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ウェアラブルデバイス x 「てんかん」を斜め読み

 データサイエンティストの杉尾です。主にデジタルバイオマーカーの開発プラットフォームである(SelfBase)の機能開発や、そこで収集されたデータの解析を担当しております。

 さて、今回のテーマは「てんかん」です。私が初めてこの疾患を正しく認知したのは、京都・祇園でのこの痛ましい事故だったと思います。この頃、私は京都に住んでおり、近くで発生したこの交通事故が「てんかん」とは何かを調べるきっかけになりました。


1. 「てんかん」とは

 「てんかん」は、てんかん性発作を引き起こす持続性の素因を持つ脳の障害です。これは慢性の脳の病気であり、大脳の神経細胞が過剰に興奮することで、脳の発作性の症状が反復して現れます。その発作は突然に起こり、通常と異なる身体症状や意識、運動、感覚の変化などが生じます。

 また、「てんかん」は、脳が発生する過程で生じた構造の異常、代謝異常症、遺伝子の異常などの出生時からの発症だけではなく、頭部外傷、中枢神経感染症、自己免疫性脳炎、脳卒中、認知症等の様々な脳の疾患が原因となります。上記の京都での交通事故も、運転手のてんかんは、事故以前の頭部外傷による後天的なものでした。

 「てんかん」のある方は1000人に5~8人(日本全体で60万~100万人)と言われています[2]。乳幼児から高齢者のいずれの年齢層でも発症します。特に小児と高齢者で発症率が高くなりますが、30~40代の方でも発症することもあるようです。また、そのうち10~20万人の患者は抗てんかん薬を服用しても発作を抑制できずに慢性化する、いわゆる「難治性てんかん」に該当します。

 「てんかん」を治療するには、前述しましたが、抗てんかん薬による治療が基本です。抗てんかん薬は「てんかん」の原因を取り除くことはできませんが、「てんかん発作」を起こりにくくすることができます。

2. 「てんかん」の前兆を捉える

 人間の大脳の神経細胞は通常、規則正しいリズムでお互いに調和を保ちながら電気的に活動しています。この電気活動が何かの原因で一斉に過剰に発生したりし、そのリズムが突然崩れると、激しい電気的な乱れ(過剰興奮・過同期)が生じ、その部位の脳の機能が乱れ、脳は適切に情報を受け取ることや命令ができなくなり、体の動きをコントロールできなくなります[3]。それがてんかん発作として現れます。

詳しくは、「てんかん info [3]」にまとめられています。興味があれば是非読んでみて下さい。

 「てんかん」は、その構造からわかるように、その前兆を捉えるためには、脳波(EEG)を解析する必要があります。しかし、それは日常生活時に常時計測することは不可能という課題があります。
 そこで、近年では腕時計型を代表とするウェアラブルデバイスによるPPG計測の脈波から、そのリズムや電気信号を収集し、それらを元に前兆を捉え、てんかん発作の予測やメカニズムを解明しようとする試みが多く存在します。

以下に、それらの研究・論文を簡単にまとめたいと思います。

※てんかんの研究では、以前からEmpaticaの利用が多いですが、Fitbitなどの他のデバイスでの研究も増えてきているようです。

3. 研究事例紹介

事例1:てんかん発作に関連する生体信号24時間変調パターンの違い

 この研究は、てんかん発作と発作のない患者間の自律神経信号の24時間変調パターンの違いを検証しています。具体的には、皮膚電流活動、末梢体温、心拍数の変動を分析し、発作を予知するバイオマーカーとしての潜在能力を評価しています。

  • 研究の背景
    てんかん発作の治療の評価は発作の減少にばかり着目されていますが、発作の頻度を特定することが理想的です。この研究では、ウェアラブル技術を利用して発作の追跡と予測の向上を図っています。

  • 研究の手法
    患者はビデオ脳波モニタリングを受け、腕時計型ウェアラブルデバイス(E4)を装着しています。これにより、皮膚電気活動(Electrodermal activity, EDA)体温、心拍数を連続記録し、機械学習を用いてデータを解析しています。

  • 利用したデータ
    研究には、発作を持つ患者49名と持たない患者68名が含まれ、これらの患者から得られた臨床データと腕時計型ウェアラブルデバイスからの生理学的データが分析に使用されています。

  • 実施された実験や分析の内容
    24時間のバイオシグナルデータを収集し、EDA、体温、心拍数の変調レベルと振幅を評価されています。また、機械学習モデルを用いて、発作と非発作群を分類しています。

図1. 発作のない患者群(緑)と発作患者群(紫)のそれぞれの自律神経関連指標の平均曲線
  • 分析結果
    発作群は非発作群に比べてEDAレベルと振幅が低く、HRレベルも傾向的に低かったようです。機械学習モデルの分類精度(AUROC)は75%でした。

  • 考察
    この研究では、発作関連の自律神経活動の変化を示し、これらの変化が発作のリスクを監視および予測するためのバイオマーカーとして有効である可能性が示されています。患者固有の分析を通じて、発作予測における臨床変数の組み合わせが重要であることが強調されています。

