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「1日1麺」食べ続けて十数年 山田製麺のうどんが美味しい理由【山田製麺】

日本でもきっと二人といない、製麺業とライター業、二足の草鞋。それが、福岡県宗像市にある『山田製麺』を営んでいる、製麺所の二代目にしてヌードルライターでもある山田祐一郎さんだ。山田さんが「1日1麺」をモットーにヌードルライターとして歩んだ日々、夢だった自分の製麺所を持ってからのチャレンジなどを伺った。

仕事の壁を乗り越えて、ヌードルライター誕生

大学時代は飲食店でアルバイトをしていた山田さん。就職で飲食業界に進み、「いつか自分で店を持ちたい」と夢を描くように。見聞を広げるために飲食業界を離れ、物書きの世界に足を踏み入れた。

「カルチャー志望で出版社を受けたんですが全部落ちちゃって、福岡の編集プロダクションに応募しました。『九州ウォーカー』などの媒体を作っていた会社です。街へ取材に行けることに面白みを感じていたんですよ。飲食店にお客さんとして行っても『美味しいな』で終わりますけど、取材なら『これいくらで売っていますか?』『何杯出てますか?』とか突っ込んだことを聞けるじゃないですか。ライターってお金をもらいながらそういうことができるのがいいなと思ったんです」

会社員としてライターデビューを果たした後は、街に入り込んで取材と執筆に明け暮れた。少しずつ経験を積んでいった山田さんは会社を退職し、フリーランスのライターとして独立。ところがヌードルライターの肩書きもなかった当時、大きな壁にぶち当たった。

「思ったより書けなかったんです。ずっと情報誌ベースでライターをしていたので、長い文章が書けない。例えば、同じ“書く”といっても、書籍の4万文字とかになると体力の使い方も違うし、編集的な視点も必要で、全く別物なんです。自分が未熟ということがわかりまして……。その頃ちょうど、ライターの先輩が『ライター事務所を立ち上げることになったから、書く力を身につけたいなら働いてみないか』と言ってくれて。自分の力不足はわかっていたので、修行するためにまた就職しました」

再び会社に所属し、先輩から文章力を学ぶ内で、福岡という街が持つ特徴がよりくっきり見えてきた。やがて「福岡にはライターも多い。ライターとして色を持っている方がいいはず」と自分の強みについて考え始めたそう。

「ある時先輩から『山田くんは何ができるの?何が好きなの?』と聞かれたんです。考えてみると、食べ物系かなと思いました。僕の実家が製麺所でしたし、それまでのライターでの仕事を振り返ってみても食べ物関係の原稿が誉められることが多かった。それで1日1麺食べて、麺についてブログにアップすることを始めたんです」
そうして麺に特化したブログをスタートしたのが2007年頃のこと。その後、ライター事務所を2012年に独立。そして独立を機に、ヌードルライターを名乗るようになる。新聞社で麺にまつわる連載記事を執筆するなど、さまざまな媒体でヌードルライターとしての経験を積み重ねていった。

麺カルチャーの固定概念を変えるために

福岡の食文化は日本国内でもトップレベルの発展を遂げている。郷土料理が長年愛されており、屋台グルメやB級グルメの人気も高い。もちろん麺料理も多彩だ。
「ラーメン、うどん、蕎麦、ちゃんぽん、皿うどん、パスタなど麺類には種類がたくさんありますが、僕がブログを立ち上げた頃は若かったこともあり、ラーメン一辺倒でやっていました。博多うどんも今ほど有名でなく、まだまだマイナーな存在でしたから。僕は1日1麺をモットーにしていて、その中でも過去最高が1日13麺。20代後半でしたので、食べることに苦はなかったです。ですが食べているうちに『修羅の道だな』と思うことも(笑)。麺の道は険しいです」

山田さんの肩書きはあくまでヌードルライターだ。ラーメンやうどんなどに特化するのではなく、麺全体を網羅しようというのは大きなチャレンジにも見える。

「ラーメンライターとかはいるんですけど、意外とヌードルライターっていないんですよね。僕が始めたときも誰も名乗っていなくて、『椅子が空いている』と思いました。麺というくくりで活動することで、ちゃんぽんを食べながらラーメンを感じたり、うどんを食べながらラーメン的要素を見出したり、麺の比較もできます。そういったことはヌードルライターである自分の強みかもしれません。いろいろな麺を食べれば食べるほど、経験がデータベースとして蓄積されるんですよね。ただし健康面のリスクも上がりますので、40歳を超えた最近は若い頃ほど麺を食べていません(笑)」

たくさんのお店に足を運び、麺を食しては文章につづる日々。ヌードルライターの目線を持ち、食事だけでなくお店の雰囲気なども味わっていく内に、ある想いを抱くようになった。

