【1話完結小説】ひねくれた女の子がネッシーを信じる話
夢の中で私は、目の前にいる私好みのイケメンにくどくど持論を語っていた。リアルでやったら絶対ウザがられるやつ…と思いながらも言葉は口から次々飛び出した。夢なんだから別にいいやと考えていた。イケメンもウザい顔ひとつせず笑顔でウンウンと聞いてくれている_____
*****
転校してもずっと続く友情とか
休んだら心配してくれるクラスメイトとか
いじめられたら庇ってくれるヒーローとか
高めあえるライバルとか
あったかいご近所付き合いとか
泣きながら本気で怒ってくれる先生とか
ほっこりユニーク家族とか
一緒にいるだけで強くなれる恋愛とか
そういう物語で溢れかえるこの世界、私は大嫌いなの。そういうものは私がこれまで生きてきた中に存在しなかったから。当たり前みたいな風に描かないで欲しい、っていつも思ってる。
人生なんて本当は暗くてつまらないって、知ってるんだから。キレイゴトのフィクションはいらない。そんな物語みたいなこと、起こるわけないの。そういう絵に描いた餅のような…ありえない幸せを見せつけられると悲しくなってしまう。
あなた、ネス湖のネッシーを信じる?信じてないでしょう。実際に見たことないんだから。それと同じことよ。ないものばかりをキラキラと描かれても、心は逆に冷めていくばかり。
「ネッシー?僕は信じてるよ。ネス湖はあんなにでっかいんだから。どこかにいても不思議じゃないさ。これから一緒に探しに行こう!」
そう言って、今まで黙って聞いていたあなたは急に私の手を取った。そして風のように駆け出す。
「えっ、ち、ちょっと待って…!!」
頬が赤らみ体が熱くなってくるのは、きっとあなたに引っ張られて延々駆けているせい。それだけのこと。ああ、めんどくさいことに巻き込まれてしまった。どうせ無駄足。また裏切られて放り出されるんだ。期待なんてしてはいけない、私は自分に言い聞かせる。
「…君が本気で願ってくれれば、僕はネッシーの1匹や2匹、本当に探し出せるよ。」
あなたは前を向いたままそう言った。いつの間にか2人の体は夜空に浮いていた。そうして凄いスピードで雲を切って駆け抜ける。
「…本気で?」
「そう、本気で。」
考えてみたが、本気で願うという感覚がよくわからない。私は今まで本気で何かを願ったことがあったのだろうか。
「無理、ごめんなさい。」
「できるよ。だって君が本気で願ったから僕が生まれたんだ。」
「え?」
瞬間、全てを理解した。素敵な物語を受け入れられないほどにひねくれていた私は、きっとこの先誰からも愛されないと思っていた。愛どころか、良好な人間関係を築くことすらできないと思っていた。
だからこそ願っていたのだ。毎日毎日、朝な夕な、いつも、本気で。「愛されたい」と。身勝手な願いであることは分かっていた。自分から誰も愛さないくせに、誰かから愛されたいだなんてムシが良すぎて反吐が出る。神様も世間も呆れ果てて見放しそうな願い。
「…なのに、来てくれたの?」
「そうだよ。あんまり君がひねくれてるから、ついつい笑っちゃうんだけどね。だからさっきからずっと前だけ向いてるんだ。」
「ひどい。」
言いながら私も笑った。本当に都合が良すぎて笑っちゃうね。
「やっぱり君は笑ってる方が可愛いよ、なんて気の利いたこと言おうか?」
「ううん。君は笑ってなくても可愛いよ、って言って欲しい。」
「やっぱりひねくれてるね。」
「愛してくれないなら帰って。」
2人でゲラゲラ笑いながらネス湖に向かって夜空を突っ切った。
やがて、ネス湖のほとりっぽい場所にフワリと降り立つ。あなたは笑いながら聞いてきた。
「ネッシーのこと、本気で願えそう?」
「いや、さすがにネッシーはやっぱり無理かな…。」
「じゃあ僕がお手本を見せてあげようか。君にもちょっと手伝って貰うよ。」
あなたはそう言って私を後ろからぎゅっと抱きしめた。正直、ドキドキした。背が高いあなたは私の頭にアゴを乗せる。そして歯をカチカチと鳴らす。あなたのアゴから私の頭蓋に振動が伝わる。
「ちょっ、頭痛い!絶対この動き関係ないでしょ!?」
「ごめん、バレた?」
笑いながらあらためて後ろから抱きしめられる。胸の前で握り合わせた私の手を、あなたの大きな手が包み込む。
「ネッシー様、ネッシー様いらっしゃいましたらおいで下さい。ネッシー様、ネッシー様…」