  • 課題や今後の展望
    データセットのサイズや多様性を増やすことで、予測モデルの精度をさらに向上させることが期待できます。また、異なるタイプの発作を持つ患者に対する長期間にわたるモニタリングが、日々の変動を理解する上で有効であると考えられています。

事例2:心拍数の多日周期と発作の関連性の観察コホート研究

 この研究は、てんかん患者と健康な成人の心拍数のMultiday Cycle(※多日周期)と発作の関連性を調査しています。ウェアラブルデバイスを使用して心拍数を収集し、その周期性とてんかん発作のタイミングとの関連を分析しています。

※適切な日本語の用語が無いため、多日周期と訳しています。意味合いとしては、日を跨ぐ中長期的な周期のことを指しています。

  • 研究の背景
    これまでの研究で、てんかんの発作や脳の興奮性が明確な日周期、週周期、月周期に従うことが示されています。これらの周期性がどのように他の生理システムと関連しているかを理解することは、多日周期の原因を新たに明らかにする手がかりとなると考えられています。

  • 研究の手法
    非介入的観察コホート研究である「Tracking Seizure Cycles [5]」を通じて、31人のてんかん患者と15人の健康な成人を最低4か月間追跡し、腕時計型ウェアラブルデバイスを用いて連続的な心拍数を収集しました。ウェーブレット変換を用いて心拍数の周期を検出し、発作の発生と心拍数周期のフェーズとの関係が分析されています。

  • 利用したデータ
    てんかん患者と健康な成人から収集された長期間の心拍数と、てんかん患者が手動で記録した発作日記のデータを使用しています。

  • 実施された実験や分析の内容
    参加者の心拍数データから、日周期、約週周期、約月周期のリズムを検出し、これらの周期が発作の発生とどのように関連しているかを統計的に分析しています。

  • 分析結果
    全ての参加者(てんかん患者と健康な成人)で心拍数の周期が確認され、その中でも日周期が最も一般的でした。一部のてんかん患者では、心拍数周期の特定のフェーズに発作が集中して発生していることが分かりました。

図2. 論文内で利用された周期性の確認のための可視化サンプル
  • 考察
    心拍数の周期とてんかん発作のリズムが類似
    しており、これらが共同に調整されている可能性がありました。この発見は、てんかんの治療や発作予測において新たな治療戦略を提供する可能性があります。

  • 課題や今後の展望
    今後は、心拍数とてんかん発作の周期性の関連をさらに詳しく理解するために、より広範な患者群での研究や、心拍数以外の生理学的指標を用いた追跡研究が必要と書かれています。また、心拍数周期を利用した発作予測モデルの実用化に向けた研究に期待が寄せられています。

3. まとめ

 この記事では、てんかんについて軽く触れながら、ウェアラブルデバイスを用いた研究事例をまとめさせていただきました。てんかんにおける課題は、その発作の突発性だと私は感じています。いつどこで発生するかわからない発作は、生活に困難を生じさせ、その人の活動に制限をかけてしまうことも少なくはありません。
 しかしながら、これまでは取得できていなかった24時間の心拍変動・加速度・体温・皮膚電気活動のデータを用いることで、それら発作の予測やメカニズム、前兆を捉えることが高精度で実現するかもしれません。ウェアラブルデバイスから収集できるデータを解析することによって、人々の生活を少しでも良くできるといいなと思っています。
 我々Tech Doctorチームにも、医学部大学院でてんかんに関係性の強い皮膚電気活動の研究をしている心強いメンバーが在籍しております。もしお手伝いできそうなことがあれば、お問合せ下さいませ。お待ちしております。

参考文献

[1] https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000070789_00008.html
[2]
 https://www.med.osaka-cu.ac.jp/Neurosurg/m-db/k-tenkan.shtml
[3]
 https://www.tenkan.info/about/epilepsy/
[4]
 Vieluf, Solveig, Rima El Atrache, Sarah Cantley, Michele Jackson, Justice Clark, Theodore Sheehan, William J. Bosl, Bo Zhang, and Tobias Loddenkemper. 2022. “Seizure-Related Differences in Biosignal 24-H Modulation Patterns.” Scientific Reports 12 (1): 15070.
[5] “Tracking Seizure Cycles: Practical Applications for People with Epilepsy and Clinicians.” n.d. Default. Accessed April 23, 2024. https://aesnet.org/abstractslisting/tracking-seizure-cycles-practical-applications-for-people-with-epilepsy-and-clinicians.
[6] Karoly, Philippa J., Rachel E. Stirling, Dean R. Freestone, Ewan S. Nurse, Matias I. Maturana, Amy J. Halliday, Andrew Neal, et al. 2021. “Multiday Cycles of Heart Rate Are Associated with Seizure Likelihood: An Observational Cohort Study.” EBioMedicine 72 (October): 103619.


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