見出し画像

名古屋ウィメンズマラソン2021

東京五輪補欠の松田が2時間21分51秒で圧勝
“最強の補欠選手”として五輪に備え、日本記録更新を目指す

 名古屋ウィメンズマラソン2021は3月14日、バンテリンドームナゴヤを発着点とする42.195kmのコースで行われ、強風の悪コンディションの中、松田瑞生(ダイハツ・25)が2時間21分51秒で優勝した。松田は東京五輪マラソン候補選手(補欠選手)。一山麻緒(ワコール・23)が1年前に東京五輪代表を決めた大会で、自身も強さをアピールした。

●松田だけが前半のハイペースに対応

 勝負を決したのは前半のハイペースへの耐性、スピード持久への強さだった。
 3人いた日本人ペースメーカーの最後の1人、森田香織(パナソニック)が13kmでコースアウトすると、先頭集団は松田と佐藤早也伽(積水化学・26)、ペースメーカーのローズメリー・ワンジル・モニカ(スターツ・26)の3人に絞られた。5km通過が16分34秒、10kmまでが16分28秒と、設定ペースより速くなっていた。
「前半が向かい風でも設定より速いタイムでした。少しエネルギーを使ってしまいましたね」と松田。スピードを落としてもらおうとペースメーカーにも声をかけていたが、一度ペースを下げても、少し経つとペースが上がっていた。
 マラソン2回目の佐藤が健闘していたが、それも22kmまで。佐藤は後れたところを「気づいたら間が開いてしまいました」と振り返る。「その地点の風はそこまで強くありませんでしたが、ペースが上がったり下がったりがきつかったです」
 15kmまでは16分50秒、20kmまでは16分54秒と落ち着いたように見えたが、佐藤が言うように細かいペース変動が選手の体力を奪っていた。
 マラソンの走りはスピードだけ、スタミナだけと、1つの要素で決まるわけではない。だが、松田のスピードが上がっているのは間違いない。
「今回は(コロナ禍の影響で海外の)高地練習拠点に行けず、平地でのマラソン練習になったのでタイムがレースペース以上になりました。30km走も相当速くなりましたし、余裕度も全然違いました」
 松田はマラソンだけでなく、10000mでも日本選手権に優勝し、世界陸上に出場したことがある。そのスピードはマラソンでも大きな武器になっている。

●涙の理由は自分を超えられなかったから

 レースは30kmでモニカもレースを外れると、あとは松田の1人旅に。25km以降の5km毎は16分43秒、16分58秒、17分02秒、16分59秒。設定よりは遅くなったが、風があったことを考えれば好ペースで押し続けられた。
 しかし場内インタビューでは、「過去の自分を超えられなかった」ことを悔やみ続け、悔し涙を流した。優勝タイムは悪条件でも自己記録に3秒と迫っている。涙を流すほどではないのだが、それだけこの大会への思いが強かった。
「記録にこだわりすぎるのもよくないかもしれませんが、向かい風でも何でも、過去の自分を超えたいと考えていました。まだまだ甘かったし、悔しかった」
 大会が近くなり、後半の強さを見せることに目標を切り換えたが、当初は日本記録(2時間19分12秒)も考えていた。ペースメーカーに不安があることや気象条件を考えて、山中美和子監督が目標としていたのは2時間20分29秒である。昨年の名古屋で一山が出した国内最高タイムであり、女子単独レースの日本記録である。そして、昨年1月の大阪国際女子で松田が優勝したときの2時間21分47秒を上回り、一山の東京五輪代表3枠目を決めたタイムでもある。
 松田の涙には、一山の記録を更新できなかった悔しさもあったのではないか。
 しかし徐々に落ち着きを取り戻すと、自身の走りを冷静に振り返られるようになった。強さをレースのどの局面で発揮できたか、という質問には「30km以降、1人になっても粘って、粘って、粘り抜けたところ」と自己分析した。
 山中美和子監督も同意見だった。しかし練習での手応えは、松田はスピードに感じていた部分もあったが、山中監督は持久的な練習により強く感じていた。昨年の大阪優勝前の練習では1カ月で1300kmを走ったが、今年は1月に1200km、2月に1400kmを走った。「その分のタメがすごく力になっている」と山中監督は感じたという。
「私が立てたメニューだけでは月間1000kmもいかないくらいです。松田が自分でプラスアルファの練習を、もういいよ、というくらいにやっているからその距離になった。マラソンは距離だけじゃないという不安もありましたが、多くの指導者の方に、そこがマラソンの真髄だとおっしゃっていただきました」
 練習でタイムが良くなったのも、スタミナが付いたことで「後半の方が脚が動く」ようになり、最後のスピードが大きく上がった。そういう見方もできるほど、今回の松田はスタミナ、スピードとも向上していた。

画像2

●「たくさんの人に元気を与えたい」

 松田が今大会に臨むにあたってやりたかったことは、多くの人を元気づけることだ。
 東京五輪女子マラソン代表は、19年9月のMGCで優勝した前田穂南(天満屋・24)と2位の鈴木亜由子(JP日本郵政グループ・29)が代表に内定した。3枠めはその後の指定大会で、MGCファイナルチャレンジ設定記録の2時間22分22秒を上回った選手の中から選ばれる規定だった。その条件を最初にクリアしたのが1月の大阪国際女子で優勝した松田だったが、3月の名古屋で優勝した一山が松田のタイムを1分18秒も上回った。
 代表候補(補欠)選手に回った松田は、数日後にマラソン代表内定者が揃った会見に同席することになった。一山の隣に座った松田は、「正直、気持ちの整理がまだついていません」と大粒の涙を流した。
 その後1カ月は気持ちが折れた状態だったが、山中監督の励ましやマラソンで日本記録を狙うこと、10000mで五輪代表を狙うことでモチベーションを取り戻した。自身がどん底に落ちたとき、多くの人からのメッセージも立ち直る気力を与えてくれた。
 「今度は私が走ることで、たくさんの人に元気やエネルギーを与えたいです」
 今後は東京五輪の10000m代表を狙う選択肢もあるが、それをするには5月3日の日本選手権10000mにピークを合わせなければいけない。松田の気持ちは「今のところは10000mよりもマラソンで世界と戦いたい」に傾いている。
「マラソンの補欠として取り組んでいきたいと思っています。スピード、持久力とも鍛え直し、東京五輪に出る気持ちを持ち続け、出られなかったら五輪後に日本記録を狙いますよ」
 最強の補欠ですね?という問いかけに「はい、そうです」と元気よく答えた。

画像1

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?