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2つの危機が深める〝分断〟 ~どうなる?トランプ再選〜

写真 トランプタワー前のペイント

激しい怒鳴り合いが起きていた。
場所は、ニューヨーク・マンハッタンの五番街。56と57ストリートの間にある、あのトランプタワーの前だ。その路上には、全長75メートルという巨大な文字、「Black Lives Matter」が黄色でペイントされている。トランプ氏は、計画を知った時点で、「トランプタワー/ティファニーのすぐ前にある名高く美しい五番街に…」と不快感を示していた。

写真 トランプタワー前に集まった2つのグループ

写真 トランプタワー前での激論

ここに2つのグループが集まっていた。

「TRUMP2020」「Keep America Great(=アメリカを偉大なままに)」と記された旗やボードを掲げた、トランプ大統領支持者のグループ。ちなみに、多くの人がマスクをしていない。もう一方が、黒人差別問題を訴える抗議デモの参加者だった。

一人の大柄な黒人男性が、トランプタワーを指さしながら、「この男は、人種差別主義者だ!」などと叫んだ。これに対して、トランプ支持者たちは、男性たちに顔を近づけ、大声で「さらに4年!」「全ての命が大切だ!」を繰り返す。その後、トランプ支持グループが、スピーカーにつないだマイクを使って、一方的に怒鳴り続けた。「Black Lives Matter」のボードを手にした女性たちは無言で立ち尽くしていた…。

「コロナ禍」と「人種差別問題」という〝2つの危機〟によって、米国社会は大きく揺れている。投票日まで3ヶ月を切った米大統領選挙―。危機は「逆風」とされるトランプ大統領の再選に、どのような影響を与えるのだろうか


■新型コロナ対応 7割強がトランプ氏を称賛…なぜ?

「間違いなくカオス的な大惨事だ」

オバマ前大統領が、トランプ政権の新型コロナウイルス対応について、「自分にとっての利益は何か」「他人は関係ない」といった考え方で政府が動いた結果が、こうした事態を招いていると激しく批判した。

米国の新型コロナによる感染者数は500万人、死者は16万人を超えている。世界最多である。前半はニューヨークなど東海岸を中心に爆発的な感染拡大が起き、後半は経済再開を急いだ南西部などで感染が今も広がっている。結果として見れば、間違いなく「大惨事」である。
では、何が悪かったのか?興味深い世論調査がある。ピュー・リサーチ・センターの調査(8月)によると、感染拡大を招いた主な理由として、「社会的距離やマスク着用が不十分だった」と応えた人は、全体の75%。支持政党での違いを見ると、民主党支持層で89%、共和党支持層が57%だった。より大きく差が出たのが、「連邦政府の対応が不適切だった」への回答である。「そう考える」民主党支持層が82%。一方の共和党支持層は21%に過ぎない。

さらに、もう一つの質問、「新型コロナ対応で、素晴らしい/良い仕事をしているのは誰か?」を聞いたところ、民主・共和ともに、9割近くが「医療従事者」と回答したのは当然としても、「ドナルド・トランプ」と回答した人が、民主党支持層が僅か6%である一方、驚いたことに、共和党支持層の73%に上ったのである。共和党支持層の7割強が、新型コロナ対応で、トランプ大統領が「素晴らしい、あるいは良い仕事をした」と高く評価しているのだ。

写真 世論調査 トランプ評価

(「新型コロナ対応で、素晴らしい/良い仕事をしているのは誰か?」ピュー・リサーチ・センター調べ  青:民主党支持層 赤:共和党支持層)

確かに、トランプ大統領は、感染拡大が始まると、ペンス副大統領をトップとする対策チームを作り、いち早く国家非常事態宣言を発出。中国からの航空便をストップし、企業や就労者の支援策を打ち出すなど新型コロナ対応を進めてきた。その一方で、会見の席で「消毒液を注射してみてはどうか」「抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンは有効だ」「99%は完全に無害だ」など、科学的根拠の薄い言葉を繰り返した。〝ロックダウン〟が続くなかでは、経済再開を求める声が高まると、「都市を開放せよ」と民主党出身の知事らを攻撃。早期再開に踏み切った南西部の州では、感染拡大に歯止めがかからなくなった。また国立アレルギー感染症研究所のファウチ博士らと対立し、「科学よりも政治を優先させる」ような姿勢も示した。またマスク着用についても、消極的な態度を続けた。7月中旬になって、ようやく自らも公の場でマスクを着用し、会見で有用性を強調したが、感染対策としては、遅きに失したと言えるだろう。世界最悪の死者数を出したという厳然たる事実を前に、「失策」であったことは明らかと批判される。

だが、別の視点から眺めると見え方が変わる。

写真 ルイジアナ州議会マコーミック議員

(ルイジアナ州議会マコーミック議員のFacebookより)

