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結婚相談所に行ってみた

2月中旬の土曜日の夕方、僕は行きつけのサウナに行って汗を流し、エスカレーターをダダダと降りた。
17時59分。約束の時間ギリギリになってしまい、焦ってしまう。
駅近ビルの1階に着いた時、腕時計を確認してから顔を見上げると、身長170センチほどであろう女性が立っていたのを見つけた。
マスクをしていたけれども、あ、多分あの人だ、と確信し、「すいません、A子さんですか」と話しかけた。
「あ、そうです! W男さんですか?」
「そうです、初めまして」
「初めまして! こんばんは」
「外、寒かったですか」
「今日も寒いですね」
「僕は、サウナ行ってきたばかりで汗だくです」
「あはは、そうなんですね」
「あのー、本来、最初はカフェで話すべきだと思うんですが・・・」
「え? はい」
「めっちゃ腹減っているんで、そこの店でパスタ食べませんか?」
「良いですよ! むしろ全然!」
そして、目の前にあるパスタのチェーン店、洋麺屋五右衛門に入った。

そんな風にA子さんと会った3週間前の1月末、僕は家から一番近いX結婚相談所の相談カウンターに向かった。
きっかけは、乗換案内のアプリにT結婚相談所の広告を見た時のこと。
結婚したい相手に巡り会えないことを悩んでいた僕は、「結婚相談所なら出会えるかもな」と思い、タップしてみた。
結局、T相談所には行かなかった。無料面談をする上での質問フォームで「年収」「学歴」「企業の規模」といった物質的なことばかり聞かれたからだ。
年収などは大事なのだろうが、数字の足し算引き算で機械的に探す、探されるのには気が引けた。
そこから、結婚相談所の比較サイトを見て、一番値段が低いX結婚相談所を選ぶと、無料カウンセリングの質問内容が、相手の性格的なことや、どういう家族像を描いているか、などが中心だったため、無料面談へと進むことに決めた。

緊張しながら近場の相談カウンターに行って、少し待つと、ふくよかめな女性が出てきた。堂々と笑顔で挨拶をしてくれたので、安心感があった。
X結婚相談所を経営しているのは、某人材紹介会社。同じ業界で働いたことのある僕は、「こういう女性の転職エージェント、いたなぁ」と懐かしんだ。
名刺をもらってから、自己紹介をしてもらい、自分の恋愛経験の話などを、割と深く聞いてくれた。
やはりここでも、自分が過去に幾度となくしてきた、転職エージェントとの面談を思い出した。転職では仕事の履歴書が大事で、結婚相談所では恋愛の履歴書が大事なのだ。
全く初めて会う人に、自分が過去の恋愛をどう考え、向き合っているかをアウトプットし、ウンウンと興味深く聞いてもらうのは恥ずかしかったが、とても新鮮で有益だった。
詳しくは覚えていないが、「僕がこれまで女性とうまくいってこなかったのは、女性と出会いはあるけれども、自分のエネルギーや真面目さ、会う頻度や人生の楽しみ方、といったところでズレがあったから」「そういったところで妥協できなかった」というようなことを言ったと思う。
初めて会う人に伝わるよう頭を必死に働かせたからか、その時点でどっさり汗をかいた。サウナに行ってないのに。小さい緑茶のボトルをもらっていたけれども、正直水が飲みたくて仕方がなかった。

