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資本主義の後のデザイン?:Design after Capitalismを読む


環境への影響、ジェンダー差別、能力主義、監視資本主義……資本主義の限界が議論されています。しかし、資本主義の次にどこに向かうべきかを私たちは知りません。特に資本主義が終わった後の社会において、私たちがどのようなデザインを作り出すのか、それを想像することが難しい。今回のnewQ Studyでは、マシュー・ウィジンスキーのDesign after Capitalismを読み進めながら、参加者たちと一緒に、資本主義の終わりの後のデザインの可能性について語り合いました。本レポートでは、読書会の一部を紹介します。


興味をもった方は、ぜひ本書を読んでみてください。このレポートで紹介しているのは本書のごく一部です。また、以下のサイトで本の概要やガイドがまとめられています。


PART 01|WHY:なぜ私たちは資本主義の後のデザインを考えるべきなのか?

まず、Design after Capitalismでは、資本主義にはいくつかの課題が存在し、それらを解決する必要があることが紹介されます。また、デザインも資本主義の制度を維持し発展させる役割を果たしてきたことが明らかにされていきます。

§1 いまの資本主義の何がわるいのか

ウィジンスキーによる資本主義の批判は、経済的、道徳的、そして現代的な観点から行われています。これらの批判は、資本主義について考える上で重要な視点を提供してくれています。

💰経済的批判:資本主義は経済的な課題を抱えていると言われている。資産の分配の不均衡や財の不公平な分配、そして技術の進歩が一部の人々にしか利益をもたらさないことが指摘されている。これにより、社会的な差が広がり、機会の平等が達成されていない現実があるとされる。

⚖️道徳的批判:資本主義は個人主義を奨励し、人々のアイデンティティが消費と所有に依存することを促進している。これは社会的な階級差やジェンダーの不平等を生み出し、民主主義と自由の原則と矛盾してしまう。

🌐現代的な批判:現代資本主義は情報ネットワーク経済を変革しており、認知資本主義と監視資本主義が台頭している。これらの変化により、知識や情報の価値が高まり、同時に個人情報がビジネスに利用されている。これは新たな矛盾を引き起こし、将来的には資本主義の新たな形態が出現する可能性がある。

§2 いまの資本主義デザインの何がわるいのか

デザイン実践は、資本主義の問題の一部を助長または維持する役割を果たしてきました。ウィジンスキーはこれを「資本主義デザイン」と呼び、その影響をまとめています。

5つの資本主義の段階

  1. 起源(1500s〜1700s):農業革命により労働者が誕生し、デザインが書籍生産に必要とされた。

  2. 初期産業資本主義(1750s〜1850s):産業革命の時代で、労働者の登場と資本主義的生産様式の考察が行われた。顕示的消費とデザインの関連性もみられる。

  3. 発展した産業資本主義(1850s〜1970s):管理された資本主義が台頭し、プロダクトの計画的陳腐化がなされるようになる。

  4. 資本主義の黄金時代(1945〜1970s):戦後の経済成長によって、消費者階級が成長した。デザインのプロパガンダへの協力が特徴、

  5. ポスト産業資本主義(1970s以降):資本主義のシフト、市場飽和、ポストモダニズム、ユーザー中心デザイン、サービスデザイン、ネオリベラリズム、デジタルエコノミー、デザイン思考、デザインの価値創造などの新たな展開が起こった。

資本主義のこうした展開を支えてきたのが資本主義デザインだとされています。

近代の資本主義デザインの問題

  • 自然の資源の過度な消費を助長し、商業主義を促進する役割。

  • 個人の内的生活やアイデンティティを商品によって操作し、消費を刺激。

  • 人々の共通性を分断し、差別的なステレオタイプを強調。

21世紀のデザインの問題

  • プラットフォーム経済における依存とデータの抽出。

  • ダークパターンを使用したユーザーの行動的改変。

  • ビジネス優先のデザイン思考による外部性の無視。

デザインと資本主義の結びつき

デザインは資本主義の一環として、商品やサービスの生産・販売、消費文化の形成に不可欠な要素となりました。資本主義は経済的な利益追求を基盤とし、デザインはその要求に応じて進化しました。しかし、同時にデザインは社会的、環境的な課題にも貢献し、資本主義との複雑な関係を築いています。これからもデザインが調和を追求し、持続可能な未来を模索する役割が重要とされます。

PART 02|WHAT:ポスト資本主義デザイン(PCD: Postcapitalist Design)とは何か?