「マスクをするかしないかは、あなたの権利です。これは自由の問題です」

ルイジアナ州議会の共和党議員が、Facebookの動画で、マスクをチェーンソーで切断するパフォーマンスに続き、上記のように述べている。極端な主張かのように思えるが、実はそうではない。そもそも、米国の建国の経緯から、保守派は「政府権力の介入」への反発が強い。政府から、「外出はするな」「マスクをしろ」と強制されることに、「自由」が侵されると主張する人々が共和党支持者内に少なくない。ギャラップの世論調査(7月)では、共和党支持層で、外でマスクを「決してしない」「ほとんどしない」を合わせると4割近くにのぼる。(民主党支持層が「いつも」「頻繁に」マスクをする人が合わせて9割)マスク着用の義務化については、例えばジョージア州では、市レベルで義務化に踏み切る民主党系の首長を共和党の知事が、義務化を阻止しようと訴える事態にもなった。共和党支持層から見れば、「マスクをしない」トランプ大統領を支持することになるだろう。

また都市封鎖の継続によって、中小企業や飲食業などは大きな打撃を受け、今も失業者は数百万人に及んでいる。手厚い支援策の一方で、経済や学校再開を促すトランプ大統領を支持する声も一部で高まる。
さらに乖離が深刻なのが、事実や科学に対する姿勢である。新型コロナをめぐって、様々な陰謀論やデマが飛び交っている。感染症の大流行を示す「パンデミック」ならぬ「インフォデミック」とされる。

写真 死者数を減らしたという書き込み

(「CDC(疾病対策センター)が新型コロナの死者数を修正した」という書き込み Facebookより)

新型コロナによる死者数にさえ、懐疑の目が向けられている。CDCが死者数を操作しているかのような情報が拡散され、「新型コロナの死」そのものが、いわば相対化されてしまっている。情報の正確性を判断する、ファクト・チェックを進める団体が、こうしたデマを「ウソ」と認定しているが、デマの拡散力の方がはるかに強い

「実態よりも誇張されている」

新型コロナについて、「そう考える」共和党支持層が63%にのぼる。民主党支持層では18%。保守派の間で1970年代から徐々に醸成されてきた「科学を疑問視する姿勢」が、〝Post-Truth(脱真実)時代〟に入り、極まりつつあると言えるだろう。一方で、リベラル派の間では、新型コロナへの対応で、民主党のニューヨーク州・クオモ知事が「事実、科学、データ。数字の問題だ。政治ではない」などと強調しながら対策を進めて、実際にニューヨークでの感染を抑制したことと比較して、トランプ政権への不支持は、一層強まっているだろう。


■人種差別抗議デモ 共和党支持者の共感は2割に過ぎない

写真 抗議集会 人種差別問題

ジョージ・フロイドさんが、白人警察官に首を圧迫され死亡した事件から全米に広がった黒人差別への抗議デモ。キング牧師が暗殺された1968年以来の規模とも言われ、大都市などでは数週間にわたり、ほぼ毎日のように行われた。今も小規模ながら続いている。決して許されぬ、警官による違法行為を映し出した映像をきっかけに、米国社会に長らく横たわってきた構造的、組織的な人種差別に、米国全体が取り組む機運が生まれたように見えた。
だが、ここでも「赤(=共和党)」と「青(=民主党)」の分断が深まっている。ギャラップの調査(7月)によると、抗議デモに対して、民主党支持層の95%が賛同している。ところが、共和党支持層は22%に過ぎない。さらに歴史的な、全米の市民を巻き込んだデモとされたが、民主党支持層でも2割しか参加しておらず、共和党支持層に至っては、僅か1%に過ぎない。
この抗議デモに対して、トランプ大統領は、「州兵を投入して鎮圧せよ」「略奪をしたら銃撃する」などと煽り、また自らの教会訪問のため、ホワイトハウス前の平和的なデモに催涙弾を浴びせた。求められた警察改革に対しては、警官による首絞め行為の原則禁止などを、補助金制度を使って促す「大統領令」に署名したものの、声明では、首絞め禁止を「警官の命が危険にさらされない限り」と条件を付して、野党から「小手先の対応」との批判も浴びた。それでも、抗議デモへの対応についても、明確に分断が現れている。イプソスの世論調査(7月)によると、トランプ政権の対応について、民主党支持者の約9割が不支持(「強く不支持」75%、「およそ不支持」「どちらかと言えば不支持」が14%)である一方、共和党支持者の約8割が支持するという、全く逆の評価となっているのだ。(「強く支持」44%、「およそ支持」「どちらかと言えば支持」が34%)
さらに、事態を複雑にしているのは、デモの変容だ。実は、抗議デモの一部は、略奪などとは別の方向で、「過激化」しつつある。

写真 星条旗に関する質問

7月4日、独立記念日の午後、NY市のセントラルパークの入口近くで行われていた抗議デモに立ち会った。その一角に掲げられていたボードに、米国国旗の星条旗が描かれ、こんな問いがあった。

