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【米国政治】バイデンの試練、中間選挙の展望

定期的に書こう、書こうと思いながら結局数年おきになってしまう田澤の米国政治ウォッチブログです。

インフレの嵐が吹き荒れるなか、バイデン政権は11月に中間選挙を迎えます。今回は、向こう2年のアメリカの行く先を決めるこの選挙について、中間選挙とは何か、選挙情勢を決める要因、そして現在の状況など順を追って解説していこうと思います。
日本と違い、二大政党が激しく陣取り合戦を繰り広げる米国政治は壮大な戦略ゲームでもあり、理解するとなかなか面白いドラマが繰り広げられています。政治の仕組みを理解すると、米国で起きる一見突拍子もない出来事も理解できる部分もあります。ブログを通して少しでも米国という、日本と切っても切れない関係にある大国の内部力学を理解していただけると嬉しいです。

中間選挙とは?

中間選挙(Midterm Elections) とは、大統領選から2年後に行われる上院・下院の選挙で、上院(U.S Senate)の1/3、下院(House of Representatives)の全席が改選されます。新大統領のパフォーマンスを有権者が直接評価する初めての機会であり、その後2年の政権運営を左右するため非常に重要な選挙です。
オバマの第2期のように、下院を野党にとられてしまうとろくに政策も通せない状況に陥ってしまい公約を果たすことが困難になってしまします。

中間選挙は歴史的に見て、基本的に野党に振れるという傾向があります。
これは、野党支持者のほうが投票率が高くなることが大きな要因です。「何かに反対する運動」のほうが「何かを守る運動」より有権者を動かしやすく、野党支持者のほうが危機感を持って選挙に挑むためです。そもそも大統領選に比べて投票率が低くく、投票率の差がそのまま結果につながってしまう、すなわちどれだけ自党支持者を駆り出せるかが勝負になる中間選挙においては「攻め」の野党のほうが有利だ、ということです。

今回の選挙に関しても果たしてこの傾向が続くのか、実は今回は少し違う様相を呈しているのです…

それでは、中間選挙の行方を占う上で、選挙に影響を及ぼす以下の3つの要因について1個ずつ見ていきましょう。

  1. 中間選挙の構造定期要因

  2. バイデン政権の評価

  3. 外部環境

1. 構造的要因:マイノリティ支配の固定化

今回の選挙について考察する上で、知っておかないといけない事は「すべての選挙において共和党が構造上、大きなアドバンテージを持っている」ということ、そしてその状況が近年更に強まっているということです。

まずは上院(U.S. Senate)、これは各州から2人の上院議員が選出されます。人口が4000万人のカリフォルニア州も、58万人のワイオミング州も平等に2人です。傾向として民主党は大都市圏、共和党は田舎をベースとしているため、これは共和党にとって大きなアドバンテージです。日本は「一票の格差」を2倍以内に抑えないといけないという判決が出ていますが、そんなレベルではないわけです。(同じく地方を地盤とする自民党はそれでさえ無視していますが…)

次に下院(House of Representatives)、これは上院とはちがって10年に1回の国勢調査に基づいて議員数が割り振られます。問題は、この割り振られた議員が各州でどう選ばれるか、という点にあります。
現在、選挙区の決め方は各州議会にゆだねられています。そのため、各州議会の与党は自党に有利なように選挙区を決めてしまうのです。これは「ゲリマンダー」と呼ばれる行為で、クラッキング(分割)と、パッキング(集積)という2つの手法があります。
クラッキングは、他党の有権者の集積地を細かく分割して自党の集積地と組み合わせて勝てないようにするパターン。パッキングは逆に、他党の有権者を1選挙区に固めてしまい、自陣を盤石にするというパターンです。

(左)クラッキング:青が全4選挙区で少数派になるように分けている
(右)パッキング:青を1選挙区にまとめて、赤が残り3選挙区を確実に勝てるようにしている
Source: League of Women Voters of Washtenaw County (my.lwv.org)

