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【第55回織田幹雄記念国際前日②】

五輪標準記録突破に挑む選手たちが多数登場
女子5000mの萩谷は五輪代表の田中と対決

 第55回織田幹雄記念国際が明日(4月29日)、広島市のエディオンスタジアム広島で行われる。出場予定選手では女子5000mの田中希実(豊田自動織機TC)が東京五輪代表に決定している。五輪参加標準記録を突破しているのが男子100 mの桐生祥秀(日本生命)と小池祐貴(住友電工)の2人と、走幅跳の城山正太郎(ゼンリン)、橋岡優輝(富士通)、津波響樹(大塚製薬)の3人。雨天となることが濃厚で記録的な期待は難しいが、この3種目は世界レベルの対決が繰り広げられる。
 標準記録突破に挑む選手にも注目したい。個人種目の東京五輪選考会は日本選手権だけだが、標準記録を突破すれば代表入りに大きく近づく。標準記録のレベルが高く設定されているため、突破者が3人を超える種目は極めて少ないからだ。
 男子では110 mHの金井大旺(ミズノ)、3000m障害の三浦龍司(順大2年)と阪口竜平(SGホールディングス)ら、棒高跳の山本聖途(トヨタ自動車)ら、やり投のディーン元気(ミズノ)、女子では5000mの萩谷楓(エディオン)、100mハードルの青木益未(七十七銀行)と寺田明日香(ジャパンクリエイト)、やり投の佐藤友佳(ニコニコのり)に標準記録突破の力がある。雨天の場合は、その影響を受けにくい女子5000mが一番の期待種目となるか。

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●萩谷は3000m以降で積極策に出るか

 女子5000mでは萩谷楓が15分10秒00の標準記録に挑む。五輪代表に決定済みの田中希実に、2月の日本選手権クロスカントリーに続き連勝すれば自信を深めることができる。
 萩谷は昨年7月のホクレンDistance Challenge網走大会を15分05秒78で走っているが、新型コロナ感染拡大により、世界陸連が標準記録適用外に設定していた期間だった。普通なら不運を嘆く状況だが、萩谷は「そこはまた切ればいいことなので、特には気にしていません。継続して練習していけば(標準記録は)また切れます。14分台も出せます」と前向きだった。
 そのレースでは1位の田中に3秒16、距離にすれば15~20mの差だった。自身が思ったより小差に収めたが「田中さんに"また勝てない"と感じてしまっていた自分が、本当に悔しいです。前に出ようと思えば出られた場面もあったのに、思い切って出られませんでした」と悔しがった。
 12月の日本選手権でも田中と廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ)の、後半3000mが8分50秒というすざまじい戦いに加わることができなかった。代表レベルとの差を再度、感じていたかもしれない。
 だが、遠慮気味の走りしかできなかった自分を変えられたのが、2月の日本選手権クロスカントリーだった。シニア女子は8kmの距離で、1周2kmの周回コースを4周する。萩谷は2周目で敢然と先頭に立ち、田中を含む集団を引き離していった。
「いつも田中さんの後ろを走って最後も離されていましたが、今回、そういうレースはやめよう、と決めていました」
 練習が順調だったことに加え、自身の殻を破るんだ、という強い気持ちが走りに現れた。
 織田記念は3000mまでペースメーカーが付く予定だ。仮に9分05秒で通過した場合、残り2000mを、1000m毎を3分00秒平均で走り切る必要がある。3000m以降も田中や、国内チーム在籍のアフリカ人選手たちと競り合うことができれば3分00秒ペースの維持はできないことはない。
 エディオンの沢栁厚志監督は萩谷の状態を、「悪くはありません」と説明する。
「日本選手権クロカンの後に右足首に痛みが出て、2週間ほど練習が中断してしまいましたが間に合いました。3000m以降で競り合う相手がいればプラスになりますが、萩谷は周りは意識せず、自分の目標達成のために集中した走りをすると思います」
 つまり残り2000mを3分00秒平均になるようなペースで、人の力をあてにせずに押し切るということだ。田中やアフリカ選手たちの出方次第ではあるが、3000mから先頭に立って標準記録に突き進む萩谷が見られそうだ。

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●男子3000mSCは昨シーズン三浦が日本歴代2位、山口は勝負強さを発揮

