非日常と日常と

非日常が好きだ。
ちょっとお高いお宿に泊まったり、遊園地ではしゃいだりのとっておきの非日常。そこまでいかなくてもなんでもない時にホテルに泊まってみたり、日常が嫌になった時にとんでもなく車を走らせてみたり。そういうことをして息をする日常を続けられている感覚がある。

好きなものってたくさん摂取していたいからもっともっとと思うけれど日常ベースなのが世の常で。毎月何かしら非日常が体験できればいいのだけれども簡単なことは何回もするから非日常感が薄れてくる。

2022年の春に憧れの北海道に移住した。とんでもない非日常に毎日がワクワクしたし、職場も新しくしたことからやることなすこと体験したことのない毎日だった。けれどこれももう冬が2回目。すっかり北海道の生活が日常であふれてしまった。


そんな心にときめきがなくなった私だったが、先日洞爺の乃の風リゾートに宿泊をしてとんでもない非日常を体験してきた。すべてがキラキラして見えたし、光って見えてた。

ワクワクしながら温泉に入りにいったときのこと。
お掃除をしてくれてるおばあさまがいらっしゃったので、ありがとうございますと声をかけるとおばあさまがこう言われた。

「ひさしぶりに日本語が聞けて嬉しい」

乃の風リゾートは上質な雪が降るニセコが近いこともあり、冬は外国のお客さんがほとんどになるらしい。確かに聞こえてくる言葉は英語か中国語ばかりで日本語が聞こえてこない。おばあさまは楽しげに私と私の母と会話をしてまた掃除に戻られた。そこでふと思った。

ああ、おばあさまにとってここは日常なんだな、と。
私にとってはとんでもない非日常なこの空間や体験は誰かの日常が集まってできているんだな、と。誰かにとっての非日常はまた誰かの日常なんだな。そう思ったのである。


これまで非日常っていうのはどこか手の届かなくて、決して自分では作れないものだと思っていた。特にとっておきの非日常なんていうのは特に。誰かに連れていってもらわないと味わえないものだと思っていた。

けれど多分違うのだと思う。非日常って日常の対義語みたいに感じるけれどそうじゃなくて。日常の中で生みだせるものなんじゃないかって。今までの小さな非日常を繰り返すうちに日常が誕生したように。日常の中の何かを集めたら、日常は非日常になって楽しくなるのでないかなって。分からないけども。現に私の日常の仕事はお客さんにとっては食べたことのないスイーツを味わえる非日常なわけである。

あんまりいまんとこどうしたら日常から非日常が誕生するのかは分からないけど、もうちょっと楽しく日常を生きて、楽しいのカケラを拾っていってみようかな。非日常生まれたらまた報告しますね。

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