次は、探す相手の話。
僕が選んだのは、専任のエージェントがつくプランで、この方が週に1度、選りすぐりの女性をリストアップしてくれる。定期的に面談もできて、フィードバックもくれたりするのだ。
そういう訳で、どういう女性を探したいか聞かれた。
それは必然と「自分のエネルギーや真面目さ、会う頻度や人生の楽しみ方が合う人」になるのだが、そういう人を見つけるにはどうしたら良いのか、を僕は事前に考えていた。
「運動をしている人ですね」と、エージェントさんの目を見て伝えた。「運動をしている人、してきた人は、エネルギーレベルはもちろん、辛い練習や試合の勝ち負けも一緒に楽しめる人だと思うんで」
今までの経験を踏まえて、これは外せないと思っていた。
それプラス、見た目で言うと背の高い人が良いですね、と言った。
「具体的に何センチ以上ですか?」
「165センチですね。まぁ、160でも・・・」
「まずは165で探しましょう。年齢は?」 
「上は3つ上までですかね」
それを聞いた営業さんは「わかりました・・・頑張って探します」と机にある書類を見ながらつぶやくように言った。
それがあたかも探すのが難しい人材であるかのように聞こえたので、少し心配になった。

最後に、書類手続きの話だった。
「後ほど、W男さんにリンクを送るので、そちらを埋めていただき、それを基に、私がプロフィール文を作成させていただきます」
「おお、頼もしいですね」
「ありがとうございます。ベストを尽くします!」
ここも転職エージェントと似てるな、と思った。
それから、新しい紙をサッと僕の前にすべらせた。
「また、このリストにある書類を頂いてから、正式にスタートして弊社のサービスを使えることできます。なので、できるだけ早く提出してくださいね」
直近の給与明細や学歴を証明するものだけでなく、独身を証明する書類も必要だった。
「独身証明書なんて存在するんですか?」
「自治体によってはないかもしれないんですけど。独身証明書は、本籍が登録してある役所から取り寄せなくてはいけなくて」
「マジっすか!」
正直これには面食らった。恥ずかしさと面倒さが押し寄せてきた。僕の実家は遠いし、何より両親には、僕が独身を証明したいことを知ってほしくない。
「戸籍謄本でも大丈夫ですよ。それだったら、マイナンバーカードで印刷できる役所もあるので」
「ああ、そうなんですね」
「最後に、写真ですね。自分だけの、背景に誰も写っていない画像が必要で・・・」
サッと、もう一枚の紙を僕の目の前に滑らせた。
「スタジオで撮影することもできます」
「あ〜」
絶対に嫌だ。
「写真はすごく大事なので、おすすめですよ」
「なるほど」
そういう紹介料も売り上げの一部か。料金は2万円弱した。

帰り際に行きつけのジムのサウナに行き、家に帰って一息ついてから、早速書類集めを始めた。
面倒だと思っていたが、戸籍謄本や大学の書類は案外簡単に取り寄せられた。
問題は、顔アップの写真一枚と、全身の写真一枚が必要なプロフィール写真だった。
スタジオで撮りたくないとはいえ、自分で高質なセルフィーを撮るのは慣れていなかった。
今日が撮影日だ、と決めた日の朝、iPhoneをストレッチポールの上に置いて、近くにしてみたり遠くにしてみたり、太陽光が真正面か横か変えてみたり、何度も試行錯誤して、どうにか笑顔の写真が撮れた。
全身の写真は、ちょうど去年にマラソン大会を走った際に買った写真にした。
(規模がそれなりのマラソン大会は、カメラマンがコースに待ち構えていて、終了後に自分のゼッケンを検索すると、好きな写真を選んで購入できる)
背景に走っている人がいたが、ピントは自分にしか合っていなかったので大丈夫だと思い、送付した。

1週間後の2月の頭、エージェントさんと再び会った。
「書類、ありがとうございました! プロフィールも完璧でした」
「ああ、良かったです」
「それを私がまとめたのがこちらです」
「・・・おお!」
自分のことがポジティブにまとめられていて、すごく嬉しかった。
俺ってこんなに良い人だっけ? とも思った。
「素晴らしいです! なんだか自信が湧いてきました」
「恐縮です」
転職エージェントにも、自分の強みをうまく伝えてくれてお世話になったが、まさか婚活エージェントにも似たようなお世話になるとは。
ここで、エージェントさんの表情が少し曇った。
「ここまですごくスムーズなんですが・・・」
むむむ。
「全身の写真の方の背景に、他の人が映り込んでいて、これはアウトとのことなんですよ」
「え、でも、ぼやけて誰かわからないじゃないですか」
「そうなんですが、やはりピントが合っていなくてもダメ、とのことで」
「そうですか・・・」
条件、厳しいなぁ〜。
僕は再びマラソン大会で購入した写真を見比べたが、他に誰も写っていない写真は、41キロ付近の一番辛そうな顔をしている写真しかなかった。
ベストではないが、致し方ない。
その場で写真を送り、その日はそれで終わった。
あとは、郵送で送られる大学関連の書類を待つのみ、となった。