州議会は共和党が握っている州が多く、結果、下院においても共和党がアドバンテージを持っています。また、民主党は「公正な選挙」を掲げていることもあり自党が支配している州であっても、選挙区の線引きを独立した機関に委ねているケースがあり、自党に有利な選挙区になっていないケースが散見されます。(勿論、民主党が無理くり自党に有利な選挙区を書いているケースもあります。)

このように、中間選挙の与党に対する逆風と、共和党のもつ構造的なアドバンテージから共和党が上院・下院共にマジョリティを取ることが予測されてきました。

上の新しい地図の席分布を見ると、共和党は激戦区40席の10席程度を獲得するだけで過半数が取れることがわかる。
Source: FiveThirtyEight (fivethirtyeight.com)

大統領選はここでは省きますが、上院選と同じ理由で民主党は共和党より約200万票多く取らないと勝てない、と言われています。

(余談)二極化の構造

ここで少し話がそれますが、ゲリマンダーが米国における中道の消滅、左右それぞれの過激化につながっているということも話しておきたいと思います。

ゲリマンダーには2つのパターンがあると書きましたが、近年は両党ともにパッキングが多く採用され、激戦区とされる選挙区が435のうち、46から40まで減りました。90%以上の選挙区がほぼ争われず決まっていくということです。候補者からすると、各党が行う予備選で党の候補者の席を勝ち取れば、そのまま本選挙で圧勝し、下院議員になってしまうのです。
こういった選挙区では、相手陣営の有権者の説得が必要なく、自党の岩盤支持者たちをいかに取り込むか、という勝負になります。結果、両党ともに中道議員が減り、岩盤支持者に魅力的な過激な主張を掲げる議員が激増しているのです。
共和党であれば中絶禁止や、「トランプが大統領選は勝利した」という虚偽の主張、民主党では「警察予算を廃止しろ(Defund the police)」運動等、世論全体でみると非常に不人気だが、各党の岩盤支持者に受けが良い主張です。

下院は今両党ともに過激派が増え、党の垣根を超えた合意形成などが困難になってしまっているのです。

2. バイデン政権の評価:

アピールが苦手なバイデンですが、上院・下院でギリギリの過半数しかとっていない難しい局面であるにもかかわらず、コロナの経済対策(”American Rescue Plan Act”)、インフラ政策(”Infrastructure Investment and Job Act”)、28年ぶりの銃規制の強化、そして先日の環境保全法及び高齢者向けの処方箋価格を下げる政策(”Inflation Reduction Act")と、就任以来、どれも歴史的規模の巨大法案を通して来れたのは上院の政治力学を理解しつくした彼ならではの成果だと思います。

一方、この半年、ウクライナ戦争と、コロナ後の急速な消費回復に伴うインフレの影響、アフガニスタン撤退時の失敗等を受け、バイデン政権は低支持率にあえいで来ました。また、バイデンは元々、トランプを倒すことを目的として選ばれた妥協的・中道候補であり、民主党の岩盤支持層のリベラル層や若者からあまり人気がありません。
ですが、ここにきて前述の環境法案や銃規制に加え、学生ローンの免除等、この層にポピュラーな政策を決めたこと、アルカイダ・リーダーの殺害成功、そしてインフレが緩和し始めていることにより、支持率は回復傾向にあります。
とはいえ、まだ歴史的に見ても支持率が高いとは言えず、前述の構造的な逆風を跳ね返すことができるような水準にはありません。

7月には37.5%まで落ち込んだ支持率は42.7%まで回復
Source: FiveThirtyEight (fivethirtyeight.com)


中間選挙時の大統領の支持率
Source: Statista (statista.com)

