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日本選手権⑥三浦が3000m障害日本新で五輪代表内定

転んでも8分15秒99の日本新を出せた理由とは?
レース展開でも競技姿勢でも光る19歳の判断力

 日本選手権3日目(6月26日・大阪市ヤンマースタジアム長居)。今大会初の日本新記録が男子3000m障害で誕生した。5月のREADY STEADY TOKYOで18年ぶりの日本新となる8分17秒46(五輪参加標準記録突破)で走っていた三浦龍司(順大)が、残り2周の水濠で転倒したにもかかわらず、8分15秒99で優勝した。東京五輪での目標は「8分10秒台前半を出して決勝に進むこと」だが、それを実現させるために「どんなレースにも対応できる走り方を、残り1カ月で身につけたい」と言う。日本選手権で明らかになった三浦の“判断力”が、オリンピックという大舞台で対応する力となる。

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●転倒後に勝負の仕方をとっさに判断

 転倒したのは残り2周の水濠(第3コーナーと第4コーナーの中間)だった。障害に足をかけてジャンプし、遠くに着地すれば水深が浅く抵抗を小さくできる。三浦はかなり遠くに着地できる選手だが、着地して1、2歩のところで滑って転倒。青木涼真(Honda)と山口浩勢(愛三工業)が三浦を抜いていった。
 しかし三浦はすぐに立ち上がると前を追いかけた。結果的にそれが、スパートのスイッチを入れることになった。ロスをしたのは5~6m分だったが、ホームストレート中央付近の障害では再びトップに立った。
「転(こ)けた焦りもあったので残り1周より早く仕掛けました。後ろの選手たちを電光掲示板の映像で見ていましたが、それほど離れていないように見えたので、そこからラスト1周は前しか見ずにガムシャラに行きました」
 三浦のコメントから察するに、残り1周(400m)を切ってからのスパートも選択肢にあったのだろう。それが転倒によってスイッチが入り、残り500m付近からスパートする形になった。
「イレギュラーなアクシデントがありましたが、そこから一気に勝負に出た判断は間違っていなかったと思います。イレギュラーなところでの対応力は、以前よりついてきているのかな、と思います」
 残り1周の手前から山口と青木を引き離し始め、残り300 m地点では約20mの差をつけていた。特に終盤の三浦は障害に足を乗せずにハードリングを行う。障害への踏み切りに向けて勢いをつけるようにスピードをアップする。そこで他の選手との差が開いていく。
「いつもより早めにハードリング(ハードルに向かって行く)していて、スムーズに足も上がりますし、跳び終わってから次の動きへもスムーズに移ることができたので、ハードリングも上達したと思います」
 2位の山口も8分19秒96で走り、日本人2選手が8分10秒台で走る歴史的なレースになったのだが、三浦は最後の周回だけで2位に4秒もの差をつけていた。

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●前回の日本新よりも1000~2000mをペースアップした判断

 最後のスパートが正しい判断だったと話した後に、「1000mから2000mでも判断力を求められたと思います」と三浦は振り返った。
 三浦の8分10秒台3レースの1000m毎の通過とスプリット・タイムは下記の通り。
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▼ホクレンDistance Challenge千歳(2020年7月18日)
2分48秒 (2分48秒)
5分41秒 (2分53秒)
8分19秒37(2分38秒)=当時日本歴代2位
▼READY STEADY TOKYO(2021年5月9日)
2分46秒4(2分46秒4)
5分36秒8(2分50秒4)
8分17秒46(2分40秒7)=当時日本記録
▼日本選手権(2021年6月26日)
2分48秒4(2分48秒4)
5分34秒6(2分46秒2)
8分15秒99(2分41秒4)=日本記録
※READY STEADY TOKYOは
主催者計時、千歳と日本選手権は筆者計測
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 1000~2000mのタイムが上がることで、結果的にフィニッシュタイムも上がっている。READY STEADY TOKYOも千歳大会に比べ速くなっているが、それでもまだ速くできる感触を5月のレース後に三浦は持っていた。
「日本選手権がハイペースになることは聞いていましたから、最初の1000mのところでその後の展開の仕方を決めようと思っていました。実際の1000m通過は感覚的に遅いと感じました。ここで行かないと、後ろで余裕を持っている選手たちと最後、スパートし合う難しい展開になると思いました。そこでリズムや雰囲気を変えることで、自分のやりやすい展開に持ち込めるかな、と思いました」
 三浦の判断は、そこでも正確だった。山口も威力のあるラストスパートを持つ選手。2分48秒はスローペースではないが、今の選手たちの力からするといっぱいにはならない。勝負はどう転んでいたかわからなかった。

●「考えなくていいことは自然に忘れると思います」

 三浦の競技に対する姿勢についても、これは正しい、正しくないという部分ではないかもしれないが、なかなかの判断力だと感じられた。
 今回の8分15秒99がリオ五輪の5位相当のタイムであることの感想を求められ、次のように答えている。
「そういった分析は、自分にとってプラスのモチベーションになるようにしか考えません。(記録が高いレベルであることは)うれしい反面、5年前よりシューズの性能も上がっています。そこで油断してしまうのはよくないので、上には上がいると考えて、その上の選手たちに挑戦する意味を込めて、チャレンジャーとして行く記録だと考えます」
 三浦は何事も、どう行動をすれば競技にプラスになるかを考えている。例えば、余分な緊張をしないように、気持ちの切り換えを自然に行うようにしている。
 その行動の1つが、ナンバーカードをユニフォームに付けること。レースに出場するためには必ずする行動だが、前の日に付けたりはしない。
「前日からレースのことを考えすぎても空回りしてしまったり、雰囲気に飲まれてしまったりします。なので当日に会場入りしてからナンバーカードを付けるようにしていて、そこからレースモードに入るようにしています。ささいなことですが、自然とそうするようになりました。大会を実感することをコントロールしようと少し意識しています」
 東京五輪の3000m障害予選は7月30日、陸上競技最初の種目である。トップバッターとして登場する可能性があることを質問されて、次のように答えている。
「そういうところは特に意識しません。競技に向けて考えていかないといけないことと、考えなくていいことは、自分の中で自然に判断して、(考えなくていいことは)自然に忘れると思います。変な緊張につながる要素は増やしたくないので、3000m障害のレース自体に集中して行くと思います」
 19歳がここまでの判断を自然にできている。それが三浦の強さにつながっているのは間違いない。東京五輪がシニア初の国際大会になるが、三浦が余分な緊張で力を発揮できなくなることはなさそうだ。8分15秒99というタイム以上に、三浦の判断力に期待できる。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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