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専門性と正統性のジレンマ

海士町での2年間の出向経験を通して、行政によるイノベーション(挑戦)の必要性を強く心に刻んだ私は、任期を終えて霞が関の文部科学省に戻ることになりました。けれど、そこで自分を待ち受けていたのは、イノベーションとは真逆に働く見えない力の存在であり、海士町に出向するまでは気付くことのなかった息苦しさです。
海士町役場のように公務員でも挑戦できることを学んできたにも関わらず、思うように体が動かない。戻ってからの1年間は特に苦しかったです。正直、見えないその息苦しさに転職さえ考えました。
ただ、その違和感を持ち続けながら見えない力の正体について考えていくうちに、自分なりの問いを見つけ出すことができました。それは「民主主義とイノベーションは両立するのか?」という問いです。

教育の分野に限らず、行政の立場から現場を変えようとした場合には、予算を獲得して事業を立ち上げるか、法律などの制度を変えるかの大きく2つの方法があります。霞が関用語で「旗をふる」と言って、予算を極力使わずに推進したい政策をマスコミやSNSを通じて発信したり、優良事例を表彰したりすることもあります。それも社会変革を起こす大切な方法ですが、構造的な変革をしていくためには、行政である以上、やはり予算や制度に踏み込まなければならない場面が必ず出てきます。そして、予算を計上するにも法律を改正するにしても、組織としての意思決定や議会の議決という民主主義のプロセスを必ず通過しなければなりません。間接民主主義とは言え、そこには必ず有権者の意思が反映されます。

余談になりますが、国家公務員を経験するまで、選挙で選ばれた人達と民意との間には大きな隔たりがあると漠然ながら感じていました。それは、報道で知る政治家の姿を見て、そう感じていたのかもしれません。なので、実際に国家公務員となって色んな国会議員と話をすると、政党や思想信条とは関係なく、どの議員も民意へのアンテナを常に高くしていることに驚かせれます。特に、選挙前はその感度が高くなるのはもちろんなのですが、選挙が終わった後も、対立候補の主義主張を丁寧に分析し、その候補者の得票率を見ながら取り入れるべきところは積極的に取り入れている姿を間近で見たときは、選挙というものはそれほどまでに厳しいものだということを知ると同時に民主主義というものの重みを感じた瞬間でもありました。

話を元に戻しますが、選挙で選ばれた大臣や首長、議員の承認というプロセスを通る以上、有権者である国民や県民の声は無視できません。そして、色んな声がある中でも、大多数の声は民主主義のプロセスの中では特に大きな力を持ちます。
そして、悩ましいのが、イノベーションと呼ばれるものは、これまでに誰も経験したことのない挑戦であり、その未来を想像できないことから、多くの人にとっては否定的に映るものです。逆に、みんなが最初から想像でき、賛成できるような挑戦は、そもそもイノベーションとは呼びません。そうなると、民主主義のプロセスではイノベーションに対してブレーキが掛かる構造になっていると言えます。
考えてみるとシンプルな構造なのですが、なかなか根が深い問題でもあります。民主主義とイノベーションの両立は可能なのか・・・これこそが私が海士町から霞が関に戻ってきて悩み抜いて辿り着いた一つの問いでした。

この話を尊敬する文部科学省の上司にしたときに、上司からは「専門性と正統性のジレンマ」であることを指摘されて、ストンと腹に落ちました。
まさに、専門性を持つ教員が現場でイノベーションを起こしたときに、その変革に正統性を持たせるためには民主的なプロセスを通す必要があります。逆に、大多数の意見だけを採用していたのでは変革は起きない中で、未来を見通せる高い専門性を持つ人は原動力になります。
振り返れば、海士町が行政としてイノベーションを起こすことができたのは、人口減少や財政破綻の危機に直面する中で、町民全体が変革の必要性を強く意識していたことに加えて、Iターンや外部の力も活用しながら教育や産業の分野で様々なイノベーションを起こし、それを行政のプロである役場職員が関係者や住民に根回しや説明することで、正統性を持たせたことが専門性と正統性の両立につながったのだと気づかされました。

そのことに気が付いてからは、文部科学省での仕事がずいぶんと楽しくなりました。
自分のやるべきことは、文部科学省の外の世界にあるイノベーションの種火を見つけること、行政官としての専門性(予算や法律などの知識や経験)を身につけること、専門性と正統性をつなげるための人脈を作ることに集中することができるようになりました。

最近、国家公務員の若手官僚の離職に関するニュースが大きく取り上げられています。その背景にはもちろん深夜まで続く残業などの労働環境も影響していますが、仕事に向かうモチベーションが揺らいでいるというのが大きいと思います(内閣人事局が2020年に実施した調査によると、辞職したいと考える理由として、「もっと魅力的な仕事に就きたい」が49.4%で最多。「収入が少ない」39.7%、「長時間労働で仕事と家庭の両立が困難」34.0%となっています)。
その背景には、この「専門性と正当性のジレンマ」もあるのではないでしょうか。

私は、教育の専門家である教師と行政のプロである行政官とがリアルタイムに情報を共有し、双方が持つ専門性を発揮することで課題を解決できるような新しい教育システムの構築が必要だと考えています。
文部科学省の同期や後輩の中には、教育・学びの未来を創造する教育長・校長プラットフォームを立ち上げて、その実現に取り組んでいる有志がいます。
また、先輩や上司の中には、出向先の自治体とのつながりを大切にしたり、SNSを積極的に活用して学校現場からの情報収集をおこなったりすることで、政策判断に活かしている人がいます。
私自身も微力ながら海士町でつないでもらった教育現場とのネットワークを文部科学省の同志につなげていくように取り組んでいます。

こういった積み重ねが「専門性と正統性のジレンマ」の壁を超える足掛かりとなり、学校現場で生まれたイノベーションが教育のシステムチェンジにつながるとともに、若手官僚のモチベーションアップにもつながると思っています。

(参考:教育・学びの未来を創造する教育長・校長プラットフォーム)
https://www.schoolplatform.org/

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