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まだ訪れぬ移動を想って、号泣した日

ある夜のこと、息子が突然、
「タイから離れたくない。離れたらもう(息子の親友)と会えなくなるってことでしょ」
と言い出した。

私たちは、駐在家族である。
いつか、タイを離れることになる。
タイでの生活は、息子の全てである。
この国で生まれ、この国で育ってきた。
私のこの国での生活も、もうすぐ二桁になる。

突然の息子の発言に、少しドキッとしながらも話を聞いていた。
BGMはYOASOBIだった。

息子は、タイを離れることになったら、お礼を伝えたい人がたくさんいるという。
その親友。彼のおかげで、学校生活が楽しくなった。友達が増えた。一緒にいると話が合ってとても楽しい。
去年の担任。先生のおかげで、勉強の基礎がわかり、たくさん褒めてくれて勉強が楽しくなった。
脱線した話ばかりする先生だったが、博識で、世界中を旅したことのある、リアルを伝えてくれる先生だった。
それから、あの友達とあの友達とあの先生とチームメイトと、、、

そんな話を聞いているうちに、
この地を去る日が来たらそれは息子にとって自分の全てを奪われる、
その不安や悲しみが強く伝わってきて、
私が泣きだすと同時に、息子も泣き出した。
YOASOBIの素晴らしい楽曲も今は罪だ。

息子にとって、タイは「帰る国」ではない。
彼にとって「帰らされる国」は日本なのだ。
理由は、私たち、親が日本人だから。
次の赴任国から一時帰国するのも、タイではない。
日本なのだ。
彼はそのことを、私が考えているよりもずっと理解していたのだ。

「(親友)と会えなくなるなんて、絶対イヤだ。タイから離れたくないよぉぉぉ。そんなの無理。他の国になんて行きたくない。」
そう泣きながら訴える息子に、私は黙って頷くしかなかった。

「他の人が、もうすぐ日本に本帰国するんだ、ってなんで平気で言えるのかが僕にはわからない。みんなは日本を知っているからそう思うんだ。僕はここにいたいのに。」
私に一体何が言えよう。

他の国に引っ越したら、簡単にはタイには戻ってこられないこと。
自分の生活が変わってしまうこと。
学校も変わること。
また一からやり直すこと。
今、愛着のある全てを失うこと。

息子は、全てを理解していた。
だからこそ、私には彼が言う言葉全てが突き刺さった。
そして二人でまた泣いた。

その横で、泣きじゃくっている私たちにせっせとティッシュを運んで、
私の髪の毛をぐしゃぐしゃに弄り、お医者さんごっこをしてくる娘は、
一体何を感じていたのだろう。

息子よ、まだ移動は決まってない。
君の明日はまだ続く。

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