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2020年4月の音楽(とか)のこと

4月中旬から弊社も完全テレワークが始まった。テレワークの恩恵を受けて音楽をたくさん聴けているし、たくさん持てる自分の時間を有意義に使えているとは思うのだけど、この1ヶ月を振り返ると空洞のような、3月の初めくらいから季節が止まっているような感覚に苛まれます。シンプルにメリハリがないのだな。

これから先の人生で、ふと2020年の長い春を思い出す時のテーマソングはボブ・ディランの音楽であるはずだ。1ヶ月で1日平均5-6時間くらいは聴いていたでしょうか。これまでほんの数曲しか知らずに、フジロックのステージもスルーするような距離感であった音楽家の60年にも及ぶ膨大なライブラリに飛び込んでみたくなったのは、単純に言うと現実逃避という言葉になるかと思います。どの時代で切ってみても、その音楽に込められる市井の人々に寄り添う懐の深さ。はたまた、それと同時に気高く超然としていて、近づこうとするもするりと煙に巻かれてまた彼のことが分からなくなってしまう。そんな、とても「分かる」ところと全く「分からない」ところが同時に押し寄せてくるような感覚が素晴らしく痛快で、同時にどこか気持ち悪くてとにかく強く心動かされる。

もはや当たり前のようにアカデミックな研究対象とされる大作家について、自分でも訳の分からないことを書き立ててしまっている。過激派に怒られやしないかが心配だ。ここからはもうちょっと細かい視点で、膨大なディスコグラフィの中ここまで断片的に聴いた作品の魅力を書かせてください。

やっぱり定番中の定番となるとこのあたりになりますよね。ソングライティング、アレンジ、演奏、唱法、フロウのリズム感と全パラメータが圧倒的で、最近では再生する度新鮮に興奮している。新鮮に興奮しているというのは決して誇張表現ではなくて、聴くたびになぜかそれまでとは違う音が聴こえてきたり、聴こえ方がまるきり違ってくるのが不思議で面白くてしょうがないです。

それにしても「Blonde On Blonde」でのディランの唱法、フロウのリズム感はなんて無敵なんでしょう。タイトでさっぱりと刻むドラム、繊細でクリアなハットやアコギの処理も好きだなー。「I Want You」一曲だけリフやら何やらがやたらキャッチ―で可愛くて、なんだか最近のインディーロック然とした音作りになっているのも面白い。あんまり知らないので完全にイメージで言いますが、この曲トラックだけならHomecomingsとかみたいだなと思って聴いています。

この時期、クラシックなカントリーに傾倒した諸作も時間をかけて血肉化していきたくなるエッセンスに溢れている。「John Wesley Harding」についてはそぎ落とされたシンプルな作りゆえ、ときに私の苦手とするハーモニカの甲高い音色が強調され過ぎてしまい、「吹き過ぎじゃね?」という悩ましい気持ちになることもままあるのですが。

比較的最近の作品にもしっかり名作があって嬉しい悲鳴です。現代のフォーク/SSWファンはむしろこのあたりから聴き始めるのもよさそうですね。

最後はリリースされたばかり、17分に及ぶ新曲で。これまでもこれからもあまりに特別な吟遊詩人。


他に、ここ最近はFleet Foxesがやけに気分で改めて聴きこんでいた。私の本能がその圧倒的純度を誇る清廉さを求めていたように思う。特に3rdアルバム「Crack-Up」がリリース当時より格段にフィットするようになっていた。海山を越え、国境を溶かしていくリファレンスの組み込み方が本当に絶妙で、持ち味の美しいソングを生かしている。明日は「Third of May」。今年リリース予定だというニューアルバムが本当に楽しみだ。

新作で最も心惹かれたWilma Archer。

身体感の削ぎ落された幽玄性、此処ではない何処かで鳴っているようなエキゾチックでオブスキュアなサウンドに心落ち着けられる作品だ。本当につかみどころがなくて不思議な作品なんですが、客演の面々がいずれもパキッとした素晴らしいボーカルを披露しているのも面白いんだよな。声のアルバムという側面も実はあるように思う。M5 「The Boon」でのSamuel T. Herringというシンガーとかね、本当に素晴らしいですね。

cero髙城晶平のソロプロジェクトShohei Takagi Parallela Botanicaのアルバムも実はWilma Archerの作品と同じ気分で聴いていた。「身体感の削ぎ落された幽玄性、此処ではない何処かで鳴っているようなエキゾチックでオブスキュアなサウンド」ともうそのまま適用できてしまうでしょう。「Obscure Ride」と「POLY LIFE MULTI SOUL」を作り上げた人の新作ということで、すごく納得感がある。3拍子のビートの隙間が気持ちいい「ミッドナイト・ランデヴー」は、その1曲にソングライター髙城晶平の魅力が詰まっている気がしてお気に入りです。

