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2022年11月の(音楽とかの)こと

7月に契約していた車の納車。筋金入りのペーパードライバーなので、いちいちドキドキしながら給油や、洗車や、両隣が埋まっているシチュエーションでのバック駐車をするなど。
ずっと自分に車の運転は向いていないというか合わないと思っていたけれど、一人で運転している時間は案外心が静まって嫌いじゃないことに気付く。外界の音がある程度遮断されて、聞こえるのがエンジン音とタイヤが地面を踏む音くらいになるのもいいし、運転中はどうしても運転しかできないのもいい(料理も同じ理由で好き。)
思えば教習を受けていた時もそうだし、免許を取って何回かレンタカーを運転したときも、必ず自分以外の誰かが隣に座っていて、自分一人しかいない空間で運転するというシチュエーションがこれまでなかったんだなー。
弱い雨が降る平日に休みを取って、昼頃ちょっと近所まで乗ったときに、カエターノ・ヴェローゾのNonsuchからのセルフタイトルをかけたらすごく気持ちがよかったことをここに報告しておきます。ときに車と音楽の関係は難しい。自分が運転しないときから車の中で聴く音楽って、雑音が多いとかそういうこと以外にも他の環境とは別の力学が働いているような「何か違うな」と感じることが多く、今も割と模索中なのです。


納車の数日後、不動産屋に物件探しに行く。探しだして一回目でいきなりこれを越える条件はまずないだろうというところが出てきたので、3月の引っ越し予定で仮契約する。位置的に通勤で車を使うこともほぼ確実となった。


数日後、静岡の掛川で2日間『FESTIVAL  de FRUE』を楽しむ。1日目は岡田拓郎、Sam Amidon & Strings、折坂悠太(重奏)、Pino Palladino and Blake Mills featuring Sam Gendel & Abe Roundsを、2日目はWhatever The Weatherを少し、角銅真実、鈴木慶一 with Marginal Town Screamers featuring 上野洋子、Sam Wilkes Quintet featuring : Chris Fishman, Craig Weinrib, Dylan Day, & Thom Gillのステージを観ました。音源的なところで馴染みがあるのは圧倒的に1日目だったのだけど、2日目の方がよりライブを楽しめたような気がしています。

初めてFRUEに行ってきて色々心に残ったこと、メモして帰ってきたことがあるのですが、一月経つと書いてあるのに思い出せない内容もあり。ということで書くに値するだけの記憶があるとジャッジした内容だけ書いていきます。

・ステージの雰囲気
メインステージThe Hallを一目見て、今年6月に『FESTIVAL FRUEZINHO』が行われた立川ステージガーデンとの親和性を思う。スタンディングエリア、スタンド席、そして後方の吹き抜けとFRUE本編からFRUEZINHOへコンセプトが確かに受け継がれていたのだと実感する。吹き抜けから入る外音が演出する風通しのよさも健在。(FRUEZINHOと比べて本編ではネガティブな側面も少し出ていたように思うが)
ステージガーデンが現代の姿とすれば、FRUE本編のThe Hallはまるで古代の姿のようにも見えてくるかも。

・サム・アミドンのステージ
日本人のストリングスカルテットとの共演。ストリングスのスコアはニコ・ミューリーによるもの。チェロの動き・奏法(指弾きが効いていた)がすごく好みで素晴らしいなーと思っていたら、翌日の角銅真実さんのステージにも同じ方がフルで参加していた。巌裕美子さんというプレイヤーらしい。最後にサム・アミドンの歌はマジですごい。

・折坂悠太(重奏)のミュージシャン達
アルバム『心理』からも一年経って、ようやく重奏バンドの聴きどころに気付きつつあるなというのを実感するステージ。特に鍵盤のyathciさんと、サックスのハラナツコさんの演奏に惹かれる。yathciさんの鍵盤のコズミック・スぺ―シーなスタイルはバンドの中で一人だけ別次元に存在するような風格があって、全体に奥行きを与えることに成功しているように思う。帰ってきて、去年買ったyathciさんのソロ作『Night Cultivation』を引っ張り出してしばしば聴いています。最後の曲では2日目に素晴らしいライブをしていた角銅真実さんも参加している。

