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【1話完結小説】感情

パタン。
「ふぅ」

読み終えたばかりの小説を閉じて僕は思わずため息をついた。

家族愛がテーマの短編集だった。どの話もとても良くできていて、読書中何度も涙が溢れた。
なのにどうして。
どうして僕はそれらを他人事だと捉えてしまうのだろう。自分と家族の間には、小説の中みたいな愛や思いやりに満ちた出来事は起こり得ないと考えてしまう。
小説を読みながら泣くことはあっても、リアルの世界でそんな風に大きく感情が揺さぶられることは決してない。

昨日観た映画もそう。
それは友情がテーマのアニメ映画で、主人公達の「互いを助けたい」という熱い気持ちに胸がいっぱいになった。映像や音楽の良さの後押しもあって、僕は映画館の暗闇の中で涙を流した。
しかし、それだって映画の中だから感動するのであって、僕自身が友達とそんな熱いやり取りをする予定もないし、出来る気もしない。
結局、リアルの世界の僕には縁のない話なのだ、と無意識のうちに線引きしている自分がいる。

「どうして僕はこんな風な冷めた人間なんだろう…」


思わずそう呟いた時、カチャリとドアが開いてお父さんが入ってきた。
TK1000むすこよ、嘆かなくていい。忘れたのか?お前は最新式ヒューマノイドなんだ。今、実生活や本や映画から人間の感情を学んでいる最中なんだぞ。そうやってお前の中にデータが徐々に蓄積されていけば、やがてそのデータを上手く感情として出力できる時も来るだろう。今は全く焦る必要はないんだ」

…ああ、そうだった。僕は人間じゃなかったんだ。だから上手く感情が出力できないのか。

お父さんはかせは笑いながら続けて言った。
「本や映画で泣けるようになるってことは、だいぶ人間の感情を理解してきている証拠だよ。むしろ素晴らしい学習速度だと言える。毎日データ収集を頑張ってるもんな」

「はい、ありがとうございます!」
僕はお父さんはかせの言葉を聞いて凄く凄く安心した。僕は冷めたおかしな人間なんかじゃなかったんだ。ヒューマノイドなんだ。むしろ精巧にでき過ぎているからこそこんな風に、まるで自分が人間かのように錯覚して真剣に悩んでしまうんだ。

自分を誇らしく思いながら次の本を読もうと本棚に手を伸ばしかけた時、部屋の外から誰かの呼び声が聞こえた。


「おーい!竹千代!おーい!さっきから何度言わせるんだ!夕飯できたから早く出てこいよー!今日は母さん特製のチキンカレーだぞ!」

…ああ、本物の・・・お父さんの呼び声を聞いて僕は一気に目が覚めた。僕はヒューマノイドなんかじゃなくてやっぱり普通の人間だった。

普通の、冷めた、人間だったんだ。


〈了〉

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