数日後に書類が届き、提出したら、あっさりOK。ようやく僕はWebサイトにログインして、婚約者サーチを始めることになった。
ここまでのプロセスは大変だったが、「こういう面倒なことをしてまで婚約者探しをする、真面目な人しかいないんだ」と安心感が芽生えた。
ひとまず、身長と年齢、近場エリアで検索をかけてみた。
すると、165センチ以上の女性で近場の人たちが出てきて、魅力的な紹介文やプロフィール写真もいくつかあった。
また、元人材派遣会社勤務の血が騒いだのか、「ほう、この仕事でこの年収か」などと無駄な興味が出てきたりもした。
これは困った。こうも情報、選択肢が多いと、どうやって攻めれば良いか分からない。
僕はひとまず寝ることにした。

次の日にログインしてみると、なんと僕にコンタクトリクエストが届いていた。
要は、「会いませんか」リクエストだ。
昨日の検索結果に出てきたうちの一人だった。
そんな彼女の名前はA子さん。
身長が170センチ、年齢は2つ上で、管理職として仕事をバリバリやっていて出張することが多く、プロフィール写真を見る限り、体格が良さげな女性を見つけた。
運動は少しヨガをやっているのだとか。
そして業界はなんと、人材派遣。
仕事の話で盛り上がれそうだな、と思った。出張で色んなところに飛び回る人には憧れもある。
年齢も2つ上。僕は大して悩まずに「YES」と回答した。

ここからは日程調整。
会員は自分の予定をWebサイトのカレンダーに登録することになっているので、お互いの空き時間が分かるようになっている。
そこから、二人とも空いている時間を選んだ。それが、その週の土曜日18時だった。
場所や待ち合わせ場所も、第一から第三希望までドロップダウンから選択する。
相手がその中から選んだり、新たに提案したりして、日時場所調整が完了。
あとは当日に、自分がその日着ている、目印となるものや色を記入して段取りが終わる。
最初、このシステムに感動した。
「はじめまして! ⚪︎日⚪︎時の⚪︎駅でどうでしょう!」とか、文章にしなくて良いのが非常にありがたい。
システム様々である。
まあ、結婚相談所までたどり着いた人は、僕のようにこういうことが面倒とか、下手とか、慣れてない人も多いのだろう。
機械的にすることで、大して重要ではないこのステップのハードルを下げてくれるのは好感が持てた。

当日、サウナの中に入りながら、A子さんと話す内容を考えていた。
人材派遣の話かな、出張の話かな、俺の前職の経験かな。
そこからどんどんエスカレートし、「この人ともし一緒に生活したら、どんなポジティブやネガティブがあるのか」も考えたりしていた。

二人で洋麺屋五右衛門に入った。ありがたいことに、席が空いていたのですぐに座ることができた。
向かい同士に座って、改めて目を見て、「こんにちは」と言った。すると、A子さんは笑った。この人はゲラなんだろう、とわかった。
メニューを手に取って「どれにしましょう」と言い合った。
「僕、このアスパラガスと卵が乗っているこれにしますわ。あ、サラダ追加して大盛りにしよ」
「はやいですね」とツッコミを入れてくれた。
店員さんを呼んで注文を通し、彼女は水を飲むためにマスクを外した。
そこで初めて、マスクのないお顔を見ることになった。
おお、なるほど。
お腹がグゥー、と鳴った。

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