもと変わらない。なんだか日常に戻れた気がして、ホッとした。





「...ちゃん!お兄ちゃん!」
下から妹の桜良の声がする。


ホッとしたせいか、俺は少し寝てたみたいだ。

下に降りてみると、まぶしすぎる桜良の笑顔があった。

「お兄ちゃん!実はね!今月末にお父さんが帰ってくるんだって!久しぶりだね!楽しみー!」

久しぶりに父さんが帰ってくるようで、桜良は飛び回って喜んでいる。父さんは帰ってくると必ずどこかに連れて行ってくれるので俺も桜良も帰ってくるのを楽しみにしていた。ただ、今はその喜びよりも、先生との夏休みのことで頭がいっぱいだった。


「桜良、あんたいつまではしゃいでるの。ほら、2人ともパパッとご飯食べちゃって。貴俊は食べたらちゃんと英語を重点的に勉強するのよ。」


そのひとことで、この空間にもいつもと変わらぬ日常が流れた。

さて、早くご飯を食べるか。やることは先にやる。
これがモットーだ。



「ごちそうさまー。」
そう言って皿を片付け、俺は部屋へ戻った。


部屋に戻ると1件のLINEが入っていた。


『明日、迎えに行くからちゃんと学校行く準備しといてね』

飛鳥からだった。

『わかったよ』

と返し、俺はボーッと考えた。



俺は、優や恭輔のようにスポーツができるわけじゃない。飛鳥や菜月、志保のようにみんなを引っ張っていけるわけでもない。そんな俺が毎日行って何ができるんだろう。けん玉ができるぐらいじゃ何の役にも立たねぇよ。




そうだ!

「桜良ー、ちょっとピアノ弾かせてくれない?」




これは、俺の人生での一大イベントになるであろう「夏休み」の前日の話。


続く










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