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ウェアラブルデバイス x 「術後管理」を斜め読み

 データサイエンティストの杉尾です。主にデジタルバイオマーカーの開発プラットフォームである(SelfBase)の機能開発や、そこで収集されたデータの解析を担当しております。

 今回のテーマは、「術後管理」です。何らかの手術後の患者様の容態管理にウェアラブルデバイスを使うことで、重大な容態変化を予防したり、回復効果を計測したり、高いQOLを保てるようにできるのでは、という試みです。ウェアラブルデバイスは機器装着の難易度が低く、あらゆる場面で使用可能なため、様々な疾患や退院後の経過観察も可能になります。以下に研究事例を簡単にまとめてみました。


1. 研究事例紹介

事例1: 術後の睡眠パターンの変化と患者報告アウトカム(PROs) [1] 

  • 研究の背景
    この研究では、肩の手術(回旋筋腱修復や全肩関節置換術)を受けた患者の手術前後の睡眠パターンをウェアラブルデバイスを用いて追跡し、それらのデータが患者報告結果(PROs)とどのように関連するかを分析しています。

    • 「PROs」とは「Patient-Reported Outcomes」の略で、日本語では「患者報告アウトカム」と訳されます。これは医療研究や臨床試験において、患者自身が直接報告する健康状態や治療の効果に関する情報を指します。PROsは、患者の視点を直接反映するため、治療の効果を測定する際に重要な指標となります。

  • 研究の手法
    成人男女を対象に、手術前34日間から手術後6週間まで追跡調査しています。睡眠指標はウェアラブルデバイスを用いて収集し、PROsは複数の尺度を使用して評価しています。

  • 利用データ
    WHOOP 2.0ストラップという腕時計型ウェアラブルデバイスを使用して睡眠データを収集し、心拍数、心拍変動、周囲温度、運動量、皮膚応答などの指標を測定しています。

  • 実施された実験や分析の内容
    ウェアラブルデバイスで取得した睡眠やPROの値を術前・術後で比較しています。睡眠メトリクスとPROsの間の相関関係が分析されています。

  • 分析結果

    • 睡眠メトリクス

      • 回旋筋腱修復(Rotator Cuff Repair, RCR)患者群では、手術後2週間から4週間の間に深い睡眠が平均で約11分減少し、手術後4週間から6週間でさらに約13分減少していることがわかりました(P < .05)。

      • 全肩関節置換術(Total Shoulder Arthroplasty, TSA)患者群では、手術直後の2週間で深い睡眠が平均で約13分減少しましたが、その後2週間から4週間でREM睡眠が約27分増加していることがわかりました(P < .05)。

    • 睡眠段階とPROの関連性

      • RCR患者群では、REM睡眠時間が増加すると、PROが改善されることが見られました。具体的には、REM睡眠が多いほど、患者が報告する痛みの減少や機能の改善が大きい傾向がわかりました。この関連は統計的に有意で、手術後の回復における睡眠の質の重要性を示しています。

      • TSA患者群では、総睡眠時間が増加すると、PROsとに正の相関が見られました。これは、総睡眠時間が長いほど、痛みの軽減や機能回復が顕著に表れることを意味しています。また、REM睡眠の増加も一部の患者報告結果と正の関連があることが示されましたが、総睡眠時間の増加の方がより強い相関を示しています。

  • 考察
    研究では、ウェアラブルデバイスを用いた睡眠のモニタリングが、手術後の疲労、痛み、および全体的な回復の改善の指標を提供できることが示唆できています。手術後の管理において、患者の睡眠パターンを改善する介入が回復過程を助け、より早い機能回復を促進すると想定できます。睡眠の質を高めることで、痛みをより効果的に管理し、日常生活への復帰を早めることができるかもしれません。

  • 課題や今後の展望
    ウェアラブルデバイスの使用による患者のアドヒアランス(デバイスの着用、データの同期と記録、研究プロトコル指示の遵守)の低下が問題となりました。比較的負荷の低いウェアラブルデバイスでも遵守率は下がるため、この観点の工夫は非常に重要だと考えられます。

事例2:ウェアラブルデータを用いた周術期ケアにおけるがん患者の術後回復スコアの機械学習による予測 [2]

  • 研究の背景
    本研究では、ウェアラブルセンサーから取得される活動指標と生命徴候を使用して、がん手術を受けた患者の周術期ケアにおける連続的な回復スコアを予測する機械学習モデルを開発しています。このモデルは、回復の日々の変化を評価し、術後の管理やリハビリテーション計画、さらには患者の退院日を決定するのに役立つことを目指しています。
    現在の術後回復の評価方法には主観性が含まれ、退院までの回復のみを対象としているため、退院後の回復を追跡する方法が限られています。ウェアラブル技術の利用は、連続的かつ客観的なデータを提供し、この問題を解決する可能性があると着目されています。

