「誰かが買わないと解体され更地に……」、空き家を購入までしてまちの再生に尽力する元公務員【つぎと】
福岡県八女市が、空き家のリノベーションで注目を集めている。大規模な旧八女郡役所をリノベートし、酒屋や絵本カフェで賑わう空間に蘇らせたのが2019年のこと。さらに国選定の八女福島伝建地区など伝統ある町並みを利用し、NIPPONIA HOTEL 八女福島商家町もオープンした。空き家をリノベーションしてまちを再生することは、八女市のまちづくりの鍵となっている。そのキーパーソンのひとりが北島力さん。八女市役所に勤務しながらまちの再生に尽力し、退職後の今も活動を続けている人だ。北島さんにお話を伺いながら、八女市のまちづくりの軌跡とこれからの展望を見ていこう。
八女福島で始まった町並み保全の歩み
八女市の町並み保全に携わってから約30年。北島さんが再生してきた建築物は70棟ほどに上る。北島さんがまちの再生に力を注ぐきっかけとなったのは、当時の市長の公約実現だったという。
「僕は18歳で八女市役所に入りました。東京に出てツアーコンダクターの仕事をしていたのですが、八女市役所から採用通知が届いたので戻ってきたんです。そのときに僕のじいさんが、『せっかく市役所に入るんだから、まちのみんなの役に立つ人間にならないかん』と、何度も言っていました。それから20年程経って僕が40歳近くになったとき、市民に対して何ができるのかというのを考え始めていたんです」(北島さん)
北島さんが自分に何ができるのかを考え始めた頃、市長は公約実現のため町並み保存整備を模索。担当者として北島さんが呼ばれたのだった。
活用したのは、国土交通省の「街なみ環境整備事業」。この制度を八女市は1995年に導入し、2002年には町並みが重要伝統的建築物保存地区に選定された。
「事業を進めていく中で気づいたのは、伝統的なものを修復していくには知恵が必要だということ。(町家の保全に関する)知識のない建築関係者がほとんどでしたから。そのためにはまず、地元の建築関係者の人たちが汗をかかないといけませんでした。地元の建築関係者の人も勉強して、町家の修理事業を担う人材にならないといけない。その人材を育てることが第一段階でした」(北島さん)
地元有志を集めて人材育成を進めながら、2000年にはNPO法人八女町並みデザイン研究会を設立。伝統的な建造物の修理や修景事業を担うことを目的とし、活動を開始した。北島さんは理事に就任し、サポート役として尽力。
こうした歩みが続き、NPO法人八女町家再生応援団、NPO法人八女空き家再生スイッチ、NPO法人まちづくりネット八女、など、複数のまちづくり団体が連携しながらまちの再生に取り組んできたのが八女市だ。
八女市の空き家問題解決とリノベーション
北島さんら行政側と地域住民が一体となり、町並み保全の動きが機能してきた頃、少子高齢化の波が押し寄せ始めた。
「空き家が増えるということはわかっていましたので、これからが大変だなと。空き家の場合は修復もできなくなりますから」と、北島さんが当時の危機感を語る。
空き家問題は全国の自治体が頭を悩ます課題だ。空き家は家の手入れをする人がいなくなるため、老朽化が進み、景観や衛生環境が悪化するほか、地域の治安を脅かすリスクも発生する。
「八女市では空き家問題に対して、空き家を再生活用して解消、移住者を増やしてコミュニティの継ぎ手を増やすことの二つの車輪を回すことにしました」(北島さん)
将来的には町並みを八女市のブランドに仕上げて観光まちづくりに力を入れたいという市長の構想もあり、町並み(伝統的建造物群保存地区=伝建地区)保存の事業は、伝統建築技術の継承及び空き家再生活用とともに商工観光課で担当し進めることになった。
