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【1話完結小説】コツコツコツ

コツコツコツ___

真夜中。私の部屋の窓ガラスを外から誰かがノックしている。ここ、アパートの5階なのに。
…なんてよく聞く幽霊話。無視すりゃいいじゃん。カーテンさえ開けなきゃ外に何がいようが分からないよ。私は今、そんなもの相手にしてる場合じゃないんだから。イヤフォンを耳にはめ、お気に入りの音楽を聴きながら目を閉じた。段々意識が遠のいていく。

…なんてごめんね。無視されるのって辛くて悲しいよね。自分は何のためにここにいるんだろう。いてもいなくてもいいんじゃん、存在価値ないじゃん、って絶望しちゃうよね。たとえ相手が幽霊でも、私は誰かに決してそんな思いをさせたくないよ。

がばっと飛び起き、イヤフォンを外した。窓の外からは相変わらずコツコツコツという音が断続的に聞こえてくる。よかった、まだいてくれたんだ。
ふらつく足で窓辺に近寄り、カーテンを開く。そこには案の定、幽霊が。女の幽霊が浮いていた。乱れた長い髪と夜の闇に紛れてよく分からないが、顔が半分潰れているようにも見えた。そんな女が一体私に何の用があるというのだろう。誰かに恨まれる心当たりなんてない。むしろ私の方こそ世界に対して恨みごとだらけだというのに。

一瞬躊躇ったが、思い切って窓を開けた。途端に新鮮な夜の空気が流れ込む。私は女に問いかける。
「どうしてあなたは私の窓を叩くの?理由を聞かせてよ。」

女は思いのほか柔らかい声で言った。
「無視されるのって辛くて悲しいよね。自分は何のためにここにいるんだろう。いてもいなくてもいいんじゃん、存在価値ないじゃん、って絶望しちゃうよね。…でも良かった、間に合って。貴女はまだ死んじゃダメだよ。」

私の部屋の練炭から発生した一酸化炭素は、開け放した窓から流れ出てすっかり薄まっていた。頭が少しふらふらするけれど、つまり、私はまだ生きている。

初めての一人暮らし、就職、職場での無視。耐えかねて心がずいぶん弱っていた。

「貴女を無視しない人たちが、世界には沢山いるんだからね。フフッ。私は死んでから気付いたんだけど。」
女はそう言って可笑しそうに笑いながら消えていった。
もうすぐ夜が明ける。


…なんてことがあったら私もまた頑張ってみようと思えるかなぁ。と考えながら、私は抗えない眠りに落ちていく。意識が消えてしまう直前、どこかで何か聞こえた気がしたけれど。もうすっかり疲れてしまった。だから、お休みなさい。

コツコツコツ___

コツコツコツ___

コツコツコツ__


end

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