これまでに実践されてきた資本主義のオルタナティブを描くようなデザイン実践を振り返り、そこからポスト資本主義デザインの輪郭を描いていきます。

§1 資本主義のオルタナティブを描くデザイン

デザインは資本主義へのオルタナティブを模索し、反資本主義、非資本主義、そしてポスト資本主義のアプローチがこれまで提案されてきました。

反資本主義デザインでは、19世紀の社会主義運動や消費主義に反対するシチュアシオニスト運動、ブラックパンサー党などが社会的なメッセージをデザインに組み込んでいます。また、自律的政治やアンチデザイン運動も登場しました。

非資本主義デザインとして、クリティカルデザインやスペキュラティブデザインが、従来のデザインの慣習に挑戦し、異なる可能性を探求しています。アフロフューチャリズムや協調型デザインなども、持続可能性と平等を重視しています。

ポスト資本主義デザインは、サーキュラーエコノミーやリペアエコノミーに焦点を当て、廃棄物の削減や修理を促進するデザインを提唱しています。自律的産業デザインやデザインコモンズも、持続可能な生産と共有の概念を育てています。

§2 どこに向けたデザインなのか

ポスト資本主義デザインが何を目指しているのか。ポスト資本主義デザインの理論と前提が提示されます。

PCD[ポスト資本主義デザイン]の主な原則は、社会的パワーを生み出し、コミュニティ経済を構築・維持し、脱成長を実現し、ポスト資本主義的主体性を構築することである。これらの原則は、デザイン実践の制度を通して、BaUD(Business as Usual Design)の私的で利益志向の利益のためのデザインの消滅のために適用できる(227)。

PCDの理論的枠組み

社会的パワーの創造:制度制作としてのデザイン
デザインは、市民社会で行われる社会的、政治的、経済的、文化的活動である。デザインの実践は、資本主義を永続させるのではなく、また資本主義を支える国家権力を攻撃したり、回避したり、変革したりするのではなく、資本主義の構造を侵食することによって社会権力を拡大する方向に向けることができる。デザイン実践が社会的パワーを構築する2つの主要な方向性は、協同組合経済と社会的経済の創造に取り組むことである。

コミュニティ経済の実装:デザインコモンズ、P2Pサービスデザイン
デザイン実践は、現在無報酬の労働形態を含むコミュニティ資産のハイブリッドな可能性を認識し、コミュニティに影響を与える意思決定のための参加機会を生み出すネットワーク、システム、インターフェイス、シンボル的価値を開発することによって、コミュニティ経済に積極的に参加し、生み出すことができる。

脱成長:サーキュラーデザイン、リペアデザイン
デザインはマテリアルなことが多いが、脱成長、つまり、より少ない資源でより多くのことを行うことを目指すこともできる。人的資本に投資し、テクノロジーとその応用に関する知識だけでなく、生産に関する知識を拡大・分散させ、労働投入を減らし、デザイン活動の物質的なアウトプットを減らすことである。

ポスト資本主義的な主体:参加型デザイン
デザインは、「ユーザー」を「構成員(constituents)」として捉え直し、社会的、政治的、経済的な主体性を高めるために製品、サービス、経験をデザインし、コミュニティ経済に焦点を当てた自律的な実践に必要なインフラを構築するために、より政治的、経済的にコミットすることで、ポスト資本主義的な主体性を構築することができる。

§3 どんな未来を目指すのか

ポスト資本主義デザインが目指すべき未来を明確化していきます。ウィジンスキーはストラテジック・フォーサイトの手法を用いて「基本シナリオ(baseline-scenario)」と「変革シナリオ(transformation scenario)」を提示します。ポスト資本主義デザインが目指すのは後者です。

基本シナリオ

基本シナリオ

ポスト資本主義の基本シナリオは、技術革新によって物質的生産性が向上し、物質的生産コストが低下する一方で、階級構造や国家権力によってアクセスが制約されているというものです。生産手段と知識が私有化され、知的財産とそれに関連する収入が中心的な要素となります。

ロボット工学、機械学習、人工知能などの技術は、さまざまな分野で労働力を削減し、新たな労働市場を形成します。これはギグワーカーや出来高制の労働者など、新しい労働力のプールを生み出します。

マイクロトランザクションは広範囲で行われ、金銭やデータのやり取りが日常的です。プラットフォームはトランザクションを管理し、データを収集する役割を果たし、拡張現実(AR)、仮想現実(VR)、拡張現実(XR)体験などに進出します。

ウェアラブル・テクノロジーは、仕事や娯楽、個人の向上に役立ち、プラットフォーム所有者に日常生活の心理的側面にアクセスする機会を提供します。

資本主義の歴史は市場原理を新しい分野に適用してきましたが、デジタル技術により未開拓の分野やバーチャル空間に新しいサービスが登場し、商業と非商業の境界が曖昧になります。