空き家問題解消のため、北島さんは市役所の同僚に「我々も汗をかこう」と呼びかけた。2003年にNPO法人八女町再生応援団を発足し、住民組織の八女福島町並み保存会と連携。2015年からはNPO法人 八女空き家再生スイッチが保存困難な空き家を対象に活動を進めるなど、町並みを保存する動きは広がっていった。
そうするうちに、北島さんは空き家のリノベーションに大きな可能性を見出す。驚くべきことに北島さんは、買い手がつかないほど傷んだ空き家の購入を決断。
「その家も壊れる寸前でした。誰かが家を買い取って継がないと解体され更地になる。そのことを皆さんに呼びかけたわけですが、傷みが激しく誰も買わない。最終的に買ったのが僕でした。購入のために親父とお袋から借金しましたが、修復事業には約1,000万の補助金がありますが、自己資金がなく建物をNPO法人に長期に預けて修復事業を任せました」(北島さん)
行政として制度の整備や導入を進めてきた北島さんだが、空き家を継ぐ側になって見えてきた景色もあった。
「元々の所有者さんからしてみれば、お金もかかるから諦めて人に譲ることにしたけれど、住んで育った家だから名残はある。でも家がここまで蘇るとは考えていらっしゃらなかったようでした」と、蘇った家を北島さんが眺める。
リノベーションされた家を見て感動する所有者もいるのだとか。どんなに家に住み続けたくても、老朽化や所有者の健康問題、経済事情などによって家を手放すこともある。そんなとき、家を継いでくれる人の存在があると嬉しいものだという。
移住第1号の成功がつなげた八女市の未来
リノベーションによって再生する八女市の空き家。北島さんたちが目指すのは、空き家をリノベーションし、外からの移住者を迎えることだ。だからこそ移住者にかける期待も大きい。
北島さんは、八女市への移住を検討する人と面接する機会が多いという。
「(移住希望者と)面接して一番感動するのは、八女市に住んだり、商売をしたりすることへの覚悟を決めている人ですね。決心が固まっている人は強いですし、前に進むことができます」と北島さん。
八女市へ移住者第1号がやってきたのは、30年程前のこと。移住希望者と会って話した北島さんは、町内会に移住受け入れを提案。当時を振り返る北島さん曰く、「協力を呼びかけたのですが、その時はまだ『そげんかことまでせんでよか』いう声があちこちから聞こえてきました」。
一筋縄ではいかなかった移住事業だが、基本的にはNPOが受け入れを担当しつつ、市役所も積極的に協力。そうして受け入れた移住者第1号と地域は、とてもスムーズにハマっていったという。
「移住されてきた方がとても良い方だったんですね。町内会にはよく参加してくれていましたし、お子さんも生まれた。移住第1号が成功したことで、八女福島が移住者を必要としていることを(地域住民に)わかってもらえました」(北島さん)
空き家への移住が成功し、八女市でポジティブなサイクルが動き始めた。移住で地域が得られるメリットは大きい。移住には、経済効果や環境保全効果、文化の伝承、多様性の向上などさまざまな効果が期待されている。
「総務省の発表では、1人の移住者につき年間の消費が約200万円。移住者の受け入れを積極的に進めることで移住者たちがまちを継ぎ、まちづくりのキーになっていきます。そういった人材を鋭い目線で選ぶのが我々です。移住者には単に八女市に来てもらうのではなく、活躍してもらいたい。何十年か後に、移住者がまちのリーダーになっているかも知れない。そういう想いで移住を受け入れています」と北島さん。
つぎとの協力とNIPPONIA HOTEL八女福島開発
移住者を増やすには、八女市の魅力を市外の人に知ってもらう観光の力も必要だった。北島さんは空き家のリノベーションや移住事業を進める中で、観光者を呼びこむまちづくりにはビジネスの協力者が必要だと強く感じた。そこでつながったのが、株式会社つぎとだった。
株式会社つぎとは、古民家活用を軸に、地域のパートナー(個人・事業者・行政・家主等)とともに地域の未来を構想・事業創出・運営まで、一蓮托生で実施している団体。