「鯱」間奏での山内さんのギターとのソロ対決、「炎」のサム・ゲンデルの幻影を振り払うかのごとき見事な演奏、圧巻の「さみしさ」のアウトロと、ライブのハイライトとなる瞬間をいくつも作り出していたハラナツコさんのサックス。後々調べたら管弦楽ユニットbiobiopatataのメンバーであることが判明してとても驚く。biobiopatataといえば、メンバーである遠藤里美さん、てんこまつりさんのyumboでの素晴らしい演奏でおなじみなのです。


・掛川つま恋温泉 森林の湯
夜だいぶ身体が冷えてきた頃に「そういえば会場内にお風呂があるのではなかったか?」と思いメインステージから10分くらい歩いて向かってみる。予想以上に大充実の温泉施設が本当にあって救われる。身体を温めた万全の状態で、Pino Palladino and Blake Mills featuring Sam Gendel & Abe Roundsのステージに向かう。Blake MillsやSam Gendelが全体に食らいついていくように演奏していたのはとてもおもしろかったし、そもそもBlake Milesは実態がよく分からないなーという事前のイメージがもっと分からなくなるような演奏ですごくおもしろかったのですが、全体のアンサンブルが今現時点で好みかといわれるとそうでもないかもしれないと思った。あと周りの環境的にもあまり集中して楽しめなかったな。追加で初日に判明したネガティブ話ですが、フード出店者の方々はマスクしていて欲しかったな。暑い季節でもないし。

・プロジェクトX~挑戦者たち~
ホテルに戻って一時過ぎに部屋の小さなテレビをつけたら、なぜか『プロジェクトX~挑戦者たち~』の再放送が流れていて見入ってしまった。『国産コンピューター ゼロからの大逆転』という富士通のパイオニア的コンピューターハード設計者を取り上げた2002年制作の回だったらしい。

年季の入ったホテルの雰囲気とプロジェクトXの画が謎の調和をみせていて、今になると夢でも見ていたんじゃなかろうかという気もしてくる。

・角銅真実さんのステージ
想像の数倍素晴らしかった!!角銅さんがフロントに立ってあんなに繊細でかっこいい演奏をする人だとは知らなんだ。角銅さんのソロ名義の音楽は録音よりも、ライブで観る方がけた違いにおもしろいと思う。"弱い雨についての曲"、"ひとさらいについての曲"、"お盆の曲"と特によかった曲をメモベースで書き出してくることはできるのだけれど、音源を聴いて振り返ったりしていないので、同じくメモに書いてある細部の記憶が薄れている。
ときにこの日の編成には光永さん、古川麦さん、そして角銅さんとceroでたくさん観てきたプレイヤーが3人も登場。ceroだと良くも悪くも各プレイヤーのコントロールが行き届いているから、各人の演奏にあまり余白がない印象を受けることもあるが、この日は3人のプレイヤーとして知らなかった面が観れたことにも大変感動しました。本当素晴らしかった。

・鈴木慶一 with Marginal Town Screamers featuring 上野洋子のステージ
すごすぎ!!鈴木慶一関連は基本通ってきていないのですが、これは観てよかった。序盤のECM NEW SERIESにありそうなフリー系の要素が入った室内楽的演奏(に聴こえた気がする)は今まさにこういうのが観たかった!!というべき演奏で充実。鈴木慶一の空間系ギターの響きの素晴らしさよ。あと上野洋子さんが入って最初の曲の鈴木慶一のボーカルはTom Waitsみたいでしたねー。

・掛川つま恋温泉 森林の湯②
Sam Wilkes Quintet前に再び。サウナも楽しむ。

・Sam Wilkes Quintet featuring : Chris Fishman, Craig Weinrib, Dylan Day, & Thom Gillのステージ
「RUN」スタートの、「Descending」締め!!セットリストも演奏も、Sam Wilkesの表情・仕草も(顔で弾いている。中心にいてその顔でメンバーを見渡す。かわいい。)、オーディエンスの雰囲気も最高。初日の夜は思ってたFRUEと少し違うと感じたところもあったが、2日目はこれが期待していた・来たかったFRUEだなと心底思うような、そんなステージであった。
初日に25枚中のラスト1枚ということで勢いに乗って買った謎物販も、より愛らしく思えてくるものです。