プラットフォーム資本主義では、サービスへのアクセスは賃料に依存し、知識や知的財産の管理者が新たな支配階級となります。

変革シナリオ

変革シナリオ

ポスト資本主義の未来における変革のシナリオは、第4次産業革命による技術革新に焦点を当てており、自動化、ロボット技術、知的技術の台頭によって、物質的な豊かさが生み出される一方で、人間の労働が不要となる可能性が考えられています。

この未来における変革は、社会的および政治的な問題をもたらします。オートメーションが人間の労働力を不要にする場合、これに対処する政治的プロジェクトが必要です。ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)などのアイデアが提案され、テクノロジー業界もその重要性を認識しています。

一つのシナリオでは、自動化によって物質的生産性が向上し、物質的生産コストが低下します。しかし、これを分配する方法がポスト資本主義的であり、文化的な生産者ネットワークが新しい社会関係を形成します。これは、私的所有権と競争的な資本主義の制約に対抗する挑戦であり、共同の努力によって新しい社会的経済が築かれます。

結局、資本主義を完全に排除する必要はなく、新しい経済構造を成長させることが可能であるという視点が示されています。資本主義とのハイブリッド経済が共存し、成長することが求められています。

PART 03|HOW:どうやってポスト資本主義デザインを実践していくべきか?

ポスト資本主義デザインの骨格を紹介してきました。では、PCDをどうやって実践していけるのでしょうか。著者のウィジンスキーはポスト資本主義デザインを今やっているプロジェクト、次に行うプロジェクトにおいて部分的にせよ実践していくことを勧めています。ウィジンスキーの提案は「ポスト資本主義デザインの戦略」としてまとめられています。

§1 ポスト資本主義デザインワークシート

ポスト資本主義デザインの戦略|規準×レイヤー=戦略

この表からウィジンスキーはポスト資本主義デザインを実践するシナリオを描いています。元表は、以下のサイトで公開されています。

地域調査とコミュニティ理解:デザイナーたちは、プロジェクトの成功に影響を与える地域の要因を理解するために、地域の既存のレストランを調査し、新しいサービスが地域にどのように適合するかを判断する。また、地域住民の食事嗜好や食事体験に関する調査も行い、レストランの提供価値を特定する。

コミュニティ連携:PCDの視点から、デザイナーたちは地域住民と協力し、地域経済の地図を作成し、未だに満たされていないニーズや無視されている資産を評価する。これにより、レストランがどのような社会的余剰を生み出し、それをどのように分配できるかを決定する。地域の様々な団体や個人と連携し、コミュニティ経済の持続可能なモデルを構築し、企業が社会貢献を行う方法を洞察する。

共同設計と提案:デザイナーは、レストランの運営支援、食品廃棄物の処理、雇用機会の創出、従業員の社会的パワー向上など、地域のニーズに合致する提案を行う。非競争的で非独占的な利用機会の提供など、コミュニティと共にデザインされたプロセスを促進する。

継続的な改善と反復:プロジェクトが進行する中で、デザイナーは参加型モデルを通じて、協力的なアプローチを維持し、必要に応じて調整を行う。企業とコミュニティの双方が継続的な幸福を享受できるよう、プロジェクトの影響を監視し、最適化する。(264-265)

この表に基づいて、ウィジンスキーはポスト資本主義デザインを実践するための問いをリストアップしています。一部を紹介すると

もし私たちがこのプロジェクトをデザインするとしたら……?

社会的な力を創り出すために

  • 経済的(賃金)労働を社会的交流に置き換える?

  • 経済的関係を超えた社会的つながりを増やし、維持する?

  • 経済的自立と幸福を支援する?

コミュニティ経済を作り維持するために

  • 顧客や「ユーザー」だけでなく、その構成員であるコミュニティが実際に何を必要としているのか––––「社会的・物質的に何を必要としているのか?

脱成長を実行するために

  • 材料投入量を最小化または削減する?

  • 地域のパートナーと協力し、より効率的なプロセスを革新する?

ポスト資本主義の主体性を構築するために

  • 市民および/または特定の個人グループ(「ユーザー」ではない)としての構成員のニーズと欲求に対応する?

  • 個人と個人主義的競争を排除する?

  • 価値を創造し、定義し、分配する共同体的プロセスを優先する?

