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【雑記】私とピアノとドビュッシー

不思議だなぁと思う。なぜ大してクラシック音楽に興味を持たなかった自分がドビュッシーを好きになったのか。このときドビュッシーの音楽と出会わなかったら、自分はクラシック音楽に今ほどのめり込むことはなかったかなと思ってる。


習わされているだけのピアノ

私の両親は音大出身で、私自身も小さい頃からピアノを習わされた。いつからかは覚えていないが、多分保育園か小学校1年生くらいからだろうか。両親は音大出身とは言うものの、特に親に影響されることはなかった。

というのも、自宅でクラシック音楽が流れていたというわけでも、両親が楽器をすごく弾いていたわけでもない。両親は音楽は好きだったのだろうが、そこまでの情熱は感じられなかった。まぁ仕事が忙しかったのだろう。だから自宅にはグランドピアノと本棚いっぱいの楽譜があるだけで、特に我が家が「音楽一家」であるというアイデンティティもなかったし、自分も特に音楽には詳しくなかった。

そんなもんだから、別に習っていたピアノも大してやる気はなかった。当然熱心に練習するわけでもなく、ピアノの日に行く前に1時間くらいだけ練習するというのが当たり前。母親にも「ピアノの日しか練習しないんだから」と小言を言われたものだ。

そんなモチベーションだったが、「どうしても辞めたい」というほど嫌ではなかったし、そもそも嫌なものを嫌と強く言えるような性格でもなかったので、「習わされているから習っている」だけのピアノは惰性でずっと続いていった。

年数の割には大して上手くなかったんだろうなぁとずっと思ってた。

ドビュッシーとの出会い

私が通っていたピアノ教室は、2年に1度だったかピアノの発表会があった。ピアノの発表会はこれまでにも何度かやってきたが、別に達成感もなかったし、そこでも「習わされているから習っている」スタンスは変わらなかった。

惰性で習ってきて気づけば中2になった私。このとき確か2001年か2002年。ピアノの発表会がある年で、ピアノの先生が持ってきた発表会の曲はクロード・ドビュッシーのピアノ組曲「ピアノのために」の第1楽章「プレリュード(前奏曲)」だった。

ドビュッシーなんて作曲家は聞いたこともない。特に感想は何もなかった。

ちなみにこの曲は原曲のテンポで弾けばかなりの難曲。しかもドビュッシーの近代音楽の作風が徐々に表れ始めた作品であり、クラシック音楽でよく聞かれるロマン派音楽とも一風変わったもの。割とっつきにくい曲だ。なぜ先生があえてこの曲をチョイスしたのかは今でも謎である。

特に音源を聞かされたわけではないから、どんな曲かは徐々に弾けるようになってみないとわからない。この曲の練習は、最終的にどんな形ができあがるかわからない模型を組み立ててるような感覚だった。

母が持ってきた1枚のCD

私が中学2年生の頃といえば、バンドとギターにハマりにハマりまくっていた時期。ピアノは全然楽しくもないし練習しないけど、ギターは楽しくてずっと練習していた。1日10時間くらい弾いてることもあった。

小学校5年生くらいの頃から、GLAYが好きでそれをよく弾いてた覚えがある。GLAYのギターは比較的簡単で当時の私でも十分に弾けた。ビジュアル系バンドにハマっていた頃だった。

もちろんクラシックには全く興味がなかったし、CDも持っているはずがない。親からも当然CDを勧められることはなかった。まぁ子どもにクラシックを勧める親はそうそういないだろうが。

ただ、このとき珍しく母親が私に1枚のCDを買ってきた。ドビュッシーのCDだった。そのときのCDがこれだ。

「これ、あんたが今練習してる発表会の曲入っているから聞いてみなよ」と言われ、手渡された。

なぜこのときだけCDをくれたのかはわからないが、まぁよほど練習の進捗が気になったのか。まあ「このままじゃまずい」とでも思ったのだろう。

そのとき初めて自分が練習している曲の音源を聞いて「あぁこんな感じなんだな」と思った。ただ、その時は別にそれ以上の感想はなかった。

気づけば何度も再生していた

ただ、せっかくもらったし他の曲も一応聞いてみるか、ということで一通り聞いていた。何か感動した曲があったか、というとそういうわけでもなかった。

でも不思議だった。そのCDは一度聞いてそれっきりではなかった。クラシックに全く興味がなかった自分が、気づけばそのドビュッシーのCDを何度もリピートしていた。聴くというよりも、勉強などのBGMにかけていることが多かった気もする。

