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【第55回織田幹雄記念国際① 金井大旺 日本新】

110mハードルの金井が13秒16と世界レベルのビッグパフォーマンス
“歴史を動かす男”の本領発揮

 織田幹雄記念国際が4月29日、広島市のエディオンスタジアム広島で行われた。大会前半は雨と寒さが好記録を阻んだが、トラックの決勝種目が行われ始めた頃に雨が上がり、天が選手たちに味方した。
 男子の110 mハードルでは金井大旺(ミズノ)が13秒16(+1.7)、女子100mハードルでは寺田明日香(ジャパンクリエイト)が12秒96(+1.6)と、ハードル2種目で日本新が誕生した。特に金井のタイムは五輪&世界陸上の決勝でも、戦うことができる世界的な記録だった。

●前に進むスタートで優位な展開に

 日本記録保持者の髙山峻野(ゼンリン)は故障のため欠場していたが、4レーンに入った金井は左隣に泉谷駿介(順大)、右隣に石川周平(富士通)と、近年日本のトップを争うライバル2人に挟まれた。
 だが金井は1台目から、明らかにリードを奪った。「スタートは全然、完璧じゃありません」と金井は振り返ったが、課題としてきた部分が改善されてきた。
「予選もスタートが良くありませんでしたが、決勝で噛み合ってきて、上方向に行かず、前に進むスタートを切ることができました。今シーズン初めて上手く行きました」
 2台目以降も2番手を走っていた泉谷を引き離し、後半を得意とする石川の追い上げを許さなかった。
 速報タイマーは「13秒18」で止まった。
 それを見ながらフィニッシュした金井は、右手を軽く握りしめたが、正式計時が13秒16と出て、追い風1.7mで公認記録になるとわかっても、記録掲示板の前で記念撮影をしても、金井はまったく表情を崩さない。
 13秒16は今季世界3位タイムだが、リオ五輪のあった16年以降のそれぞれのシーズンで、シーズン世界最高&3位のタイム、そして13秒16がシーズン何位に相当するかを調べてみた。
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16年:12秒98―13秒04―8位
17年:12秒90―13秒05―10位
18年:12秒92―13秒12―5位
19年:12秒98―13秒05―7位
20年:13秒11―13秒15―4位
21年:13秒07―13秒16―3位
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 17年こそシーズン10位に相当するが、それ以外のシーズンなら8位以内に入る。つまり金井は、オリンピックや世界陸上でも入省可能なレベルの力をつけたことになる。
 それほど世界的な日本記録を樹立しても、金井はいつものようにクールだった。

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●躍進の要因はウエイトトレーニングとスプリントの関係性が高まったこと

 自己記録を0.11秒と、ここまで大きく更新できた背景に何があったのか。
「冬期にウエイトトレーニング、体作りを重視し、一歩一歩の出力が上がったところで、インターバルの刻みも速くできたことだと思います」
 新しいメニューに取り組んだわけではないという。ウエイトトレーニングを行う回数は週に4回で以前と変わらないが、その間に行うスプリント練習との関連を密接にした。
「スプリントに生かせる範囲で、ウエイトを最大限にやってきました」
 近年の日本のハードル界は、スプリントのある選手が多くなっている。金井は10秒41(-0.6)、髙山は10秒34(+1.0)が100mの自己記録だが、2人とも10秒2台の力はあると言われている。女子の寺田と青木益未(七十七銀行)も11秒6台と、100mでもトップレベルの自己記録を持つ。いかに速い動きの中でハードリンができるか、というコンセプトが重視されている。
 もちろん、スプリントだけではない。金井はここまで脚の前後の挟み込み動作の速さ、上半身と下半身の連動性を良くすること、遠い位置からの踏み切りなど、110 mハードルを完成させるための構成パーツの習得や洗練に、多くの時間をかけてきた。それぞれが独立した要素ではなく、関係し合ってブレーキのかからない一連の動作になる。
 上半身と下半身が上手く連動できれば、練習の疲労度も軽減され、高いレベルの練習を継続できる。スプリントが速くなれば、そこに関わる多くの動きが速さに対応する動作になり、間違いなく110mハードルが速くなる。

