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従業員サーベイ・エクスペリエンスの向上に寄せて

昨晩、ある企業人事の方とサーベイ疲れ(出題側・回答者とも)についてチャットしていた折、従業員サーベイという言葉もあまり定着していなかったであろう10年以上前の話になりますが、私の前職で今振り返るととても秀逸な従業員サーベイが運用されていたことを思い出しました。今日は忘れないうちにその事例紹介をしたいと思います。

良いサーベイの8条件

(出題側・回答者の双方にとって)良いサーベイとは?その答えは数多くの書籍や記事で触れられており、下記に挙げるエッセンスのほとんどに新鮮なインサイトは特段ないため詳述は控えますが、私自身も消費者向けのサーベイを100本以上設計・実施した経験から改めて言語化してみます。

① 目的(解決すべき課題)がはっきりしている
② 原因仮説と打ち手仮説が、ある程度見えている
③ 仮説を検証するうえで、必要最小限の実施頻度と設問数に抑えられている
④ 仮説を検証するうえで、必要最小限の回答者をサンプリングできている
⑤ 選択肢が簡潔かつMECEである
⑥ 回答者にとって、回答するメリットがはっきりしている
⑦ 回答者に対して、結果や打ち手がちゃんとフィードバックされる
上記プロセスの中で、エクスペリエンス向上に対して望ましい打ち手がナッジされている(それにより⑥も担保される)

⑥までであれば多くの企業のマーケター・アナリスト・コンサルタントが実行できていると信じていますが、⑦が結果的に片手落ちになってしまっているケースは多いように感じます。出題者側は「ちゃんとフィードバックしてる」と思っても、回答者側は「されていない」と感じるボタンの掛け違いもよく観察されます。また⑥⑦は、回答者側からは回答負荷(③)とのトレードオフ関係もあるでしょう。メリットを実感できなければ、年1回・5問程度のサーベイでも面倒臭い・わずらわしいと感じるものです。

そして⑧まで実行できているケースは、サーベイの種別を問わずほとんど見たことがありません。ナッジとは、アメやムチに頼らずに、望ましい行動変容を自発的に促すことです。わざわざ出題側が「このサーベイの結果は●●でした。結果の改善のために、皆さん△△するようにご協力お願いします。協力してくれた方には、先着順で・・・」などと呼びかけなくても、回答者側だけでなく当事者がみな自発的に△△を実行してくれるのです。今日は、そんな神業的な事例を紹介します。

ベストプラクティス

前置きが長くなりました。今日紹介する事例は、あるコンサルティングファームにおける慢性的な超過労働や精神衰弱の改善(や、エンゲージメント向上に伴うパフォーマンスの更なる改善)を目的とした、パルスサーベイです。Great Place to Work というイニシアチブが世間で流行していた時期でもあったので、頭文字を取って GPW と呼んでいました。

先ほどの8条件に当てはめてみると、

① 課題
慢性的な超過労働や精神衰弱の改善(や、エンゲージメント向上に伴うパフォーマンスの更なる改善)

② 仮説
パートナー・プロジェクトリーダー ⇆ メンバー間のコミュニケーションや、キャパシティ・マネジメントの不全

③ 実施頻度
週1回・2問
 ● 労働時間はマネジブルか?
 ● プロジェクトにやりがいはあるか?
 ※正確な設問文は失念しました。。

④ 回答者
プロジェクトメンバーのみ

⑤ 選択肢
「とてもそう思う〜全くそう思わない」の4段階から選択
 ※5段階だったかもしれません。。

⑥ 回答者のメリット
結果が良いプロジェクトも悪いプロジェクトも公表されるので、マネジメント側は改善のインセンティブがあるし、メンバー側も(特にまずい状況においては)声をあげなくても周囲から認知されやすくなる

⑦-1  フィードバック方法
メンバー全員が2問とも「とてもそう思う」と回答したら100点になるように指数化した上で、回答者の匿名性が担保されるようプロジェクトごとに集計し、毎週イントラで公表
 ● 全プロジェクトの平均点(と推移)
 ● Top 3 のプロジェクト名(と、確かプロジェクトリーダーの名前)
 ● 60点* を下回ったプロジェクト名 [A]
 ● 2-3週連続で 60点* を下回ったプロジェクト名とメンバーの名前 [B]
 * 閾値は50点か70点だったかもしれません

⑦-2  打ち手
GPWを導入する前に、[A] に該当したら週次のチームMTGの冒頭で改善策を議論するよう義務付けることと、[B] に該当したら人事が介入のうえ抜本的な改善策を要求すると、経営陣から明言させていた。権威づけを、強制力の行使ではなく、セーフティーネットのために活用したのも秀逸。

⑧ ナッジされた行動
[マネジメント]
 ● Top/ Worst が公表されるので、プロジェクトマネジメントを人道的に適切に心がけるインセンティブが生まれた(ピア・プレッシャー)

[全社員]
 ● スコアが Top のプロジェクトマネジメントのベスプラが、自然と横展開されるようになった
 ● Worst に該当した/ しそうなプロジェクトメンバーに対して、インフォーマルな声がけやケアが誘発されるようになるなど、プロジェクトを超えたコミュニケーションが促進された
 ● 結果的に ① の改善に繋がった

もちろん、中にはクレーマーまがいのモンスターメンバーの存在や、上司に忖度してメンバー全員が結託して高評価をつけるケースも、ゼロではありませんでした。しかし、低スコアが常態化したら人事や経営層が介入する(それによりクレームの正当性が適正に審査される)ことが抑止力になったのか、総合的にはうまくいった取り組みだと思います。

この事例は、①の課題の深さがゆえに入念に設計されたとも言えますが、出題・回答側の双方が Win-Win になるよう、少しでも参考になれば幸いです。

補論

* Mike Westさん(Google の初期のピープルアナリスト)も良いサーベイのエッセンスをより詳細に触れています

* 消費者サーベイに対して、回答者個人の匿名性や心理的安全性により配慮する必要性や、⑥を金銭的報酬以外で担保する必要性などの各論はありますが、従業員サーベイの場合でも上記のエッセンスはほとんど当てはまると思います

* 組織・人事領域におけるナッジ事例はこちらでも紹介しています



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