  • 研究の手法
    XGBoostという機械学習アルゴリズムを使用して、患者の身体情報と活動データから得られる特徴を基に機械学習モデルを構築しています。

  • 利用データ

    • 対象:主に腹部がん手術を受けた患者

    • 教師データ:患者の回復過程を表す「参照回復スコア」を設定しています。このスコアは、患者の日々の回復状態を定量的に評価するために独自設計された指標です。(設計内容は割愛)

    • 特徴量:ウェアラブルセンサーから収集された身体情報(心拍数、呼吸数など)と活動指標(歩数、活動量など)

    • 収集期間:手術後の約2週間から3週間

図1. 参照回復スコアの例(x軸は日数を、y軸は回復スコア)
左図:非合併症患者、右図:合併症発症患者
  • 分析結果

    • モデル性能の評価

      • モデルは、参照回復スコアを高い性能で予測することができるようです。つまり、これは、モデルが患者の実際の回復プロファイルを正確に捉える能力を持っていることを示しています。

      • 性能を評価する指標は、平均二乗誤差(MSE)やスピアマンの順位相関係数(SRCC)などの統計的評価指標を用いて、モデルの予測精度が検証されてます。

    • 重要な特徴量に関する洞察

      • 分析では、心拍数の回復(HRR)、心拍数の日夜リズム、歩数などが回復スコアと強い正の相関を示していることがわかりました。

図2. 機械学習モデルの予測性能に関して
図3. 機械学習モデルの特徴量の重要度に関して
  • 考察

    • モデルの有効性と臨床への応用

      • モデルの予測性能:この研究で開発されたモデルは、患者の日々の回復スコアを予測するために高い精度を達成しています。これにより、患者の回復過程を効果的にモニタリングし、適切なタイミングで介入を行うための客観的なデータが提供できることが示唆されています。

      • 回復スコアの臨床的意義:モデルが生成する回復スコアは、患者の退院可能性や介入の必要性を判断するための重要な指標となります。特に、回復が遅れている患者や合併症のリスクが高い患者を早期に識別することが可能となります。

    • 技術的な挑戦とモデルの改善

      • 特徴量の選択とモデルの解釈性:研究では、限られた数の特徴量を用いてモデルの解釈性を保ちながらも高い予測性能を達成しています。これは、臨床スタッフがモデルの出力を理解しやすくするために重要であり、臨床においても役に立ちます。

      • データの連続的な収集:ウェアラブルセンサーによるデータ収集の連続性は、病院だけでなく自宅での患者の状態をモニタリングする上で大きな利点をもたらします。これにより、退院後の患者の健康状態をより密接に追跡できるようになります。

  • 課題や今後の展望

    • モデルの一般化と適用範囲の拡大:現在のモデルは主に腹部がん手術の患者に対して開発されていますが、他の種類の手術や疾患に対しても同様のアプローチが有効かどうかを調査することが今後の課題のようです。

    • 追加的なデータソースの統合:臨床データや患者の歴史的健康記録を含む追加的なデータソースをモデルに統合することで、予測精度をさらに向上させる可能性があります。

    • リアルタイムでの適用:モデルをリアルタイムで運用し、連続的な監視と予測を行うシステムの開発が望まれます。これにより、患者の状態に応じた即時の医療対応が可能になります。

3. 最後に

 今回は、術前・術後に関する統計的な分析的と機械学習による予測の2つのパターンの論文を準備することができました。
 ウェアラブルデバイスの普及により、このような取り組みの難易度が格段と下がり、現実の医療現場または家庭で社会実装されていく未来がとで近いと感じてます。一方で、データサイエンスの観点で言及する、分析や予測に使えるデータ量や変数/特徴量をもっと増やし、汎化性能の高い分析やモデルの構築を試みる取り組みもしてみたいです。患者様の関わる研究は実験難易度が非常に高いです。しかし、ウェアラブルデバイスによる実験は非侵襲性を代表に、患者様に与える負荷は相対的に小さいです。そのため、このような実験が意欲的に実施され、より大規模なデータで、性能の高い機械学習モデル・AIが開発されることにより、術前・術後の回復や状態管理がさらに改善されることを期待しています。

 我々も「術後管理」に関する研究・分析を進めています。もしこのような取り組みに興味があれば、是非ご連絡下さい。お待ちしています。

参考文献

[1] Gadangi, Pranav V., Bradley S. Lambert, Haley Goble, Joshua D. Harris, and Patrick C. McCulloch. 2023. “Validated Wearable Device Shows Acute Postoperative Changes in Sleep Patterns Consistent With Patient-Reported Outcomes and Progressive Decreases in Device Compliance After Shoulder Surgery.” Sports Medicine, Arthroscopy, Rehabilitation, Therapy & Technology: SMARTT 5 (5): 100783.
[2] Low, Carissa A., Meng Li, Julio Vega, Krina C. Durica, Denzil Ferreira, Vernissia Tam, Melissa Hogg, Herbert Zeh Iii, Afsaneh Doryab, and Anind K. Dey. 2021. “Digital Biomarkers of Symptom Burden Self-Reported by Perioperative Patients Undergoing Pancreatic Surgery: Prospective Longitudinal Study.” JMIR Cancer 7 (2): e27975.

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