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「じゃあ、がんばって帰ってね」

平凡な人生に、突き刺さったことばたち⑥

平凡なサラリーマンの私にも、人生の中に、忘れられない強烈な言葉たちがある。それを、エピソードと共に書いていくnoteです。書き溜められたら、記念の本にしよう。


【じゃあ、がんばって帰ってね】
大学生に入学してしばらくして、好きな人が出来た。
いつも奇抜なファッションで、自分を貫いている感じがして、格好良かった。
その頃自分もファッション好きが高じて、人とはちょっと違うような服装を好んでいたので、話も合うんじゃないかと、勝手に想像していた。

その子をいいなと思っていたけれど、なかなか話しかける事が出来ず、学校の掲示板(当時は各学部のその日の授業の連絡事項などが各部ごとの電光掲示板に出るようになっており、朝そこで皆自分の学部の情報を確認していた)でその子が来ないか待ってみたり、大学近くの学生が溜まるような場所に、その子がいないかぶらぶら歩き回ったりしていた。

ある日、そんな地道な活動が身を結び、大学近くの大型スーパーの食料品売場で、その子が買い物をしているのを友達と見つけて、心臓をバクバクさせながら、友達に協力してもらい、二人で話しかけた。

そのまま3人でごはんを食べる事になって、せっかく同じ学部だし連絡先を交換しよう! と、メールアドレスを交換した。
今はQRコードなどですぐに連絡先が交換出来るが、当時はどちらかの人がメールアドレスを携帯に直接入力せねばならず、連絡先の交換は時間がかかるため、今よりハードルが高かったように思う。

その後何度かやりとりを重ねて、たまに大学内のジムで一緒に汗を流すくらいの仲になり、いよいよ、友達も含め3人で遊びに行くところまで漕ぎつけた。
少しづつでも距離が近くなっている、と思う私と、メールしてもレスポンスが良い訳でもなく、もどかしい私がいて、不安と喜びが入り混じっていたが、自分の中で好きだと言う気持ちがすごく盛り上がっていて、遊びに行った帰りに告白する事を決意した。

当時は若かったこともあり、気持ちがあまりに入り過ぎて、何故か告白するのにプレゼントを買って、さらにそのプレゼントを入れる箱を手作りするというとんでもないイタいことをしていた。
プレゼントはビームスボーイのネックレスで、数千円で、そこまで高くはなかったが、それも考えに考えて、高過ぎるとひくだろうと思いそれくらいのものにした。
買い物する時に、店員さんに「彼女さんにですか」と言われて、なんとなく濁したような返事をして、でもそれがとても嬉しかった。
手作りした箱に入れるのは絶対止めろと友達に言われたのに、そのままバックに忍ばせていく気持ち悪い勇気を当時は持っていた(最終的に箱は忍ばせたまま、渡さなかった)。

いよいよ告白当日、事前に友達と綿密な打ち合わせをして、「友達は途中でいなくなってしまい、二人になったところで告白」というのが自分たちの作戦だった。

最近出来た大型のショッピングモールをぶらぶらして、なんとなく話をしながら、友達はいなくなるタイミングを見つけられず、遂に帰る時間になってしまった。

私は目配せして「な、ん、と、か、し、ろ」と伝えていた。
すると友達が急に「あーなんか帰る前にシュークリーム食べてえ、なんか食べてえ」と唐突に言い出して、歩いているそばにあったシュークリームのお店に寄り、みんなで一個づつ購入する。
食べていると、友達がなんとシュークリームをわざと手にベトベトつけているではないか! 手だけではない、服にもちょっと付けている。
私は彼女にバレないかひやひやしながら、冷静を装い話をしていたが、なんとかバレずに過ぎて、友人は
「やっべえ、手にシュークリームがついた! やっべえ!」と言い出して、トイレに洗いに行くと言い、服にも付いたから、時間がかかるから先に帰りの駅まで歩いていってくれ、と私たちに伝えて、トイレに消えていった。去り際に、彼はウインクをしていた。

「あんなに手に付くかな。笑えるね。」
駅へ向かう道中で彼女が言った。
笑っている顔も、眩しかった。
「そうだね。ウケるよね。」
告白の時が迫っており、緊張が最高潮に達している私は、上の空で返事をしていた。
「遅いね。どうしたんだろ。」
友達を心配して彼女が言った。
「あいつは、しばらく来ないよ。」
私は予知のような事を言うので彼女は不思議がって返事をする。
「え、何?」
「あいつは、しばらく来ない事になってる。」
違和感のある返答に、彼女が歩きながら、こちらを向く。
私の心臓は、文字通りどきどきしていて、それが自分でも分かった。今、伝えなければ。
ショッピングモールから駅に向かう軽い上り坂。立ち止まる。話し始める、早口で。
「あのさ、あの、話があって、大学に入ってから、ちょっと経って、俺たち、まぁ一緒にジム行ったりとかする感じになって。」
言い切りの形を避けるような婉曲した言い方になり、緊張して、はっきりした事が言えていない。あの時のもどかしさ、ドキドキした感じ、今は朧げに思い出すだけ。
「うん。そうだね。」
彼女は、既に何かを察してして、私の話が完結するまで、相槌を打つ。
「それで、俺、なんかね、一緒にいて、いいなぁって思って。」
心臓の高鳴りが頂点に達する。坂道で止まっている二人。
「あの、好き、なんだよね。」
はっきり伝えた。それまでの人生の中で、一番はっきりした告白だった。
「えー、びっくり。」
彼女は、驚いていた。まぁ、今日遊ぶのがはじめてだし、二人でもないし、メールもそんなに頻繁にもしていない。でも、当時の私は一人でどんどん気持ちが盛り上がって、半分、恋に恋していたのだと思う。