「僕も今でこそちょっとスリムになりましたが(笑)、麺ばかり食べているというと、やっぱりぽっちゃり体型になりますし、あとはなんというか油っぽい人みたいなイメージに見られることが多かったんです。あくまで個人的な感想ですが(笑)。実際、麺を食べるのが好きな人は女性でも多かったと思うんですけど、『ラーメンって太りそう』『男ばっかり』と思われがちでした。そういうイメージを変えたいという思いはありましたね」

麺の魅力をいかにして文章で伝えるか、自分なりのこだわりや表現を模索していたという。

「だから、一部のマニアばかりが楽しむような麺の紹介ではなく、もっと幅広い層の人たちが麺を楽しんでくれるように考えました。麺を食べることを、イコール「明るく・開けたもの」にしたいと思っていたんです。長めの文章で情緒的な書き方をするのが僕の癖なのですが、そういう思いもあって、独立後に立ち上げたウェブサイトもマガジン風のレイアウトにしてみました。すると女性の読者も増えていったんです。文章についても、僕の好きなミュージシャンの歌詞をインスピレーションにした言葉をちょっと入れたり。わかる人はクスッと笑えるんですよね」

山田さんが麺を食べ歩いた情報を発信するWebマガジン『その一杯が食べたくて』は、1日で最高13,000アクセスを記録するほどに成長した。麺に対する愛情と、ライターとしての編集力。その2つが掛け合わさったブログが、たくさんの麺好きの心を惹きつけたのだろう。

父から受け継いだ製麺所で作る安心安全のうどん

山田さんは『山田製麺』の二代目だ。2019年に実家の製麺所を継ぎ、父の代からの「宗像庵」という屋号を改め、製麺所の名前を「山田製麺」に変えた。父親が麺を作る姿を見ながら育った山田さんは、その技術を受け継ぎつつさらなる品質向上を目指した。

「やっぱり生産者さんへのリスペクトは大切ですよね。製麺でいうと粉の生産者の方がいますが、たまたま出会いがあって蕎麦については、地元宗像の生産者・中野さんから引き立ての蕎麦粉を仕入れています。小麦についても、小麦畑の見学をさせていただいたご縁もあって、現在はほぼ地元・福岡の製粉会社のものを使うようになりました。父の頃から、安心安全をモットーにはしていましたが、地産地消についてそこまで徹底していなかったので、僕の代になってガラリとそのあたりは変わりましたね。

山田製麺を語る上で欠かせないのが、妻の美智子さんが営んでいる「こなみ」の存在。山田さんは麺のプロとして、美智子さんは料理のプロとして、それぞれが「麺」「料理」の分野で一人のプロ同士として、切磋琢磨している。

「僕にはうどんのつゆも作れませんし、天ぷらも揚げられない。店を切り盛りする店主は妻なんです。たまに『こなみはヌードルライターの人がしている店』とか書かれているのをネットで見るんですが、とんでもない。麺を作るだけで、何もできません(苦笑)。逆に妻も製麺については全然できないので、互いに支え合って、一杯のうどんを作り上げている感じです。二人で得意なことを突き詰めていっているからこそ、化学変化が生まれているのだと思います」

『こなみ』には、福岡市内のほか北九州方面から来店する人も多い。東京からやって来る人もいるのだとか。

「こなみのほうでも、生産者さんとの関わりが年々、強固になっているなと思っています。夏場だったら、なんとうどんの店なのに、地元の海女さんが直接、採れたてのウニを持ってきてくれるんですよ。料亭とか、和食店みたいですよね。そんな感じで、海女さん、漁師さん、放牧豚を育てている養豚所の方、有機無農薬の野菜を育てている生産者の方々、いろんな人々にこなみは支えてもらっています」

こうして「こなみ」は四季折々の食材が集まるうどん店となっていった。
「こなみの魅力は季節感ですね。その時期にしか食べれないうどんもあるんです。夏は冷たいつゆを効かせた冷やかけうどんや凍ったレモンを削ったざるうどん、冬になるとトロトロふわふわの卵とじの鶏卵うどんや鴨南蛮が出ます。鴨は地元宗像の漁師さんが採ったもので、妻が自分で捌いて調理するんですよ」

うどんを彩る食材や美智子さんの料理の腕前もさることながら、やはり麺そのものも高品質だ。

「山田製麺のうどんでは父の代から一貫して、安心安全というところを大事にしています。地元の美味しい天然水が井戸に湧いているので、その水を使っているんです。うどんに使っている小麦も福岡県産。できるだけ福岡や宗像など地域の近いところの小麦を使い、体にやさしいうどんに仕上げています。父親の製法を引き継ぎましたが、より品質や安全性を高めるためにレシピは生まれ変わらせました」