たぶん大半の子どもにとってクラシックは「退屈でつまらない」音楽だ。私もずっとそう思っていた。どれもこれも聞いても違いなどわからないし似たような曲に聞こえる。でもドビュッシーのこのCDはそうではなかった。

ドビュッシーの音楽からは音以外のものが伝わってくる感覚だった。よくドビュッシーの音楽は絵画的な音楽だとは言われるが、曲1つひとつに伝わってくる情景を感じたというのか、何か物語を読んでいるような感覚というのか、なんとも言えぬ感覚であり、それが心地よかった。

もらいものとはいえ、ドビュッシーは自分自身で再生した人生初のクラシック音楽のCDだ。これがドビュッシーじゃなかったら、こうなっていたのか?それはまったくわからないが、全くクラシックが好きでもなかった自分がドビュッシーのCDにここまでハマったのは今でも不思議に思っている。

そして今に至る

ピアノの発表会はその後無事に終了した。難曲だけあって通常のピアノレッスン以外に追加で通ってなんとかなった。原曲の高速なテンポにはほど遠いが、一応最低限の形にはなったと思いたい。

このときピアノを習い始めて10年弱くらいかそこら。ピアノを習い始めて、初めての感覚を味わった。「ちっとも楽しくなかったピアノが楽しい」という感覚だ。

ピアノを好きになれなかったのは、好きでもない曲をただやらされていたからだろうし、子どもが好きになるクラシックの楽曲は少ないだろう。だれだって流行りのポップミュージックのほうが好きだ。だからピアノは習う子どもが多いのに、その分挫折していく人も多い。これは無理もないと思う。

そんな中でドビュッシーという、後に自分が好きになる音楽にこのタイミングで出会えたのは大きな財産だったと思う。このとき、もしドビュッシーの曲を弾かなかったら、もしCDを親からもらっていなければ、いまほどピアノを好きになっていたか。多分きっとならなかったと思う。

その後私は、ドビュッシーの曲をもっと弾けるようになりたいという思いから自分で曲を練習し始めた。今までは自分からピアノを練習することなんてありえなかった。ピアノは引き続き高校2年生まで習っていたが、その間は課題として出される曲もあったが、「自分がこの曲弾きたい」というのを先生にリクエストしてそれも練習していた。

2023年現在こそ、家にピアノがないのでもうさっぱり弾けなくなってしまったが、高校2年でピアノを辞めたあとも、暇さえあれば弾いて新しい曲を覚えてたし、ドビュッシーを起点にほかの作曲家の作品も次々と音源と楽譜を集めて練習してた。

ちなみに、ドビュッシーでだいたい弾けるようになったのは、プレリュード(ピアノのためにより)、アラベスク1番、アラベスク2番、夢、舞曲、月の光、パスピエ、レントよりゆっくりと、スケッチ帳より、対立する響きのための(練習曲集第2巻 より)、葉の合い間を渡る鐘、そして月は廃寺に落ちる、亜麻色の髪の乙女、ヒース、が全てだ。

クラシック音楽好きが高じて、大学ではICUの人文科学科に入学後、音楽学を専攻してクラシック音楽の歴史や楽曲分析などをやっていた。(卒論はドビュッシーではなくプーランクだったが…)

ドビュッシーと出会ってなかったら、この道を選ぶこともなかっただろうな。私は大学で何を専攻していたのか気になるところだ。

自分の人生が変わった、というほど大きなものではないけど、こう考えると自分の中で影響力は大きかったのだなと思っている。私は高校時代に軽音楽部に入っていて青春時代はバンド漬けだった。趣味でずっと弾いてたギター、バンドで担当していたドラムと、楽器はいろいろ触っていたが、一番楽しいと思える楽器で、一番好きなのはピアノだ。

ドビュッシーに出会う前はピアノに全然やる気がなかったから、もっとピアノを真面目に習っておけばよかったなぁという後悔もあるが、そんなピアノを自分の中で大事な趣味にすることができた。本当ドビュッシーの音楽に出会ってよかったと思っている。

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