ここまでだと、共和党が勝利し、民主党は上院・下院を失うのが既定路線なのですが、どうやら今回はそうとも言えなさそうなのです…

3. 外部環境:ドブス事件判決の衝撃

今年の6月、最高裁が女性の中絶の権利を保護する判例「ロー対ウェイド事件判決」を覆すという衝撃的なニュースが流れました。これによって、ケンタッキー州やルイジアナ州など多くの保守州において中絶が(州によってはレイプや近親相姦のケースにおいても)禁止となってしまったのです。
キリスト教右派をはじめとする超保守派達の悲願だった中絶の禁止ですが、これはリベラル・保守に関わらず国民全体でみると非常に不人気な政策です。

米国民の61%が中絶は合法であるべきと答えている
Source: Pew Research Center (www.pewresearch.org)

また、判決後にオハイオ州で10歳のレイプ被害者が中絶できず、インディアナ州まで行かざるを得なかった、いうような衝撃的なニュースが多々流れ、世論は盛り上がりを見せています。

これによって本来であれば投票率が低いはずの与党民主党支持者の活動が活発化し、保守の牙城であるアラスカ補選でサラ・ペイリン元副大統領候補が民主党候補に敗北、超保守州であるカンザスでは中絶の権利を大幅に制限する法案が人民投票で否決されるなど、楽勝ムードだった共和党にとって雲行きが怪しくなってきているのです。

中間選挙の展望

改選前の現在、下院は民主党220席、共和党211席で民主党が過半、上院は50:50ですが、引き分けの場合は副大統領がタイブレーク票を入れるため、ギリギリですが民主党が政策を通せる環境にはなっています。
民主党がドブス判決への反発を武器に大番狂わせを演じ切ることができるのか、共和党が堅実に下院を取るのか、11月に向けて目が離せない状況です。

選挙予測サイト、FiveThirtyEightでは下院は共和党優勢と予測されていますが民主党もジリジリと盛り返しています。

下院の過半数を取る確率、赤:共和党、青:民主党
Source: FiveThirtyEight (fivethirtyeight.com)

一方で、上院は民主党が逆転し、69%の確率で勝利が予測されています。

上院の過半数を取る確率、赤:共和党、青:民主党
Source: FiveThirtyEight (fivethirtyeight.com)

仮に共和党が上院・下院共に取ってしまうと大統領としては法案が通せない状況に陥ってしまいます。ウクライナ戦争や、東アジア情勢、世界的インフレ、環境問題、と世界的な問題が山積みの中、リーダーである米国の政治動向は日本にとっても少なからず影響があります。
今後11月が近づくにつれて徐々に日本のメディアでも選挙戦についてのニュースが目に留まり始めるかと思います。その際、このようなバックグラウンドを理解しているとどこに着目すればいいのかが見えてくるのではないかと思います。

次はいつになるかわかりませんが、気が向いたらまた書こうと思うので、何かリクエストあればお気軽にメッセージしてください~
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田澤悠(たざわゆう)ー "Taz"
BnA株式会社代表取締役
神戸市出身。幼少期をバルセロナ、高校時代をイギリスで過ごした後、大学・大学院を米国ペンシルバニア大学に進学し電気工学を専攻、セルンの粒子加速器の研究等に携わる。2008年のオバマ選挙戦を近くで目の当たりにし、米国政治のダイナミックさ、面白さに目覚める。
卒業後、ボストンコンサルティンググループでコンサルタントとして、主にIT、製薬業界の戦略プロジェクトに携わる。
独立後は、ジャカルタで美容事業や、民泊事業を立ち上げ、同時に米国認知科学ベンチャー「Lumos Labs」の日本代表を務める。
2015年にアートホテル事業やアートプロジェクトを手掛けるBnA株式会社を創業。高円寺、秋葉原、京都、日本橋でブティックアートホテル「BnA Hotel」を運営。
その傍ら、コンサルティング事業を手掛け、グローバルで起業経験を持つチームと共に、大手上場企業の新規事業立ち上げや、事業デューデリジェンス、経営戦略策定などのプロジェクトを手掛ける。

趣味はロッククライミング歴18年、飲酒歴20年。

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