「この国旗の真の意味は? A自由・平等・民主主義 あるいは B奴隷制度・戦争・虐殺」

デモの主催者は、小さな星条旗を参加者に配布し始めた。その後、集団は、トランプ・インターナショナル・ホテルが入る高層ビルの近くに移動。すると、大きな星条旗を取り出し、チャントを始めた。

「1.2.3.4.奴隷、虐殺、戦争、決してアメリカは偉大ではなかった!」

写真 抗議集会で星条旗を燃やす場面

参加者が声を合わせて叫ぶ。女性は、手に持った星条旗に、ライターで火を付け始めた。燃え上がっている星条旗を地面に置くと、次々に配布された星条旗が放り込まれた。参加者から大きな歓声があがる。米メディアによるとニューヨークだけではなく、全米各地で、同じチャントとともに星条旗が燃やされる行動が取られたという。しかし、星条旗を燃やす行為にまで至ると、もはや共感の広がりは限られるだろう。また西部オレゴン州のポートランドでは参加者の一部が火焔瓶を投げつけるなどしている。こうした過激化は「分断」の土壌となる懸念もある。

さすがにトランプ大統領は目敏い。抗議デモに「極左」「過激左翼」などの〝レッテル貼り〟することによって、対立の構図を際立たせる戦略を採り始めた。一部の過激な主張や行動を取り上げて、あたかも、全体のように位置づけ、民主党が「極左」に乗っ取られていることを印象付けるイメージ戦略だ。
「LAW AND ORDER!(=法と秩序を!)」。1968年、ベトナム反戦運動が高まる中で「法と秩序」を掲げて当選したニクソン元大統領にあやかっているのか、デモの過激化を逆手にとり、ツイッターで、こう繰り返している。デモに共感しない人々からは、一定の支持を集めるだろう。

■〝2つの危機〟に潜む根源的な問い

米国が直面した「コロナ禍」と「人種差別問題」。数十年に一度の〝危機〟とも言われる。国や社会は、危機に瀕したとき、一つにまとまることが多い。むしろ、過度にまとまるのが危うかった歴史、例えば同時多発テロ直後の米国などを思い出させる。しかし、現在の米国は、まとまるどころか、分断が深まっている。なぜなのか。

この2つ危機に、共通項をあえて抽出してみれば、「個人の命か、社会管理か」という根源的な問いが潜む。決して単純な選択ではないが、新型コロナでは、一方の極論として一人も感染させない、死なせないという点に重きを置けば、経済活動を抑制し、都市封鎖を続けてウイルスの消滅を待つ、ということになる。もう一方は、ある程度の犠牲を想定しつつ、経済面を中心に社会全体の損失を管理するという論になる。人種差別問題では、一方に黒人の人権、もう一方に、国における警察や軍が持つ力の維持が位置づけられるだろう。つまり、いわば「個人と国家」の在り方そのものが問われている。 

どちらに重心を置くのかは、個人や集団の理念や価値観を色濃く反映する問題に他ならない。それ故に、この国で、〝2つの危機〟において、「赤」か「青」か、と党派性が強まることになる。しかも、バランスや重心の置き方よりも、双方の極論が過激化しているために、分断は深まるばかりと言えるだろう

写真 支持率の推移

     支持率平均値の推移(赤:トランプ氏・青:バイデン氏)

現時点では、トランプ氏はバイデン氏に、7から10ポイント程度のリードを許している。確かに、2つの危機のうち、特に、今も続く新型コロナの感染拡大は、厳しい「事実」を突きつける。8月13日の全米の死者数は、5月半ば以降で最多となる1日1500人を超えた。

今後11月に向けて悪化の一途をたどったとき、トランプ氏への支持は、共和党支持層のなかで、どう変化するのか。ノースフロリダ大学のマイケル・バインダー准教授(政治学)に訊いたところ、「新型コロナ問題は、全ての有権者に何らかの形で影響を与える」が、鍵を握るのは、特に「高齢の白人層」の動向だという。「この層は、新型コロナで重症化するリスクが高い。トランプ氏が良い仕事をしていないと思ったとしても、党派を超えて、民主党に投票するのは難しいから、彼らは厳しい立場に置かれている。今も共和党員はトランプ氏を強く支持しているのは確かだが、全員ではない。フロリダのような激戦州では、1、2パーセントで情勢が変わり得るのです」。
一方、仮に9月、10月で感染が若干でも落ち着いたとして、深まった分断の狭間で何が起きるのか。トランプ氏は、4年前のように〝分断の萌芽〟を見つけては、相手方を敵視し、攻撃することで、強固な支持基盤を一層固め、求心力を取り戻すことができるのか。まだ投票日まで予断を許さない情勢と言える。

萩原 顔写真サイズ小

ニューヨーク支局長 萩原豊

社会部、「報道特集」、「筑紫哲也NEWS23」、ロンドン支局長、社会部デスク、「NEWS23」編集長、外信部デスクなどを経て現職。アフリカなど海外40ヵ国以上を取材。