 昨年から今年にかけて、俄然盛り上がりを見せているのが男子3000m障害だ。雨の影響が少なければ、一気に4人が標準記録を破る可能性もある。運良く雨が降らなければ、日本記録(8分18秒93)の更新も期待できる種目だ。
 昨年口火を切るどころか、いきなり日本歴代2位をマークしたのが三浦龍司(順大)だった。7月のホクレンDistance Challenge千歳大会で、8分19秒37をマークして見せた。萩谷の5000mと同じで適用期間外ではあったが、東京五輪参加標準記録の8分22秒00を大きく上回った。
 三浦は当時順大の1年生。19年に8分39秒37と高校記録を30年ぶりに更新していた選手で、期待の若手だったが、シニアの世界大会に挑むのは東京五輪後と思われていた。
 指導する長門俊介駅伝監督は、織田記念で標準記録に挑ませたいと冬期練習に入る頃から言い続けていた。
 続いて活躍したのが山口浩勢(愛三工業)で、9月の全日本実業団陸上、12月の日本選手権と、三浦は出ていなかった大会だが連続優勝した。タイムも日本選手権の8分24秒19を筆頭に、2位だった千歳と全日本実業団陸上は8分25秒台と安定していた。
 元々、ラストの勝負強さが特徴の選手。8分24~25秒と高いレベルで安定し始めたことで、ラストの強さがよりいっそう生かすことができる。三浦のタイムにも触発されて、8分20秒切りのための練習もイメージできるようになったという。標準記録は完全に射程圏内にとらえている。

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●今年に入って復活した塩尻と阪口も、標準記録突破有力候補

 今年に入って塩尻和也(富士通)と阪口竜平(SGホールディングス)が、昨年の不調から復調してきた。
 リオ五輪代表だった塩尻は19年の世界陸上も代表入りしていたが、世界陸上前の9月にヨーロッパ遠征で大ケガをしてしまった。試合に出られたのは昨年7月。8分34秒55がシーズンベストと、昨シーズンは復帰しただけにとどまった。
 今年はロードでは精彩を欠いたが、4月の金栗記念選抜中長距離熊本大会5000mで13分22秒80と自己記録を8秒以上更新した。国内チーム在籍のアフリカ勢を、ロングスパートで引き離したことも評価できた。5000m、10000m(27分47秒87)の走力は、3000m障害ランナーの中で塩尻が抜き出ている。ハイペースに持ち込めば、塩尻の勝機は大きくなるはずだ。
 阪口は2年前の日本選手権優勝者。自己記録はそのときの8分29秒85で今となっては目立つレベルではないが、織田記念4日前の兵庫リレーカーニバル2000m障害では圧倒的な強さを見せた。残り300 m強でスパートし、バックストレートだけで塩尻を10m近く引き離し、フィニッシュでは5秒28差をつけた。
 兵庫の距離が短い2000mなので、1500mに3分43秒53を持つ阪口のスピードが最大限に生かされたのかもしれない。だが兵庫の走りを見る限り、3000mの距離でも阪口のスピードは通用しそうだった。トップについていくことができれば、ラスト1周のスパート力は折り紙付きだ。
 ハイペースの展開に持ち込みたい塩尻、ラスト勝負に持ち込みたい山口と阪口に対し、三浦はレース経験が少なく勝ちパターンがまだ定まっていない。強いて言えば総合力で相手の上を行くことだろうか。それが、どんなパターンにも対応できることにもなる。
 だが、箱根駅伝予選会のハーフマラソン、全日本大学駅伝1区(9.5km)とロードでは、最後のスパートで勝利を得た。今年2月の日本選手権クロスカントリー(10km)では、5000mで日本選手権に優勝経験があり、ラストの強さに定評があった松枝博輝(富士通)に競り勝った。学生カテゴリーの駅伝で競り勝ったこととはわけが違う。三浦もラスト勝負に自信を持ち始めている。
 3000m障害で自分の勝ちパターンを持った選手が、ここまで高いレベルで揃ったのは日本の3000m障害史上初めてのこと。各選手の好調時のレースをイメージすると甲乙付けがたい。ただ、29日は雨天が予想されている。障害や水濠のハードルに足を置いていく選手は、滑りやすくなるのは確かだろう。
 そうなると悪条件の中で力を発揮するメンタルが、勝敗を左右するかもしれない。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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