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木彫のキャラクターデザインと造形

今回木彫で人形を制作するに当たって、川村監督としては当初から「ごん the little fox」「プックラポッタと森の時間」など木彫の人形を使ったアニメーション作品を手掛ける八代健志に人形製作をお願いしたいと考えていた。

八代化

まずは小川のデザインをベースに、「若くてかっこいい男」ではなく「年輪を感じる初老の男性」にしたいというイメージを八代に伝えて、スケッチを描くところから作業をスタートしていった。

八代が描くと全て渋い絵に仕上がるため、その現象はスタッフに「八代化」と呼ばれていた

八代本人が監督を務める作品では、あまりスケッチを描かず、実際に粘土でマケットを作ったり、実際に木を彫り始めることが多いという。今回はチームでの作業ということもあり、まずはスケッチを描きながら、甚五郎はどういう人なのか、顔にはどんな皺がある人なのかなどを考え、チームに共有し議論することからスタートした。概ねイメージが合意できたところで、粘土で立体化する作業に取り掛かっていった。いつもは腰回りを小さく作りがちだという八代だが、小川の描いたデザインの中にあった、肩幅が極端に大きな逆三角形的なフォルムがとても魅力的に感じたとのことで、それを参考にボリューム感を持たせるよう意識してマケットを作っていった。

巨大化する人形サイズ

マケットを作る過程で、実際の人形は具体的にどこがどう動く必要があるのかについて、人形製作チームは何度もミーティングを重ねた。頭部には目玉も入れるし、瞬きする演出がある=瞼が必要になることや、そのサイズ感について検討した結果、甚五郎の人形サイズはその当時作っていたマケットよりももう少し大きくする必要性が出てきた。普段自分で作った人形を自分でアニメートさせている八代としては、人形のボリュームがどんどん大きくなっていくことに不安を覚えたという。

30cm予定だった人形のサイズは最終的に40cmになった

というのも、アニメーション用の人形は大きくなればなるほど、自身の体重を支える関節の強度を出すのが難しくなるからだ。一見、体が大きくなると同時に関節も大きくなるので自然とそれに見合う強度になりそうだが、実際は違う。
人形の関節には、大きく分けて金属関節方式と針金を曲げる方式の二つの方式があるが、例えば、人形の縮尺(つまり長さ)を2倍に変更すると、関節の摩擦を作り出している接触面積は4倍に、針金の太さ(すなわち断面積)も4倍になり、単純に言うと4倍硬くて頑丈な体になる。しかし、縮尺が2倍になった体の体積は8倍、つまり体重は8倍になってしまっているのである。この4倍と8倍の関係性も、人形が小さい時は問題にならないが、ある程度の大きさになってくると、金属自体の素材的な強度や工作精度など限界値が求められるようになってくる。

このような理由から、人形が大きくなるとアーマチュア(骨格)の作り方は一気に難易度が上がってしまう。八代はこれまでの自身の経験上、これまでのTECARATの作り方では人形のサイズは30cmくらいが限界だと感じていたそうだが、今回一緒に人形造形を担当した原田や上野が、使用する部品の検討から始めてくれた。様々なスタッフの知見を組み合わせることで、これまでのアーマチュアの作り方の限界を大きく超えることができた今回。最終的に、サイズの割に軽くて強いアーマチュアを作ることができ、40cm超えの巨大な人形が誕生することとなった。

同じ人形を木彫で2体作るチャレンジ

今回八代に課せられた課題は甚五郎の人形を作ることだけではなかった。様々なチャレンジがあった中で一番大変だったのは、木彫で同じ顔の人形を2体作り上げることだった。これは、予算とスケジュールの都合で2ステージ体制で撮影を進める必要があったというのも理由だが、長編化を見据えて「複数の木彫パペットを制作し、並行して撮影を行うことが可能かどうか」を図るトライアルでもあった。松本プロデューサーから人形が2体必要であるという話をされた時にはさすがに八代も面食らってはいたが、いつか試さなければいけないと思っていたし、面白いチャレンジになりそうと思ったそうで、木彫で2体製作することに挑むことになった。