Sam Wikes直筆?のメタモンジャケ。他の24枚に何が書かれていたのかは分からずじまいです。ちなみに中身は普通にこれのCDです。


FRUEの翌日は午前休。起きて『silent』の5話を観たらあまりに突然の素晴らしさに、午後働いている間も『silent』のことをバックグラウンドで考え続けてしまい、思わず帰宅して夜にもう一度観ることとなった。「随所にいいけど、随所に鼻につくなー」と思いながら観てきた1~4話における "随所にいいところ" をここまで信じてよかったと思わせる、そんな45分なのである。湊斗の夢と、紬の回想が混ぜ合わされていくシーケンスの美しさ。
6~現在最新の8話も、5話からの流れそのままに充実の一途をたどっていてうれしい。
記憶に新しい8話で言えば、全体を通じて向かい合っての緊迫したコミュニケーションが増える中、紬(川口春奈)とその母(森口瑤子)が栗をむきながら、春生(風間俊介)と奈々(夏帆)が一台のノートPCにタイプする形で(このシーンは撮影も素晴らしい)、横並びになって繰り広げる会話が効いている。そのどちらもが単純な一対一の会話でないところが肝であり、片や対面に座る光(板垣李光人)を媒介しながら(意図せずコミュニケーションが成立してしまう!)、片や目の前に置いたノートPCで、と洒脱なズラしを決めるかつ、コミュニケーションの形のヴァリエーションとその美しさをささやかに提示するかのような、そんな筆致なのである。生方美久さん、すごいなー。

生方美久さんがこのドラマが一貫して問う言葉の不確かさや、その身体性、そしてコミュニケーションの在り方というテーマは、10月に刊行された多和田葉子の長編三部作完結編『太陽諸島』とも深層で響き合っているような気もしている。(想の机の上にたぶん『地球に散りばめられて』の文庫本がありましたね…)

あらゆる言語が飛び交う船上で、言語は日々形を変えていき、また、言語によって人は変わり続ける。

「パンスカ語はスカンジナビアの中を移動し続けた結果できあがった言語だよ。〔……〕
それは一つの言語のようであって、実は一つではない。文法的に正しいことではなく、通じることをめざして日々変化していく言語だ。」

多和田葉子『太陽諸島』

わたしは普段は自分でつくったパンスカ語を話して生活しているが、アカッシュに対しては英語を使う。パンスカ語はスカンジナビアの人間には理解できるが、ドイツに留学しているインド人のアカッシュには理解できないだろうと思うからこそ英語を話すのだが、私の英語はいつの間にかパンスカ語に似てきた。

多和田葉子『太陽諸島』

「本当に思っていることを加工しないでそのまま英語で発言したら、野蛮人扱いされる。だから英語では国際社会で許されている考えを話し、母語では本当に感じていることを話す。」
「そんなことをしていたら人格が分裂してしまうだろう。」
「フン、世界そのものの人格が分裂していることにお前はまだ気づいていないのか。」

多和田葉子『太陽諸島』

中でも至上の美しさを湛えているのはこの部分。

わたしがそう言うとクヌートは風といっしょに笑った。母語では上手く言えないことがパンスカなのですらすらと言えた。しかもそれがクヌートに無理なく伝わる。

多和田葉子『太陽諸島』

"伝わる" ことを目指す旅路に終わりなんてないのだろう。残り数話、生方美久は次の停泊地までどんな道中を描くのか。楽しみに見守ろう。


『silent』の5話を2度観たその翌日から山形の日本海側へ一泊の出張①。帰りの電車でその日配信されたROTH BART BARONの新作『HOWL』を聴く。

各曲はとても素晴らしいがアルバムとしての輪郭をまだ捉えかねているような気もします。1曲目「月に吠える」と2曲目「KAZE」は本当に好み。(「KAZE」もだけど特に)「月に吠える」のコード進行がまさに"私にとってのROTH BART BARON"という響きで大変にツボ。「ウォーデンクリフのささやき」→「iki」→「月に吠える」と『けものたちの名前』の流れの中で聴きたくなるなー。その曲としての素材の素晴らしさゆえに、例えばピアノと歌だけのようなミニマルなアレンジでやって欲しかったなーという気持ちも実はあったりしますが。あとは「HOWL」はライブだと工藤さんのドラムはきっと抜群に素晴らしいのだろうなーという風に他の曲ももっと聴くともっと色々見えてくると思う。