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●ハードルの歴史を動かす選手

 金井が110mハードルの日本記録を更新したのは今回で2回目。ともに、歴史を動かした記録更新となった。
 日本記録が13秒台に入ったのは1989年、岩崎利彦(当時順大)が歴史の扉を開いた。岩崎はそこから3シーズンで、13秒58まで日本記録を縮めている。岩崎という偉業を成し遂げた選手の後、しばらく記録が伸びない時期が続いたのはやむを得ないことだろう。
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14秒04 岩崎利彦(順大)        1989/5/7
13秒95 岩崎利彦(順大)        1989/5/7
13秒95 松久孝弘(中京大)       1990/5/26
13秒82 岩崎利彦(富士通)       1990/9/15
13秒80 岩崎利彦(富士通)       1991/6/16
13秒58 岩崎利彦(富士通)       1991/8/27
13秒55 谷川 聡(ミズノ)       1999/8/15
13秒50 内藤真人(法大)        2001/10/17
13秒47 内藤真人(ミズノ)       2003/7/20
13秒39 谷川 聡(ミズノ)       2004/8/24
13秒36 金井大旺(福井県スポーツ協会) 2018/6/24
13秒36 髙山峻野(ゼンリン)      2019/6/2
13秒36 髙山峻野(ゼンリン)      2019/6/30
13秒36 泉谷駿介(順大)        2019/6/30
13秒30 髙山峻野(ゼンリン)      2019/7/27
13秒25 髙山峻野(ゼンリン)      2019/8/17
13秒16 金井大旺(ミズノ)       2021/4/29
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 岩崎の記録を99年に、8年ぶりに更新したのは谷川聡(現筑波大監督)だった。04年までの間に内藤真人と2人が日本記録を4度更新。“谷川・内藤時代”が日本の110mハードルのレベルを押し上げた。谷川の出した日本人初の13秒3台(13秒39)は、アテネ五輪の1次予選で出した。内藤も世界陸上の準決勝に4回進出。国際大会の強さも持ち合わせた選手たちだった。
 その13秒39はその後の日本選手たちの壁となり続けた。それを18年日本選手権で13秒36をマークしたのが金井だった。14年ぶりに110mハードルの歴史を一歩進めたのである。
 当時の金井の自己記録は13秒52。「あのときも、いきなりタイムが上がって驚きましたが、今回もそれに近いものがあります」。
 金井は3年前に近いと感想を話したが、更新幅は0.16秒縮めた3年前の方が大きいものの、世界に近いレベルで0.11秒更新した今回の方が価値は大きい。
 共通しているのは、どちらも歴史を動かす記録であること。18年の13秒36は前述のように14年ぶりの日本記録更新だった。今回の13秒16は日本人初の13秒1台で、世界大会入賞が十二分に望めるレベルに日本の110mハードルを引き上げた。
 ライバルの髙山が13秒36から13秒2台に日本記録を引き上げた。泉谷も追い風参考で9年に13秒2台を出し、金井&髙山を一蹴したことがある。“金井・髙山・泉谷時代”は、ライバルが3人で高め合っていることが、岩崎の時代、谷川・内藤時代との違いである。
 世界大会入賞レベルに達したにもかかわらず、自身をクールに見つめるのは変わらない。
「標準記録(13秒32)は突破していますが、東京五輪代表に内定したわけではありません。日本選手権でしっかり3位以内に入るのが代表入りの条件です。今日は追い風が1.7mでした。風がない中で同じ動きができるかはわかりません。でも、(再現させるために)ここからやっていく必要なトレーニングは見えてきました。無風でもこのタイムを出せるようにしたい」
 東京五輪の準決勝でそれを再現できれば、日本の110mハードルの歴史を変える。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト
フォトフィニッシュデータ:SEIKO

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