どこかで聞いたような胡散臭いセリフに突っ込もうかと思ったが、キリがないのでやめておいた。
静かな夜のネス湖にあなたのイケボが響く(しかも私の耳元で)。
不意に水の音がして、目の前の水面から何か大きなものが現れた。黄色く光っているのは目だろうか。ゆっくりこちらに近づいてくる。大きな長い首だけで10メートルくらいありそうだ。首は私たちの前まで来ると止まった。
あなたが私の耳元で囁く。
「ネッシー、いたでしょ。」
「…まだこれがネッシーか分かんないし。」
「ひねくれてるねぇ。」
「愛してくれないなら帰って。」
「ごめんごめん、じゃあ本人に聞いてみようか?ネッシー様、あなたはネッシー様ですか?ハイなら右へ、イイエなら左へ首をお傾け下さい!」
ネッシーは素早く首を右へ傾けた。
「ねぇ、さっきからちょこちょここっくりさんぽいんだけど。」
「細かいことは気にしない。本人がハイって言ってるんだからネッシーだよ。ありがとね!ネッシー様!」
あなたはどこから取り出したのか、大きな魚をネッシーに向かって放った。ネッシーはそれを上手にキャッチしてごくんと飲み込み、回れ右をした。水族館で調教されてるイルカみたいだな、と思った時ちょうどネッシーの頭はちゃぽんとネス湖に沈んでいった。
静かなネス湖のほとりで、私とあなたは並んで座っている。さっきみたいにもう一度後ろからぎゅっとしてみて欲しいけれど、さすがにそれは図々しいかと思って私は大人しく座っている。
「ネッシー、いたでしょ。」
「いたね。」
「あれ、急に素直になったね。」
「ネッシー、本当にいたからね。」
「ネッシーがいたから他の…愛とか友情とかそういうものも信じられそう?」
「最初に私がネッシーのことを持ち出しといて悪いんだけど…それとこれとはなんか別なような気がしてる。」
「一緒だよ。愛も友情もネッシーも、君が本気で願えば全部君のものだ。」
「そっか。でも本気の出し方、結局良く分かんないままだけど大丈夫かなぁ。」
「煮え切らないね。さっきのやり方を思い出すといいよ。ほらこんな感じ。」
あなたはまた後ろから抱きしめてくれた。さっきネッシーにあげてた魚の匂いがするかと思ったけど、しなかった(ホッとした)。あなたからはブルーベリーみたいな甘い匂いがした。
「…あなたとずっと一緒にいられるように願っていい?」
「ごめん、それだけはどうしても無理だよ。今夜のコレは夢だから。」
「…いきなり本気の願いを却下するとか酷くない?」
「いや本当に、他の願いならともかくピンポイントで一番無理な願いを言うのはナシだよ…。」
「じゃあ夢の中ならまた会える?」
「それも無理。そんなにしょっちゅう夢で会っちゃったら、君が現実を生きられなくなるでしょ。」
あなたは困ったようにそう言った。なんとなく予感はしていたから、悲しいけれどショックはそれほど大きくなかった。
「わかったよ。今夜はありがとう。ネッシー見せてくれてありがとう。自分が本気で生きてこなかったことに気付かせてくれてありがとう。愛しに来てくれてありがとう。」
「お別れの時には、ひねくれてる君も好きだよ、って言おうと決めてたのになあ。ずいぶん素直だね。」
「そうだね。あなたのおかげかな。」
「…調子狂うな。じゃあそろそろ時間だ。君のこと、愛してるけど帰るよ。」
サアァァァと温かい風が私たちの周りを包み込んだ。巻き上がる風の中で、おでこにあなたの唇が触れた気がした。
「君の幸せな人生を願ってる_____」
*****
朝、悲しいような幸せなような気持ちで目が覚めた。
どんな夢を見たのか忘れてしまったけど、凄く優しく愛されたような気がする(あと、なぜかネッシーがいたような…)。今日は日曜日だから、ブルーベリージャムのトーストを食べたらいちばんに本屋へ行こうと思う。
転校してもずっと続く友情とか
休んだら心配してくれるクラスメイトとか
いじめられたら庇ってくれるヒーローとか
高めあえるライバルとか
あったかいご近所付き合いとか
泣きながら本気で怒ってくれる先生とか
ほっこりユニーク家族とか
一緒にいるだけで強くなれる恋愛とか
そういう物語をすごく読みたい気分だ。
end
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