このようなリストがすべての規準に関して紹介されており、実践の参考になるでしょう。

§2 結論

ウィジンスキーは結論として次のように述べています。

ポスト資本主義のための首尾一貫した議論を作り上げる努力は、全体主義的に見えるかもしれない。しかし、資本主義の構造的、体系的な問題を批判することは、資本主義のすべてが悪いということでも、資本主義の終焉によってすべてが良くなるということでもない。デザインが日常生活のあり方に与える影響が大きいとしても、パズルのほんの一片に過ぎないことは明らかだ。
しかし、デザインはその出発点である。〔……〕デザイナーはまた、デザイン以外のさまざまな社会的・政治的活動を通じて、政治権力を変えることにも関与できる。
「もうひとつの世界は可能だ」。何世代にもわたる活動家や資本主義の批判者たちはそう言う。これはまた、デザインの基本的かつ最も本質的な主張でもある。
決して気を抜くことはできない。(290-291)

PART 04|DISCUSSION:デザイン・アフター・キャピタリズムを読んで

––––以上がデザイン・アフター・キャピタリズムのあらましです。みなさんはどんな感想や疑問を抱かれましたか?

A:「デザイン」って、何なんでしょうね。デザイン・アフター・キャピタリズムでは、資本主義的デザインがわるさをしている、という話がありましたが、私は必ずしもデザイン自体に資本主義的なところがあると思えてません。

K:ふむ。こうも思います。デザインが普及することは素晴らしいし、みんながデザインできるようになるのはすばらしい。でも、それが資本主義の一部に組み込まれる可能性がある。実際、デザイナーの思考方法を普及するためのフレームワークであるデザイン思考が、ビジネスの中の問題解決にだけ活用されてしまっている。ビジネスの外の環境や社会の問題解決のために役立てる力が奪われてしまっているわけです。こういうウィジンスキーの指摘はけっこう当たっていると思いました。

C:しかも、さらに悪いことに、ポスト資本主義デザインに向かうモチベーションは、実際には資本主義的デザインの一部に過ぎないこともあるかもしれないですね。

S:資本主義ウォッシング、みたいなことですよね。だから、資本主義構造そのものをデザインし直す必要があるのかもしれない。

M:少し違う話ですが、デザイナーはどういうモチベーションでデザインされているのでしょうか? 自分は研究者で、研究者としては誰も発見していない新しい材料や仕組みを発見することそれ自体に喜びを感じます。

C:自分は、やっぱり「カッコいい」「イケてる」と思われたくてやっているような気がしますね。

M:なるほど。

C:そこで思いついたんですがデザインとアートの違いも考えるべきかも、と思いました。デザインは計画や目標に基づいている。だから、カッコいいという意識だけではなくビジネスにも役立ちたい、という気持ちがあって資本主義と相性が良さそう。でも、アートは違うかもしれない。

––––ふーむ。でも、そう簡単にも言えないと思います。アートもまたアート産業は資本主義ととても相性がいい。希少性を生み出すことができるし、他人との差異化を促進できますから。

C:たしかになあ。そうかも。デザインとアートの役割についても深く掘り下げたくなりました。

K:価値観とデザインの関係も重要かな、と思いました。デザインが社会的な目標と一致できると、資本主義の影響を受けずにすむ可能性もあるかもしれません。デザインが資本のためではなく社会のために奉仕できるとしたら。

C:そうですね。デザインと社会的な要素、価値観、そして経済的な要因について議論することで、デザインがいったい誰のために奉仕しているのかを意識的に区別していくことは実践的にも重要そうに思えます。そうすることで初めて、資本主義構造そのものを変えるために、デザインがどのように貢献できるかが考えられそうです。


編集後記

資本主義の問題を考えるとき、理論的な背景から考えることと、いま手元からできることの両面を考えることが重要だ。このメッセージを本書から受け取れると思います。

しかし、『デザイン・アフター・キャピタリズム』における資本主義の問題の分析には、疑問に思うところもあります。ウィジンスキーの見立てに沿って資本主義が問題を引き起こしているのか。つまり、資本主義以外の別の仕組みが問題を引き起こしているのかもしれない。だとしたら、解決したい問題を資本主義の問題として扱うことでは解決しない。

もし、資本主義の問題の診断が適切だとしても、その問題の解決方法としてデザインができることがあるのか。

ポスト資本主義のデザインの試みは、本当にウィジンスキーが描く未来へと私たちを連れて行くのかどうかは定かではありません。私たち自身が未来像を描きながら目の前のデザインに取り組んでいく責任があるのだと思います。

むろん、ウィジンスキーによる分析と提案は非常に価値あるものです。その分析と提案の両方を検討しつつ、できるところから少しずつよいものをつくっていきましょう。

(執筆:難波)

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