自分の店を持つまでの道のりを、山田さんが振り返る。

「実は、父の製麺所を継ぐとは全然考えていなかったんですよ。若かった頃はもっとおしゃれなお店を出したいと思っていました(笑)。それがだんだん歳を取ってきて、考え方が変わったんでしょうね。実は僕が製麺所を継ぐより前に、妻がうどん屋を一人で開業したんですよ。その頃は、父親がうどんを作って妻の店に卸していました。僕は妻の料理の大ファンなので、力になりたくて製麺所を継いだんです」

店を持つという長年の夢は、自身の製麺所、そして料理人である奥さんのうどん店という形で、二つの実をつけた。「こなみ」には遠方からもお客がやってくる理由を山田さんに聞いてみると、「妻の料理が美味しいからですね。ここにしかない料理がありますから」と微笑ましい答えが返ってきた。

宗像市から全国へ うどんの魅力を伝える

まさに隠れ家のように宗像の街に溶け込んでいる山田製麺。週末には美味しいうどんを心待ちに、待合室で順番を待つ人たちの姿も。

「お店にたどり着けないお客さんからの電話の問い合わせも多いんですが、意外と博多空港や博多駅からは近いんですよ。空港から博多駅までは地下鉄1本で来れますし、空港から(スムーズに行けば)45分程で着きます。博多駅から最寄りの東郷駅まではJR快速に乗ると20分程。東郷駅からタクシーに乗れば約5分位で到着です。福岡市内方面から車で来るなら都市高速に乗ると割と早いですね」

宗像市は福岡市と北九州市の間に位置する都市。双方からのアクセスも良く、地域の賑わいも魅力なのだという。

「宗像市は国道3号線沿いの賑わいがいい感じに入ってくるんです。宗像の方にちょっと入ってくるといい感じの田舎になっていて、垢抜け過ぎていないんですよね。街としてぐんと伸びていないからこそ、自然も残っているし、無理していない気がします」

海に面する宗像市は、宗像・沖ノ島と関連遺産群が「神宿る島」として世界遺産に登録された。海の恵みだけでなく、山々も広がる自然豊かな街なのもうれしい。のびのび過ごせる観光スポットが多く、楽しみどころ満載なのだ。

「登りやすい低山があるし、海もあります。サイクリングを楽しむのにもぴったりです。『道の駅むなかた』は、全国の道の駅でもトップクラスの収益を上げる大人気のスポット。(玄界灘から水揚げされた)魚介類など地場のものがたくさん揃います。妻のうどん店でも宗像市の生産者の食材を数多く使っていますが、その食材がどれも美味しい。野菜も魚も肉も本当に美味しくて、料理全体のグレードを上げてくれています」

宗像市は観光客だけでなく、住民にとっても暮らしやすい街だ。待機児童数ゼロや市立学校の自校給食100%達成など、子育て世代にもやさしい。宗像市では移住推進に力を入れており、街の魅力を知ってもらうために首都圏在住者を対象としたモニターツアーを実施。2つの街で暮らすライフスタイル「2地域居住」も提案している。

「宗像市は再開発され過ぎてない良さがあります。電車もちゃんと通っていたり、AIを活用した地域のルートバスが走っていたりして、便利なんです。家賃も安いですし、住みやすい街ですね。個人的にはもっと喫茶店が増えたらうれしいです(笑)」

宗像市に腰を据え、これからも美味しいうどんを作り続けていくという山田さん。胸の中にはある目標を抱いているそう。

「もっと日本全国で麺が売れるようにしていきたいですね。卸とか飲食店さんにたくさん買ってもらうというよりは、麺自体で直売するケースも増えてきています。そういうつながりを大切にしていきたいなと思っています」

ヌードルライターとして活躍してきた山田さんだが、言葉の力を過信することはない。

「今、製麺の人間でありヌードルライターであることを思うと、麺好きの人をもっと増やして楽しみを分かち合いたいですね。有名店だけじゃなく、小さくてもいいお店がありますから。うちで言うとやっぱり実際に食べてもらって、美味しいから麺もお土産に買ってもらえるというのが理想。そこを変に文章の力に頼って食べてもらうっていうのは違うと思うんです。非常にシンプルなんですけど、真面目にいいものを作り続けていきたいですね」

福岡に遊びに来たなら、ちょっと足を伸ばして宗像市も訪れてみてほしい。のどかな街に癒されながら、美味しい麺を堪能できる。山田製麺こなみの麺は、ふるさと納税返礼品にも登録中。ヌードルライターがたどり着いた絶品を味わってみてはいかがだろう。

山田製麺こなみ

※本記事は『読むふるさとチョイス』(2024年8月まで公開)からの転載です
※2022年10月28日掲載。肩書や価格等は取材当時のもの

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