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【小説】noteでお花見

風がひとひらの花びらを運んできた。
私は、髪に付いた桃色のそれを指でそっと摘む。

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桃、梅、桜、足元では水仙が咲いている。
長く厳しい冬を超え、雪深い寒冷地に訪れる春。

冬の間はまるで枯れたかのように見える枝先にほんのり、しかし確実に色がおびる。

一雨ごと、山は息をふきかえす。

植物たちもその訪れを待っていたかのように一斉に花が咲き誇る。

ああ、春だ。山にもやっと春が来た。
長らく待ち望んだこの時を迎えることができたんだ。

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花咲く季節の訪れを噛みしめながら過ぎた日を思い出す。

彼女の容体が急変したのは昨年のまだ雪の残る頃、桜のつぼみが膨らむ前のことだった。

毎年、春の陽射しの桜の下でお茶を飲む。これが庭に桜の木のある家を探し、田舎暮らしをはじめたころからの私たちのささやかな楽しみだった。

なのに一年前の春に私はその庭にある桜を見たのかさえ覚えていない。見ていないはずはない。けれど彼女を失うのかもしれないという恐怖から私のあの頃の記憶はおぼろげだ。

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「桜と聞いてあなたが思い浮かべる桜が今のあなたを表すんだって」

私が思い浮かべるのはいつも、いつだって君といる桜。

あるときは高台から降り注ぐ枝垂桜、あるときは公園の大きな桜。あるときは青空を背景にあるときは夜の川べりの並木。一重も八重も濃くも淡くも、いつも桜を思う私のそばには君がいる。どれ程の季節を君と過ごしてきたろう。

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あの日、容体の悪くなった君を抱いて連れていった病院。

「もう手のほどこしようがないのです。」

年若い見た目の先生は検査の数値を見ながらひとつずつ丁寧に説明してくれる。

「この数値は回復することはなく、悪くなる一方です。
後は何をやっても延命処置ということに。」

残酷な事実は容赦なく残されたときの短さを伝える。
「夏を超えることはできません。お気の毒です。」

なぜもっと君と過ごさなかったのだろう、夏も秋も冬もそして桜の春も。

「忙しいんだ。ごめん。」

仕事を免罪符に会えば満面の笑顔で出迎えてくれる君をずっと待たせたままに。

さよならを言う覚悟なんかできない。
自分にできることは全部やろう。まだずっと君といたいから。

素人ながら病と食に関する本をかき集め、少しでも体に負担のない食事を用意する。幸い私は料理を生業にしていた。

「数値があがるほど気持ちが悪くて食べられなくなるんです。塩分は負担になるからできる限り控えてください。」

先生の説明と本を照らし合わせる。肉が口にできなければ魚。それがだめなら野菜。煮たり焼いたり蒸したり揚げたり、歯触りに香り、調理法を工夫してなんとか口にしてくれるものを探した。

超えられないと当初言われた夏はとうに過ぎ、秋、そして冬となる。

「よくやってますね。すごいですよ。」

看病をねぎらうその向こう側に「春を迎えるのは難しいかもしれない。」という先生の口に出さない声がいつからか聞こえるような気がした。

「数値からみてももうすでに食べているというのは奇跡に近い。」と先生は言ってくれた。

もう一緒には見られないかもしれない。けれど、せめてもう一度、見たい君と桜を。

願いがどこかへ届いたのか奇跡は続き冬を超え、こうしてともに迎えた春。

そしてたぶん最後の春。

いや、もしかしたら、あの覚悟が何だったんだろうかと毎年、笑えるかもしれない。一縷の望みを繋ぐ。それは希望的観測。

けれど確実に衰弱しているのだ。歩くのがままならなくなり、食が細くなり、寝床から上がらない日が続いた。SNSは平地の桜の終わりを告げている。山ではまだ雪が残っている。春よ来い。早く。

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ようやく。ようやく待ち望んだ春を迎え、ふと見まわせばそこら中に春が咲いていた。

「今日は少し温かいから外でお茶を飲もう」

生まれてきてくれてありがとう。頑張って生きてくれてありがとう。私の人生に関わってくれてありがとう。

どれだけありがとうを重ねても、感謝はし足りない、君と出逢えたこと、過ごした日々。

きっとこれが一緒に見られる最後の桜。


芽吹いた木々の優しい緑
雪解けの優しい水音
川のせせらぎ
優しく降り注ぐ光
鳥のさえずり
私たちを取り囲む万物へ感謝する

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風が運んできたひとひらの花びら
掴んだそれを見せると君は柔らかに微笑む。

君の笑顔にどれだけ私は助けられてきたのだろう。
眩しそうに見上げる君の隣に腰をおろし 

私はきみと満開の桜を眺めた。

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#お花見note


読んでいただきありがとうございます。 暮らしの中の一杯のお茶の時間のようになれたら…そんな気持ちで書いています。よろしくお願いいたします。