八代は日頃、木目に呼応した彫りを目指しているという。木目を封じ込めては工業製品的になってしまうからだ。そのため、双子のように似た人形を作るには、木目も双子のように似たものでなくてはいけないと考えた。素材となる木は、同じ木の塊のすぐ真隣を使ったという。双子のような木目に対して「同じ呼応」で彫ることによって、結果的に外形が同じになるような作り方を目指した。2つの木の塊を並べ、鉛筆で表情を描き入れながら彫り込み、また表情を入れては彫り込むという作業を2体並行して進めていった。一度いいところまで進んだものの、最終版のマケットの頭部と比べて彫った頭たちが少し大きくなりすぎてしまい、泣く泣くその2体をボツにして新たな木を切り出す...というアクシデントも人知れず発生していたという。

頭部の彫り込みが完了したら、目を入れるために頭を割る作業に移る。ノコギリを使うと断面を合わせた時に溝ができてしまうため、石割りと同じ要領で、小さな穴をいくつか開けてくさびを打ち込み亀裂を作ることで木目に沿って頭部を前後に割る。その後瞳の位置に向かって内側から彫り込み、眼球が収まる深い穴を作っていく...という、後戻りのできない作業が続いていく。

中に入れる眼球の作り方もTECARATとドワーフで議論を重ねて、作り方を改良していったという。
これまでのTECARATのやり方はシンプルで、できるだけ塗膜が頑丈なペンキを使って瞳を描く形だったが、このやり方だとアニメートしている最中に瞼の内側と目玉が接触した時に目玉の塗装がハゲてしまうのが課題だった。また、撮影の途中で目玉を交換すると、ちょっとした黒目の違いで顔の印象が少し変わってしまうという問題もあったという。

そこで今回はドワーフの3Dプリント技術を生かして、眼球が内側に当たらないように0.5mmほどのスペースをつけた円柱のソケットパーツを3Dで設計した。円柱のソケットパーツは眼球のアールに合わせて抉り、センターにマグネットを仕込んだ。マグネットのサイズで磁力を調整して、眼球の保持と可動の丁度いいテンションを探ることによって、眼球をベストな位置に仕込むことと、絶妙な目の演技を実現している。

また、小さな目に対して小さすぎる瞼も製作された。瞼という小さいパーツに寄ることで、顔の彫り込み、木目の質感やこの人形のディティールを見せることができるということで、川村監督のこだわりのカットでもある。

スタッフを驚愕させた義手

今回、面白くもあり非常に難しかったと思われるポイントは、左手も含め生身のはずの体も木彫でできており、義手の右手も木彫で表現されるというメタ的な世界で、どう義手の見え方に差をつけるかということだった。川村からその問いを提示された八代は、木の存在感をうまく出すことを意識しながら作業を進めたという。しかし、スタッフ全員をどよめかせた義手のデザインは、なんと思いつきのままに作られていったという。

八代はまずはひとつパーツを作って組んで、次に別の関節を作るという具合に、根元から先の方へと考えながら作っていった。
肘の部分に歯車を入れた時に、時代考証を鑑みると少しハイテクすぎる印象があったので、アナログな印象をプラスできるよう手の甲に紐を組み込んでみた。この紐を手の腱に見立てようと考え、実際に紐を巻き上げると手の開閉ができる、本当の「からくり人形」を作り上げていった。構造と造形美がうまく融合した義手は、生身の左手と比べてかなり大きなサイズになったが、生身である左手と右手の義手の彫り込み方にも差をつけ、サイズの差も心地いい違和感となり、全員が納得するデザインの義手が誕生した。

バトンを受けた稲積のテスト動画

次にこの義手を更に次のステージに昇華させたのがアニメーターの稲積だった。八代としては、義手に滑車や歯車など実際に動かすことができるギミックを仕込んでアニメーターにパスし、動かすかどうかはアニメーターに委ねたのだが、稲積はテスト動画で全て動かしてきたのだ。義手で敵の刀を受け止めて割る時に紐が一回緩む演出を見せつけられて、スタッフから衝撃の声が漏れたのは言うまでもない。

それを見た八代が、そうくるならば...と更に義手を改良したり、チェーンソー義手に起動用の引っ張る紐を仕込んだり、チェーンソーの歯が全て回るように作り込むと、その造形からインスパイアされた稲積がまた動きに落とし込むという、ハイレベルなボールの投げ合いが発生した。このボールの投げ合いは2人だけではなく各セクションで自然発生し、この作品のクオリティを上げていく要因のひとつとなった。

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