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ジャズの引出しについて 番外編~進化こそがジャズのアイデンティティ?/プロト・ハードバップとしての『One Night In Birdland』~

昔、ギターマガジンだったかプレイヤーだったは忘れたが、イングウェイ・マルムスティーンがインタビュー記事で「ハーモニック・マイナースケールはブルーノート・ペンタトニック・スケールより音数が多いから、ブルーノート・ペンタトニック・スケールより表現力がより高い優れたスケールである」という主張をしていて、インギーは相変わらずバカだなあ、と面白かった記憶がある。この手の「ore sugee」話は何とでも言えるんで真面目に論じるのも無粋なのかも知れないが、その1つである「ジャズ進化論」は何故か本気で信じている方々が少なく無い様なのである。
イングウェイの様に自分の好きなモノをより「優れた音楽」とする為に、変化や多様化を「進化」と言い張る事も出来るだろうが、結局それは強弁であり幻想にすぎない。そういう幻想消費も楽しいのだが、「進化こそがジャズのアイデンティティである」とでもいう様な極端な言説を見ると、ちょっと待てと言いたくなる。「ジャズは進化する」と言われても「スゴイデスネ」としか言いようがないし、そりゃ何だって変化したり多様化していくんだから、ソレって実は何か言っているようで結局何も言っていないに等しい。
というかそんなモンを音楽のアイデンティティにしちゃうことが果たして良いことなのか?幻想を消費しているだけで音楽そのものは真面目に聴いてないでしょ、君たち。と思うのでした。ここらへん、「進化」しちゃう人たちは「進化」しないミュージシャンや音楽を言挙げする前に、もう少し省みても良いんじゃないでしょうか。
そもそも「ジャズは進化する音楽」だなんて、多分マイルス辺り言い出したことだけど、マイルスの様な人以外が簡単に言っていい話ではない。マイルスが黒人を「ニガー」って呼ぶのと、我々が「ニガー」って言うのでは全く意味合いが違ってくるのと同じ事だ。「ジャズは進化する音楽」というのは、かつては「白人より劣った黒人の、下品な音楽」とされていたジャズを、人種差別と闘う武器にする為のレトリックだったのだから。
1900年代前半はそれこそイングウェイの様な白人がクソな理屈でジャズやブルースを見下していた訳です。そこで白人のクソ理論に対抗する為、マイルス達は白人が黒人を差別する根拠にしていたエセ進化論を逆手に取ってマウントを取り返してやったのである。だから、当時の解っている人々は「ああ、マイルスそう来たか!上手いな!」と思ったと思うよ。
しかしコレを我々が気安く使うと途端に、もうとっくに評価の終わった社会ダーウィニズム、優生学思想を無理やりジャズに当てはめた、「自分の好きな音楽は貴方の好きな音楽より優れている」と言う為だけの、大してジャズを聴いている訳でも無いのにジャズを聴いている自分はカッコいいと思っちゃってる、年取った中二病患者の妄想になってしまう(場合もある)。大変にカッコ悪い。
音楽を売る為に幻想を利用する事は否定しない。確かに幻想を消費するのは楽しい(だからマイルスはカツラを被る)。でもここはひとつ禁欲して少々考察してみても良いだろう。「ジャズは進化する音楽」という幻想は自分の商品を売る為にマーケッター・マイルスが採用した売り文句だった訳だが、ジャズを売る人間全てがジャズを愛しているとは限らない。この言葉は結局最終的にはジャズを黒人の手から簒奪する口実になってしまったのではないか?ワスプを頂点とする階級社会の中で、白人の優位性を前提とした社会秩序を脅かす危険な(「Entartete Kunst」な!)音楽だったジャズは、もはや体良く毒抜きをされてしまったのではないか?「進化」してさえすれば「ジャズ」を名乗れるようになってしまった昨今、最も優れたジャズマンともてはやされるミュージシャンすら、もはやブルースもろくに弾けなくなっちゃってるのではないか?そういう風に黒人の手からジャズを売り飛ばす様な行為に、ジャズに対するリスペクトは有るのか?
こんな事考えてるとジャズ雑誌なんて読めなくなっちゃうんだけどね。

<参照アルバム>
チャーリー・パーカー「One Night In Birdland

無題

1950年のライブ盤。ファッツ・ナヴァロがヘロイン中毒で亡くなるわずか1週間前の録音である。結核も病んでいたらしい。マイルスによると、かつて太っちょ(ファッツ)だったナヴァロの体は、この時既にガリガリに痩せこけていた。しかしここではそんな事を全く感じさせない溌剌としたトランペットを聴かせてくれる。パーカーも手加減無しにブロウしている。
ジャズ雑誌なんか読むと「ビ・バップ革命から始まったモダンジャズは、その後ハード・バップ、モード、フュージョン・ジャズへ進化した」的な事が書いてあったりして、ホントかよと思うのだが、「ビ・バップ~ハード・バップ」の進化という話ひとつとっても、この演奏を聴けば、50年代のハード・バップと変わらないスタイルの演奏が、既にパーカー達ビ・バッパーの手によって普通に行われていたことがうかがわれる。このセッションに参加したアート・ブレイキーが4年後の同じ場所で「最初のハード・バップ・アルバム」を録音した時、クリフォード・ブラウンとルー・ドナルドソンの後ろ姿に何を見ていたのかを想像すれば、ビ・バップとハード・バップの間に違いなど無い事が判るだろう。
ピアノはもちろんバド・パウエル。ウォルター・ビショップ・ジュニアも参加している。ナヴァロはブラウニーのアイドルだった。

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