昨晩わたしは蚊を死なせてしまった

家に帰ると、まず換気する。
電気は消しているのだけど、でもどうしても蚊が入ってきてしまう。

昨日もプンプン飛ぶ音に悩まされ、刺されまくって寝不足だった。
今日はごめんだ無視してねるぜ、と思ったけど、どうせ動揺しているし、数日微熱が続いてるし、
今日はほんとに何しても効かないひどい頭痛なので仕方ない。もう三ヶ所刺されたし、ねれないものはねれない。

諦めて照明をつけると、大きな蚊とのご対面であった。ペットボトルを使って作った虫さん捕獲装置を取り出す。

ずいぶん大きいんでユスリカかな、と思ったけれど、ユスリカはもっと警戒慣れしてない動きをすると思う。

ユスリカは袋をかぶせてもその中でポーっとしてたりするから、
ユスリカだな、って確信できたときは死なせないように捕まえてはなす。

今度のは違った。その前からすばしこかったけど、ペットボトルで出口を断ったら、もう必死だ。
1ミリの隙間でもないか一生懸命探してる。アカイエカだ。
めんつゆトラップのやばさはよくわかっていらっしゃるようで、そちらに近づきもしない。

大事なのはAの部分をしっかりおさえて、
壁とも、Bともすきまを作らないことだ。少しでもわたしが力を緩めたらすきまができて、蚊は逃げてしまうだろう。

怖かった。この蚊からきっと明らかに憎しみを買っているだろうことが怖かった。
こんなにわたしは今この蚊を怖がらせていじめているのに、このまま取り逃がしてしまったら、この大きな蚊は自由を得たとき、どうするだろう。
その大きな目と太い吸血管(って呼び方でよいのかどうか)から目が離せなかった。

この蚊は賢くて、AとBの間にすきまができるのを待っている。それはたしかに時間の問題で、もうだめだ、
力がゆるんできて、逃してしまうと思った。
怖くて仕方なくて、Bのほうを持つ手に力を入れ直した。
BとAの間の隙間に入り込んでいた蚊は、即座に潰れてしまった。
埃をつまむ程度のなんてことのない力で、潰せてしまった。

よりによってどうして、こんな日にこんな弱い生き物を死なせてしまっただろう。実家にいた頃は、虫を見てもよく逃していたというのに。
さんざん怖がらせた上に潰すなんて、酷いことをした。
わたしにとっても長すぎた攻防は、この虫にはどれほど長かったことか。

文章を書いていたらなんだか気絶するようにねむれるので、昨日は、まったく眠りがたい頭痛に悩んでいたんだけれども、
ここで寝落ちできていた。2時過ぎくらいだっただろうか。
起きたら7時前で、電気も煌々とついたまま、つっぷしてた。

今日はバケツをひっくり返したような雨で、昨日の頭痛がひどかったのも道理。
どうせ効かないならあんなむやみに薬を飲むのではなかった。
よりによって伯父を亡くしたその日に、蚊など殺すんじゃなかった。

古今集の哀傷の歌に、

深草の野辺の桜し心あらば
今年ばかりは墨染に咲け

というのがある。
春のうららかな景色と、人の心の悲しみのギャップに耐えかねた歌。
わたしも、前に飼っていたうさぎを失くした時、六月の終わりの梅雨の晴れ間に耐えかねた。
ようやく小雨が降り出したとき、一緒に泣いてくれるのかと思った。

でも今回は、空は泣きわめくみたいに雨が降り、風が吹いて、わたしは蚊を殺した。
わたし1人がこの悲しさから浮いている。

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