「つぎと会長の金野幸雄さんが僕の友人なんです。金野さんは、篠山市の副市長をされた後に一般社団法人ノオトの理事長として活躍された方。金野さんのビジネスモデルを活用させてもらうかたちで、つぎとと協働させてもらいました」(北島さん)
一般社団法人ノオトは、歴史的建築物を次世代に継承するための事業や地域再生に関する調査研究・政策提言を行う団体。
八女市を担当するのは、つぎとのマネージャー玉垣綾子さんだ。
「つぎとは地域密着型でやっていきたいという想いがあります」と語る玉垣さんは、公務員として奔走してきた北島さんから大きな刺激を受けているという。
「北島さんは、自分で空き家を買っちゃうところがいい意味でクレイジー。一番最初に何かを始めるときは、誰かが本気になって、リスクを承知の上で進めることで広がりを見せていくじゃないですか。すごく尊敬しています」(玉垣さん)
八女市では地元企業である八女タウンマネジメント株式会社らとともに「NIPPONIA HOTEL(ニッポニア ホテル)八女福島商家町」を開発。八女福島に点在する邸宅をリノベートした分散型ホテルで、ゆるりとまち全体の風情を満喫できるのが魅力だ。宿で楽しめる料理は、地産地消の食材を使ったフレンチ。もちろん、日本一の玉露の産地・八女市が誇るブランド八女茶も味わえる。
玉垣さん曰く「外の人が流れてくる先に移住がある」のが狙いだ。
「北島さんを中心とした八女福島の方々が培ってきた実績の先に、つぎとが立たせていただいていることは間違いありません。地域の人と一緒に作りたい未来を描き、直営でも何でもしてまちを作っていきます」(玉垣さん)
八女市のこれからの課題と挑戦
つぎとというビジネスパートナーを得て、観光地としての磨きをかける八女市。日本有数の茶園や星野村などの観光スポットを有し、人を呼び込むポテンシャルは高いはずだ。
「八女福島と奥の中山間地をどうつなぐかが課題ですね。うなぎの寝床がサイクルツーリズムを実施しているので、うまく連携していきたいです」と北島さん。
2021年10月には、伝統工芸や農業などの地域資源と連携した町家ホテル「Craft Inn 手」がオープンした。2022年夏には、八女福島の暮らし・文化を体験する地域密着型の宿「RITA八女福島」がオープンする。さらに別のアプローチとして、パブリック型の宿の開業にも北島さんは興味があるという。目指すのは、訪れた人が八女に長く滞在したくなるようなまちづくり。パートナーであるつぎとはビジネス的視点から見て、八女の地域活性化には3つの課題が見えてきたという。
「一つは、八女市には(歴史ある)建物が多くありますが、古民家再生事業は、ビジネスの観点からはまだまだ認められにくいところがあることです。実績を積んでいかないといけません。二つ目の課題は、対外的に認めてもらうためにも事業を継続させること。三つ目の課題は、八女で暮らす人の生業をつくっていくことです。ひとつずつ地道にやっていくのが私たちの目標です」(玉垣さん)
町家の修復から空き家のリノベーション、そして観光客の呼び込み。北島さんら地元住民が歩んできたまちづくりの歴史はまだまだ続く。課題もあるが、北島さんの表情は明るい。
「僕は町内の住民の近いところにいるので、いろいろな相談が来ます。一緒に悩んで解決していくのが、僕からの地域へのお返しになるのかな、という結論になっています」と北島さんが笑った。
18歳のときに祖父からもらった言葉が、今も北島さんの胸に生きている。これまでの八女市の軌跡は、全国の自治体にとってロールモデルにもなるはずだ。そしてこれからの八女市もきっと課題に対して挑戦を続け、ユニークな答えを出していくはず。八女市に興味を抱いた人は、NIPPONIA HOTEL八女福島商家町、Craft Inn 手、RITA八女福島に滞在しながら、地域の息遣いを是非感じてほしい。