その後彼女から、告白の返事は考えさせて欲しいと言われて、そのまま駅に着き、バイバイをした。
そして次の日の昼過ぎに、バイト中に彼女からメールが来て「今日返事をしたいので夜に会えないか」という内容で、彼女が住む大学の最寄駅まで出向いた。
私は実家から大学へ通っており、1時間半ほどかけて大学最寄の駅まで向かい、夜10時ごろに駅のそばの大型スーパーの入口のベンチで落ち合った。

「ごめん、遅くに。わざわざ来てもらって。」
「大丈夫だよ。むしろ、ありがとう。」
告白というイベントを終えた私はある程度余裕を取り戻し、普通に会話が出来ていた。
また、メールでごめんなさいの連絡ではなかったので、イエスの可能性もノーの可能性もあり、期待をしていた。
「今日バイト大変でさー。」
彼女は、その日のバイトの話をはじめて、私はその話を聞いて、幸せだった。カップルのようだと、錯覚した。カップルのような時間。そこだけ空気が違っているような気がしていた。
そのまま話し込んで、2時間近く経ち、そして彼女が切り出した。
「返事しようとしてたのに、話し込んじゃったね。」
「ねー。こんなベンチで2時間くらい話しちゃったよ。」
私は相槌を打つ。こんなベンチに、他愛もない話で2時間もいた事が、私を幸福で満たしていた。
続けて彼女が話し出す。
「で、あの、色々考えたんだけど…
 ごめん。」
ごめん。
「あ、うん。」
錯覚は、一気に現実に戻る。
「告白は嬉しかったよ。すごい勇気を出してくれたのは伝わったよ。でも、なんか想像出来なくて、ごめんね。」
彼女も緊張しているのか、早口だった。
「友達として、またやっていけたらって。」
友達として。
「あー、そうだよね。うん。わかった、そうだよね!」
すぐには受け入れられそうもなく、ただ返事だけをしている私。
少し寒いベンチ。少しの間。
「ありがとう。伝えてくれて。また明日から、宜しくお願いします。」
おどけて敬語を使ってぺこりと礼をするけれど、全然面白くない。そんなことは、自分でも分かっている。
「うん。」
私たちは、駅に向かって歩き出す。彼女はここまで乗ってきた自転車をひいて、私はその横を歩いている。
しかし、駅まで来ると、なんと入口のシャッターが閉まっている!
「あ、終電だった。」
そうだ。夜10時に集合して、話し込んで、既に12時を回っていた。
「あー。ほんとだね。やっちゃったね。大丈夫?」
「あ、いやー、えーと、でも、まぁこんなこともあるか!」
訳の分からない返事をする私。私の家が大学から遠い事は彼女も知っており、でも、どうすることも出来ない。自転車に跨がる彼女。
「あちゃー。ははは。やっちゃったね。」

「じゃあ、がんばって帰ってね!」

え?
颯爽と走り去っていく彼女。夜の風に髪がなびく。え?
私の家は、電車で1時間半かかる。
放心した私はしばらくそこにいた。
ただ、ぼーっとしていた。一人になった。
泣く? のか? その前に、寒い。
どうしようもなく、当時の携帯では近くのお店の検索などは出来なかったので、フラれたショックをひきづったまま、大きい通りに出て、ひたすら歩き、ロードサイドのファミレスを見つけて入り、隅っこの方の席で、ソファ側の席に横たわり、そのまま眠りについた。
本当は、思い切り泣きたかった。ただ、そこはファミレスだし、店員さんが見に来るかもしれないし、でも、その日は1日バイトしていて眠気もあり、精神と体力は色々なものが混じり合って、涙を流すモードにならず、ただソファから、ファミレスの明る過ぎる天井を見つめていた。

絶対に帰れない状況で、でもサラッと言われた「じゃあ、がんばって帰ってね。」という台詞。フラれてものすごく悲しかったのは覚えているし、今でも大学時代の仲間ともそんな話もするけれど、フラれた事自体よりも、状況とセリフのインパクトが大きく、私の頭にすごく残っている。
彼女も、なんと言っていいか分からず、とっさに出てしまった言葉なのかもしれない。
大きな期待の後の、大泣きしそうな悲しみモードに入る前の一言。
滑稽な場面。喜劇なのか悲劇なのか、色々な感情がないまぜになって、記憶に刻まれている。帰れないし泣けないし、疲れているし情けない。たくさんの感情が一気に押し寄せたあのファミレス。何にしても、長い人生の中の、記憶に残る一日だった。一つ一つの場面をはっきりと覚えているくらい。

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