1週間ちょっと飛んで週末2日間続けてめぐろパーシモンホールへ通う。夏頃からずっと楽しみにしていたThe Piano Era 2022。

めぐろパーシモンホールといえば、2年前の年末にROTH BART BARONの公演を観た以来。その公演の素晴らしさから、今でも自分の中でメモリアルな存在としてあり続けていたパーシモンホールですが、今回のピアノ・エラを経てさらに特別な場所になりました。

国や商業ジャンルを軽く超越したピアノ演奏を存分に楽しめて本当に満足。やはりピアノはいちばんおもしろく・魅力的な楽器だという認識が強まりました。

先のFRUEと同じ形式で心に残ったことを書いてみます。

・日割り・タイムテーブルの妙
初日はCicada (4人) →haruka nakamura (3人) → Tatiana Parra & Andrés Beeuwsaert (2人)。
2日目はDan Tepfer “Natural Machines” (1人) → 高木正勝 (1人) → Terry Riley (2人) とプログラムが進むごとにミニマルな編成になっていくようなタイムテーブル構成。特に1日目を観た上での2日目の、より深淵に落ちていくような構成は見事であった。Terry Rileyのところは、編成の人数というところでは逆行していますが、演奏というところでは2日間を締めくくるのにこれ以上のものはなかったであろう。
まあけっこうな時間グランドピアノ弾いてなかったんですけどね。

・3/6
演奏中にウトウトした(より簡単に言うと眠った)アクトの割合。
内訳はCicada、Dan Tepfer “Natural Machines”、高木正勝です。後悔はしておらずむしろこれ以上ないほどの楽しみ方ができたと思っている。

・haruka nakamura "orbe"
今年共にツアーを回っていた田辺玄、Maika (Meadow)と3人でのステージ。これはつまり、今年リリースされた『orbe Ⅰ』における編成ということである。

本当に素晴らしい音楽で今年何度も聴いていて、この作品から披露された「my garden」がもう息を飲む美しさで、全て持っていかれてしまった。

・Dan Tepfer “Natural Machines”のステージ
ダン・テファー自身が作り上げたプログラムによって、テファーが弾いた演奏をリアルタイムで感知し、独自のアルゴリズムで自動演奏されるピアノとの共演。バックスクリーンの右端に実際の鍵盤が、中心にダン・テファーとそれに応答する自動演奏プログラムが弾いた音階のビジュアルモチーフが流れていくことで、自動演奏プログラムとの応答が視覚と聴覚に同時に響いていく。異次元。

・Terry Rileyのステージ
前の2組でウトウトしてしまうほど非常にくつろいだ状態で、今回のTerry Rileyのステージのようなミニマルなループ主体の生演奏を聴いた結果、いい意味で音楽への集中が保てなくなり大変おもしろかった。しばらくの間演奏と全然関係ないことを色々考えている時間があったり。でもそれは飽きているという意味ではなくて、むしろすごく集中していた状態で、あっという間で、これまで体験したことのない時間感覚であったのだ。


Thi Piano Eraが開催されていたあたりのタイミングでNatalia Laforcadeというメキシコのシンガーソングライターの新作に出会う。メキシコを代表するシンガーということだが、これは全く知らなかったな。

ソングライティング、歌唱、演奏、録音、アレンジ(曲ごとの楽器の選択)どれをとっても驚きと感動に満ちていて、全てが私にとって一つの理想形と言ってしまっていいかもしれない。ときに11月の後半というのは、年という単位を越えたレベルで自分にとって決定的な作品に出会うことが多い気がするのだが、気のせいだろうか。

2日間のピアノエラの行き帰りや、その次の平日の木金が香川、次の月火が山形出張②という移動ばかりのスケジュールの中で何回も聴きこんだ。

年間ベストアルバムについて書くときに、この作品としっかりと向き合えるといいなー。

どうぞお気軽にコメント等くださいね。