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第26回 村長散歩日記【日常散歩編】 230827(週末配信)

(島田啓介マインドフルネス・ビレッジ村長による村長日記です♪)

 秋の音が忍び寄ってきます。詩人八木重吉は、「秋は水の音がよくなる」と書いています。彼の言葉には「悲しみ、哀しみ、愛しみ」がありますね。どれもかなしみと読みます。その響きが透明感を帯びてくる季節がやってきました。

ビレッジは村外向けの参加自由のイベントもあります。興味を持ったらぜひいらしてくださいね。

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【第26回:全身で生きる~木登りのように】

*最近木登りが気になる。来客があるとよく森の木登りに誘うのだが、すぐに取りついて勢いよく登りだす人、ためらったのち慎重に手をかける人、やっぱり苦手なのか最後まで下から写真を撮っている人などまちまちである。

 おもしろいことに、今まで来た数人のドイツ人はすべて木登りが得意だった! ドイツの人は木登りが得意、という先入観がすっかりぼくの中で出来上がっている。

 息子は小さいころから木登りをして育ったが、小学校がコロナで3か月も休校にになった時期には、とりわけ友人たちとよく外で遊んでいた。こもりがちで運動不足になることもなく幸いだったと思う。ぼくも一緒に登りながら、やはり木登りで育ったことを思い出した。

 木登りは全身運動であり、同時に「全心運動」だ。くまなく手足を使い、一瞬ごとに集中して気をそらさない。木は生物であり、私たちも生物だ。そして2~3メートルも登れば空気が変わり、風がさわやかになる。驚くほど景色が変わる。少し鳥に近づいた気持になる。

 今はよほど田舎に行かないと木登りができないのかもしれない。(公園でできるのかどうかはわからない、または地区ごとに違うのだろう)木があればすぐに登れる環境は最高だ。できるなら、子どもの時期に木登りできるのが一番いい。

 一言でいえば、木登りは全人的な発達に資する。体はもちろん心にも。思考力が高まるし、注意力や集中力は言うまでもない。そういう研究を誰かがしているに違いない。木登り好きなドイツ人とか。

 もちろん「木に登らなければ全人的発達は望めない」わけではない。「木登り的なこと」は、世の中に多くあるはずだ。体と心を目いっぱい使い、野性を目覚めさせるようなことが。

 息子が小学生のころ、一時期フィールドアスレチックというものにはまり、家族で会員登録をして、森の木々の梢から梢へと飛ぶように移動するスポーツをよく楽しんだ。とてもよくできた施設だなと感心した。

 いわゆる「素」の木登りは、安全装置もないので高さはずっと低いが、かえって緊張感がある。すべては自分にかかっているからだ。

故郷の群馬の実家に帰ると、昔よく登った「タラヨウ」の巨木を見上げる。数十年たってずいぶん木の丈も伸びたはずだが、それを勘定に入れても、子どものときの自分が今見てもおじけづくほどの難易度の木によく登ったものだと思う。最近20年ほど前に書いた木登りの詩を読み返している。そのタラヨウの木を思って書いたものだ。

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*毎月のスケジュールはこちら(ときおり変更もあるので、必ず以下から確認してください)

https://mindfulness-village.mystrikingly.com/schedule

 

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