ceroといえば、阿佐ヶ谷Rojiのコンピレーション作品も素晴らしい仕上がりでした。やはり新曲が聴けるというのは代えがたい嬉しさがある。

ローラ・マーリングの新作がかつてないほど分かりやすくなっていて、ちょっと驚いた。



Obscure Soundの新版には非英米圏の面白いレコードが山のように載っている。特にスペイン語圏のフォークやジャズに心惹かれることが多くて、スペイン カタルーニャのギター奏者Albert Giménezの作品はよく聴いた。フラメンコっぽい流麗なアコースティックギターが主役ですが、それに添い遂げるようなピアノのフレーズが特にツボです。岡田拓郎さんの何かのプレイリストにもちょうどこのタイミングで入っていた。アルゼンチンのSSW Gabrielaの作品は微かなエレクトロニクスの香りにドリームポップ然とした質感もあっていいです。The xx、Beach Houseあたり好きな人におススメできそう。

アルゼンチンというと去年リリースされたCribasのピアニストJuan Fermín Ferrarisのソロアルバムを年始から全く飽きずに聴いている。新作、旧作問わず今年に入って聴いた中で一番好きな音楽かもしれない。


ここからはその他の小話をいくつか。

ロット三船さんの自宅ライブ配信(昨日で4回目)や新生音楽(シンライブ) MUSIC AT HOMEというプログラムを観たりした。ロットの曲の中にはアコギ弾き語りの方が今気分な曲がある。前回くらいの「JUMP」と昨日ラストに演った「iki」特によかったな。新生音楽では寺尾紗穂「一羽が二羽に」が素晴らしくて画面越しながら少し泣いてしまった。新作のライブ、早く見たいです。


ふとWoodsを聴き返していたら、一番有名なこのアルバムでグラハム・ナッシュの名曲「Military Madness」があまりにナチュラルにカバーされていたことに今更気が付く。演奏はけっこう原曲に忠実なのにボーカルがWoodsのこの作品そのままのモコモコ ローファイミックスなのが違和感があって面白い。

最近知った地味なんだけどじわじわ面白いオリジナルアルバムに入れちゃった系クラシックSSWカバーと言えば、Bill PattonによるJohn Lennon「Oh Yoko !」も最高です。軽やかな原曲と比べて無駄に滋味深くなってて、聴くたびにニヤッとしてしまう。そもそもなんでこの選曲なんだろう。


朝ドラ「スカーレット」を1ヶ月遅れで完走。作品としての山場は間違いなく穴窯成功までの数週間だと思いますが、朝ドラならではの時間を掛けたプロットの積み重ねのおかげで、後半何が起きても面白い現象がちゃんと味わえてよかった。これまで特に興味のなかった戸田恵梨香、とても好きになってしまった。そして関西弁の林遣都はやはり最高だった。自宅での夕飯時はスカーレットかドキュメント72時間と半年近くの間相場が決まっていたので、片翼をもがれた気持ちでいます。あんまりしっかり画面を観なくてもよくて、コンパクトでしっかり面白くてホッとする何か、誰かおススメを教えてください。

ちなみにドキュメント72時間で好きなのは北大の自治寮やソニーの工場閉鎖が決まった街です。


保坂和志「ハレルヤ」を読んだ。初出は1999年の短編「生きる歓び」が特に好きだ。今を生きる私の思考を柔らかく広げてくれるような筆致である。

人間の思考力を推し進めるのは、自分が立ち合っている現実の全体から受け止めた感情の力なのだ。そこに自分が見ていない世界を持ってくるのは、突然の神からの視点の導入のような根拠のないもので、それは知識でも知性でもなんでもない、ご都合主義のフィクションでしかない。


ルシア・ベルリン作品集「掃除婦のための手引き書」が強烈におもしろかった。数多の小説やエッセイにおいて、文字にならずに零れ落ちてしまうような断片がここでは文字として生きている。

ときにこの作品でも出てくる「リノリウム(の床)」という言葉はほとんど文学でしか出会わないのにも関わらず、文学世界ではあまりに頻出単語ではなかろうか、なぜだ!、気になる!と思い立ち居ても立ってもいられなくなってネット検索してみたら、「ラノベからウェブ小説に受け継がれた表現」との説を真っ先に得ることができました。別にラノベやウェブ小説に限った話じゃなくない?と思いつつもなんだか出鼻を挫かれたような気持ちになってしまい、ブラウザをそっと閉じた。

最近リノリウムの床と似たような気持ちになった事案として、タバスコ一社独占説というのもあります。タバスコってあのパッケージの奴しか見たことなくない?、マヨネーズやマスタード、ケチャップとかと比べて考えたら完全独占市場なんじゃない?、もしや特許が効いているのか?とふと思い立ち、また居ても立ってもいられなくなってウェブ検索したらあっけなく「タバスコはチリペッパーソースの1つの商品名」であることが判明しました。肩透かしである。

どうぞお気軽にコメント等くださいね。